記事 での「親鸞を読む」の検索結果 2,701件
許せない!
(17)許せない!
ここで改めて思い出したいのは、自分が何かにとらわれていることに気づくことは、取りも直さずそれにとらわれなくなるということです。それがどうして喜びであるかは、「とらわれなくな..
タグ: 親鸞を読む
法喜をう
(16)法喜をう
次の和讃は歓喜光についてです。
「慈光はるかにかぶらしめ ひかりのいたるところには 法喜をうとぞのべたまふ 大安慰(だいあんに)を帰命せよ」(第10首)。
「慈愛..
タグ: 親鸞を読む
業垢をのぞき解脱をう
(15)業垢をのぞき解脱をう
次の和讃は清浄光についてです。
「道光明朗(みょうろう)超絶せり 清浄光仏とまうすなり ひとたび光照かぶるもの 業垢(ごっく)をのぞき解脱をう」(第9首)..
タグ: 親鸞を読む
こんなはずじゃない!
(14)こんなはずじゃない!
先に(11)、「あゝ、これは煩悩だ」と気づくことが、煩悩という執着から抜け出すことだと述べましたが、同じように「あゝ、オレは悪人だ」と気づくことで、悪への執着から..
タグ: 親鸞を読む
地獄は一定すみかぞかし
(13)地獄は一定すみかぞかし
「いまもう地獄にいるじゃないか」には素直に頷けないかもしれません。確かにここを極楽とは言えないが、だからといって地獄ほどひどくはない、と思うのが普通でしょう。
..
タグ: 親鸞を読む
三途の黒闇ひらくなり
(12)三途の黒闇ひらくなり
煩悩はそれに気づくことがすでにしてそこから抜け出すことだという点はまだ納得していただけないかもしれませんが、次の和讃を読みながら、さらに考え続けたいと思います。
..
タグ: 親鸞を読む
一切の業繋ものぞこりぬ
(11)一切の業繋ものぞこりぬ
さて次に「遇斯光(ぐしこう)のゆゑなれば 一切の業繋(ごうけ)ものぞこりぬ」という言い回しに注目しましょう。
弥陀の光明に遇うことができますと、一切の業繋つ..
タグ: 親鸞を読む
いまあふことをえたり
(10)いまあふことをえたり
「あひがたくして〈いま〉あふことをえたり、ききがたくして〈すでに〉きくことをえたり」という言い回しにはっきり現われていますように、〈いま〉は〈すでに〉を含意してい..
タグ: 親鸞を読む
この光に遇う
(9)この光に遇う
十二光の四番目、無対光の讃嘆です。
「清浄光明ならびなし 遇斯光(ぐしこう)のゆゑなれば 一切の業繋(ごうけ)ものぞこりぬ 畢竟依(ひっきょうえ)を帰命せよ」(第7..
タグ: 親鸞を読む
さわりなし
(8)さわりなし
次に十二光の三番目、無碍光についての和讃です。
「光雲無碍如虚空(こううんむげにょこくう) 一切の有碍(うげ)にさはりなし 光沢かぶらぬものぞなき 難思議を帰命せよ」..
タグ: 親鸞を読む
光に触れる
(7)光に触れる
「解脱の光輪きはもなし 光触かぶるものはみな 有無をはなるとのべたまふ 平等覚に帰命せよ」の「有無をはなる」について考えているところです。弥陀の光明に触れるものは、「わたし」..
タグ: 親鸞を読む
有無をはなる
(6)有無をはなる
「解脱の光輪きはもなし 光触(こうそく)かぶるものはみな 有無をはなるとのべたまふ 平等覚に帰命せよ」という和讃ですが、弥陀の光明に触れると「有無をはなる」と言われているこ..
タグ: 親鸞を読む