記事 での「親鸞を読む」の検索結果 2,725件
再び「観る」と「聞く」
(13)再び「観る」と「聞く」
善導はこの『観経』下品下生段を『大経』の第十八願、「十方の衆生、心をいたし信楽してわがくににむまれんとおもふて、ないし十念せん。もしむまれずば正覚をとらじ」に結..
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「称える」ということ
(12)「称える」ということ
このように浄土思想には阿弥陀仏をこころに「観る」ことで一体化する流れと、阿弥陀仏の声を「聞く」ことで歓喜踊躍する流れの二つがありますが、これで終わりではありません..
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「観る」と「聞く」
(11)「観る」と「聞く」
まずは『般舟三昧経』ですが、「般舟三昧」とは、「諸仏現前三昧」という意味で、七日あるいは九十日間、仏にこころを集中すること(これが三昧で、定とも言います)により、十..
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浄土思想の二つの流れ
(10)浄土思想の二つの流れ
これまでをふり返っておきますと、「信知す」という善導のことばは「信じる」ことと「知る」ことを合体させていますが、この二つは対照的ではないかと考えてきました。「知る..
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見えない力はそれに気づいてはじめて存在する
(9)見えない力はそれに気づいてはじめて存在する
見えない力はそれに気づいてはじめて存在することが分かります。「させられている」と感じてはじめてそれが存在することになるのです。くじ引きの場合は..
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事後的ということ
(8)事後的ということ
問題は、誰に命じられているわけでもなく、自分からすすんでしようと思うにもかかわらず、そこに見えない力を感じて「させられている」としか言いようがない場合があるということで..
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見えない力に背中を押されて
(7)見えない力に背中を押されて
その話題が出たのは喫茶店でコーヒーを飲んでいたときですが、そのような状況で「コーヒーを飲まされている」と言えるか。誰しも不自然だと思います。自分の意思で喫茶店..
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させられている
(6)させられている
ところが、こちらからアクセスしようとしていないのに、いや、そうしようとしていないからこそ、向こうから思いがけなくアクセスしてくることがある。念のためにもう一度言いますが、..
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こちらからアクセスするのと、向こうからアクセスしてくるのと
(5)こちらからアクセスするのと、向こうからアクセスしてくるのと
ぼくらの知識あるいは認識には限界があり、そこを超えて飛翔しようとする理性にはストップをかけなければならない。その限界というのが..
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物自体
(4)物自体
カントはぼくらが世界を捉えようとするとき、必ずあるフィルターを通していると言います。世界を直に見るのではなく、特殊な眼鏡をかけて見ているということです。
いまはカントの複雑な..
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知らないが信じるということ
(3)知らないが信じるということ
ものごとはそれを知っているか、それとも知らないかのどちらかで、知らないけれど信じるということはなくなったということ。
あることを知っているというのは、それ..
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信知するということ
(2)信知するということ
隆寛は『法事讃』の「上尽一形至十念三念五念」の文を引いたあと、同じ善導の『往生礼讃』から「今信知弥陀本弘誓願、及称名号下至十声一声等定得往生、乃至一念無有疑心(いま弥..
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