記事 での「親鸞を読む」の検索結果 2,737件
大勢至菩薩の、大恩ふかく報ずべし
(7)大勢至菩薩の、大恩ふかく報ずべし
最後の2首は一体です。
「われもと因地にありしとき 念仏の心をもちてこそ 無生忍にはいりしかば いまこの娑婆界にして」(第117首)。
「わ..
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染香人のその身には
(6)染香人のその身には
次の一首です。
「染香人(ぜんこうにん)のその身には 香気(こうけ)あるがごとくなり これをすなはちなづけてぞ 香光荘厳とまうすなる」(第116首)。
「..
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子の母をおもふがごとくして
(5)子の母をおもふがごとくにて
「自分にだけ呼びかけられている」と感じてはじめて本願が届いたと言えます。それをうたうのが次の和讃です。
「子の母をおもふがごとくにて 衆生仏を憶すれば..
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ひとへに親鸞ひとりがためなりけり
(4)ひとへに親鸞ひとりがためなりけり
一人ひとりに「一子のごとく」接することは到底できませんが、「一子のごとく」接してもらっていると感じることはあります。それを表現するのが次の有名な述懐です..
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一子のごとく憐念す
(3)一子のごとく憐念す
次の和讃です。
「十二の如来あひつぎて 十二劫をへたまへり 最後の如来をなづけてぞ 超日月光とまうしける」(第113首)。
「十二の如来あいついで、十二劫..
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往昔恒河沙劫に仏世にいでたまひき
(2)往昔恒河沙劫に仏世にいでたまへりき
久遠の弥陀と十劫の弥陀について改めて思いを巡らしたいと思います。「永遠と時」の問題です。
前に38億歳の話をしました。ぼくがいのちを得たのは69年..
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勢至和讃とは
第12回 勢至和讃
(1)勢至和讃とは
冒頭に「首楞厳経によりて大勢至菩薩和讃したてまつる」とあります。どうして『浄土和讃』の最後に勢至菩薩を讃える8首がおかれた..
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よろこびまもりたまふなり
(21)よろこびまもりたまふなり
現世利益和讃の最後の一首です。
「南無阿弥陀仏をとなふれば 十方無量の諸仏は 百重千重囲繞(いにょう)して よろこびまもりたまふなり」(第110首)。..
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真実信心をまもるなり
(20)真実信心をまもるなり
次の和讃は弥陀の化仏をうたいます。
「無碍光仏のひかりには 無数(むしゅ)の阿弥陀ましまして 化仏おのおのことごとく 真実信心をまもるなり」(第109首)..
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慈悲と智恵
(19)慈悲と智恵
南無阿弥陀仏によってわれらは慈悲と智恵に寄り添われる身となるのですが、それは南無阿弥陀仏自身に慈悲と智恵が備わっているからであって、われらの手柄ではまったくありません。みな..
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かげのごとくに身にそへり
(18)かげのごとくに身にそへり
天神地祇が念仏のひとを「よるひるつねにまもるなり」とうたったあと、今度は菩薩たちも「かげのごとくに身にそへり」とうたいます。
「南無阿弥陀仏をとなふれ..
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南無阿弥陀仏わが内にありて生くるなり
(17)南無阿弥陀仏わが内にありて生くるなり
親鸞は『金光明経』にもとづき、善鬼神たちは念仏のひとを護ってくれ、悪鬼神どもは信心のひとを恐れて近づかないと言うのですが、「そりゃあ、阿弥陀仏から..
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