記事 での「中世崖端城」の検索結果 334件
八乙女館(宮城県仙台市)
←空堀のクランク部
(2020年11月訪城)
八乙女館は、国分氏の家臣八乙女淡路守盛昌の居館である。八乙女氏は、国分氏の庶流松森氏の一族に当たる。国分氏が没落すると、八乙女氏は伊達政宗に服属した..
タグ: 中世崖端城
森野新館(富山県滑川市)
←館跡の現況
森野新館は、松倉城の支城である。松倉城は、戦国時代の新川郡に一大勢力を築いていた椎名氏の居城であり、早月川を隔てて森野新館の東方3.7kmに位置している。森野新館の館主は、松倉城の家..
タグ: 中世崖端城 越中椎名氏の城郭
上野城(山梨県南アルプス市)
←主郭跡の空き地
(2020年8月訪城)
上野城は、椿城とも言い、甲斐武田氏の庶流大井氏の居城である。元々の創築は、鎌倉時代に小笠原長清の孫上野六郎盛長によるとされる。城の付近に椿が多いことから..
タグ: 甲斐武田氏の城郭 中世崖端城
日ノ出砦(山梨県韮崎市)
←砦の西半部
(2020年7月訪城)
日ノ出砦は、鷹巣城、日之城などとも呼ばれ、室町時代に日一揆という武士団が拠点とし、また天正壬午の乱の際に徳川氏が修築して使用した砦である。1416年の上杉禅..
タグ: 中世崖端城 甲斐武田氏の城郭
中丸砦(山梨県北杜市)
←外周の横堀らしい段築
(2020年7月訪城)
中丸砦は、本能寺の変の後の武田遺領争奪戦「天正壬午の乱」で、北条軍が陣地として使用したと推測される城砦である。伝承では、古くは甲斐源氏の一族逸見清..
タグ: 中世崖端城 陣城
役原城(群馬県高山村)
←主郭北東側の切岸
役原城は、関東管領山内上杉氏の重臣で白井城主であった長尾景春の3男長尾重儀が築城したと伝えられる。長尾景春といえば、関東全域を戦乱の渦に巻き込んで太田道灌と渡り合った大規模な叛..
タグ: 山内上杉氏の城郭 中世崖端城
鐙山の砦(群馬県渋川市)
←土塁と空堀
鐙山の砦は、入沢城を中心とする入沢城砦群の一つである。尚、『日本城郭大系』群馬編を著した山崎一氏は「地域城」という概念を導入して、この城砦群も「入沢地域城」としているが、私はこの概念..
タグ: 中世崖端城
白須賀元館(山形県大蔵村)
←神社裏に残る堀切
白須賀元館は、最上氏の庶流清水氏の初期の居館である。1476年、山形城主最上義春は北方の押えと最上川の水運掌握の為に、この地に一族で成沢城主成沢兼義の子・孫次郎満久を配し、満久..
タグ: 居館 中世崖端城 出羽最上氏の城郭
鳩ヶ森城(栃木県那須塩原市)
←土塁で囲まれた主郭
鳩ヶ森城は、宇都野城とも言い、川崎城主塩谷氏に属した土豪山本氏の居城である。山本氏は、元々嶽山箒根神社の別当であったが、山本上総介家隆は後三年の役の軍功で、箒川沿岸8か村、伊..
タグ: 下野塩谷氏の城郭 中世崖端城
狭間城(栃木県那須塩原市)
←主郭外周の横堀と土塁
狭間城は、塩原城を攻略した橘伊勢守が築いた出城と伝えられる。橘氏は、下野の名族小山氏の一族と言われ、突如塩原地方に侵攻し、地侍の塩原氏等を傘下に収めつつ勢力を拡大し、ついに..
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葛岡城(宮城県仙台市)
←西側の堀と土塁
葛岡城は、国分能登守盛氏の家臣で一族衆の馬場筑前入道清説(きよもり)の居城と伝えられる。
葛岡城は、広瀬川に臨む段丘の南西辺に築かれている。現在は民家となっているが、周囲に土..
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榎下城(群馬県安中市)
←北辺の外堀
榎下城は、安中伊賀守忠清の居城である。忠清は松井田西城主安中忠親の弟で、1525年に榎下城を築いて居城としていた。忠親が死ぬと、忠清が跡を継いで当主となった。忠清の後はその子忠政が家..
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