記事 での「親鸞を読む」の検索結果 2,743件
無我の自覚
(23)無我の自覚
普通の願いは、それが誰かから願われていようがいまいがそんなことに関係なく、われらが自分で願います。今日は刺身が食べたいと願うとき、それに先立って誰かからそう願われていること..
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みな他力
(22)みな他力
次の和讃を読んで自利と利他の関係について考えましょう。
「信心すなはち一心なり 一心すなはち金剛心 金剛心は菩提心 この心すなはち他力なり」(第19首)。
「信心..
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願作仏心が度衆生心
(21)願作仏心が度衆生心
願作仏心とは平たく言えば「自分が救われることを願う」ということで、度衆生心は「みんなが救われることを願う」ということです。この二つが別ものでないことは、他ならぬ法蔵..
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願作仏心と度衆生心
(20)願作仏心と度衆生心
こんなふうに言いました、ぼくらは「ほとけのいのち」から生まれてきて、今生でこの小さな個々の「わたしのいのち」をせっせと紡ぎ、やがてまた「ほとけのいのち」へと還ってい..
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帰命のときが往生のとき
(19)帰命のときが往生のとき
帰命には勅命が先立っているのです。「はい、ただいま」という前に「帰っておいで」の声が届いているのです。としますと、「はい、ただいま」と帰命するときには、もう往生..
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帰命するということ
(18)帰命するということ
東京へ行きたいという願いは、東京に行けたらそれでもう用済みです。しかし浄土へ往生したいという願いは、浄土へ往生できても用済みとはならず、ますます願いつづけなければな..
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実現したからこそ願う
(17)実現したからこそ願う
実現した時点でもう願わなくなるような願いは、ただそれだけのものにすぎません。ほんとうに願うに値するものは、それが実現してからも、いや、実現したからこそますます願う..
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願うということ
(16)願うということ
次の一首です。
「天親菩薩は一心に 無碍光に帰命す 本願力に乗ずれば 報土にいたるとのべたまふ」(第16首)。
「天親菩薩は一心に、無碍光仏に帰命する。本願..
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海にいりて一味
(15)海にいりて一味
本願力に遇うことで、ぼくらの小さい「わたしのいのち」が無限の「ほとけのいのち」に包まれていることに気づかされるのですが、そのことを第14首では「正覚のはなより化生して」..
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浄土の聖衆
(14)浄土の聖衆
次の二首は浄土の聖衆(しょうじゅ)について詠います。
「如来浄華(じょうけ)の聖衆は 正覚のはなより化生して 衆生の願楽(がんぎょう)ことごとく すみやかにとく満足..
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「ほとけのいのち」
(13)「ほとけのいのち」
「ほとけのいのち」からやってきて、また「ほとけのいのち」へ還っていくということは、ぼくらは紛れもなく「この世界」(有限の世界)にいながら、同時に「かの世界」(無限の..
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「かの世界」に気づかされる
(12)「かの世界」に気づかされる
「本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき」につづいて、「功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」とありますが、本願力に遇うことにどんな功徳があると..
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