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SAH再出血の怖さ [救急医療]

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くも膜下出血(SAH)という病気は、怖い病気です。 

患者さんにとっては、死ぬ病気だからです。
医師にとっては、訴えられやすい病気だからです。

なぜ訴えられやすいかというとSAHには再出血という病態があるからです。
つまり、一度出血をおこす。そのときに、頭痛などの症状が出て、医療機関を受診する。
最初の症状は軽微であることもあり、そのときは医師側も患者を帰宅させることが多い。
そして、再出血が、その受診後に起きてしまい、そのときは、重症の状態で、最悪は死の転帰をとる。

患者側にしたら、病院を受診したのに、こんなことになるなんて、どういうことや!
と、その医療機関が誤診したと思い込み、医療機関や医師との間の紛争に発展する。

毎年、このパターンのSAH事例は、日本全国のどこかで発生していることであろう。

最近の事例を紹介する。 これは、NHKでTV放送された事例でもありご存知の方も多いであろう。

「頭痛」診断後意識不明、くも膜下出血で死亡 S総合病院
2005.01.21 東京地方版
 X郡Y町のS総合病院で昨年10月、くも膜下出血を疑って受診したS市の女性(当時55)が「肩の張りが強いことなどからくる筋収縮性頭痛」と診断された約3時間後、くも膜下出血で意識不明の重体となり、今月12日に死亡していたことがわかった。
 同病院は「担当医師個人の責任でなく、病院の組織管理と教育指導の問題と考えている。ご遺族におわびし、誠意ある対応をしたい」(I診療部長)として、金銭的補償をする考え。
一方、遺族は担当医師を業務上過失傷害の疑いでU署に刑事告発している。
 S総合病院によると、女性は昨年10月23日
午後2時10分ごろ、「急に後頭部が締め付けられるように痛くなった」と救急外来に夫と来た。夫婦は「くも膜下出血ではないか」と伝えたが、2年目の研修医が「神経学的所見に異常がなく、肩の張り感が強いことなどから、筋収縮性頭痛と考えられる」と診断。鎮痛剤を出し、女性を帰宅させた。コンピューター断層撮影(CT)の検査はしなかった。
 
午後5時半ごろ、女性は「頭痛が強くなった」と訴えた直後に倒れ、こんすい状態で同病院に救急搬送された。CT検査でくも膜下出血と診断され、集中治療室に運ばれた。その後、人工呼吸器をつけた状態が続き、今月12日に死亡した。
 同病院は再発防止策として、研修医の診療内容のチェック態勢を強化する方針。  朝日新聞社

次は、自験例です。 45歳女性 看護師 CPAOA

元来健康。ある病院に勤務する看護師。最近、仕事がいろいろと忙しかったらしい。ある日の晩、23時ごろ、頭痛が生じたため、手持ちのロキソニン(痛み止めのこと)を内服。夫が、病院にいこうと勧めるも、寝れば治るからっと言って、そのまま床に就いたという。朝、いつものように子供の弁当を作りに台所に出てこなかったため、小学生の娘が、母を起こしにいったところ、すでに冷たくなっていたという。 当院へ救急搬送されたが、蘇生に反応せず死亡確認。死後の確認CTでSAHであった。

病態的には、報道の症例も自験例も、典型的なSAHの再出血事例だと思います。 

報道の症例では、初回出血時に医師が関わったため、その責任を負わされています。
自験例では、いわゆる自然死になるので報道は当然されていません。

一部の方には、不愉快に感じるかもしれませんが、自験例に関して正直に言います。
「もし、23時の時点で、我々の施設を受診していたら・・・・・・、きっと帰宅させるよなあ。
 そしたら、訴えられるだろうなあ・・・・・ よかったあ、23時に来なくて・・・・
このような感想が、複数の研修医達からなされていて、当時の私も同感でした。
うまくこの方を1回目の受診で、的確にSAH例として引っ掛けることができるかどうか、今の私でも自信はありません。

感覚的に申し上げますが、頭痛の訴えで自分で歩いて病院にくる患者が500人いたとすれば、そのうちSAHである患者は、1人いるかいないかぐらいの割合ではないかと思います。 つまり、我々は、普通に頭痛患者を帰宅させている日常があるという背景をどうかご理解いただきたいと思います。そして、その中でSAHの患者を的確に選別することがいかに高度な医療であることかも分かっていただけば幸いです
つまり、できて当然ではなく、できたらラッキーと思ってほしいのです。できなかったら、仕方がないとあきらめてほしいのです

どちらの症例も患者さんにとってはSAHという致死的な病気にかかり、不幸であったとしか申し上げられません。
これは、どちらも病気という運命であり、決して医療者の責任ではないのです。

だから、報道の症例においては、巻き込まれてしまった研修医の先生は本当にお気の毒であったと思います。 この事例に関して、私は、ここで、CTをとっていれば・・・・とか、病歴をもう少し・・・とか、家族の希望通りCTをとっておれば・・・とか、いっさい申し上げる気はありません。なぜならば、報道そのものにバイアスがかかっているのが通常であり、私は、報道されていない諸事情を知る立場にないからです。
それよりも、こういう事例で、刑事告訴するような人を悲しく思います。 家族を突然失って悲しい気持ち、悲痛な気持ちはお察ししますが、どうしてそれでもって、
医療者を犯罪者にしようとするのでしょうか?
 

その日本人の心性を、私は心から残念かつ悲しく思います。この事例が、警察や検察で、その後どう処理されたのかについては、一切報道が無いようです。(私が検索した限りにおいて) だから、その後どうなったのかは私は知りません。

こういう日本人の心性の形成には、マスコミの医療不信を煽る報道がかなり影響してるんでしょうね。
報道関係者の皆様、医療不信を煽る報道はもう止めてください。お願いします。

このブログでも、SAHに関するエントリーはすでに複数出しています。 SAH地雷回避に関する各論的なことは、それぞれご参照いただければと思います。

<病歴は怪しいが、CTで診断がつかないものを紹介>  警告出血
<病歴は非典型、CTさえとれば診断がつくものを紹介>
 アルコール中毒という地雷  家族の検査希望が救った命  怖い失神(2)
<髄液検査にまつわるものを紹介>  髄液検査の明と暗
<CTの読影力の差が明暗を分けるもの>  このパターンはまだエントリーしていません。

まとめます。

医療者も患者も、SAHの再出血の怖さを肝に銘じよう!

コメント(18)  トラックバック(0) 
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コメント 18

コメントの受付は締め切りました
ドクターサイコ

このS病院の症例は、私もかかわったことがあります。
その際には、起訴はされずに遺族は民事で徹底的に争うつもりだということでしたが、ここ最近の医療訴訟の風向きの変化に、N県警も『第2のF県警に』と欲を出しているようで、またぞろ当の研修医の周囲をかぎまわっているようです。
そういった政治的な要因に起訴云々が左右されるというのも、大変不愉快ですね。
当の研修医は、いたってまじめで評判のよい医者なのですが。

ところで管理者様、場所がもろばれなので、せめて診療部長の名前と地名(臼田)ぐらいは伏せていただけないでしょうか。
宜しくお願い致します。
by ドクターサイコ (2007-08-17 22:44) 

元なんちゃって救急医

>ドクターサイコ 様

失礼しました。取り急ぎ書き直しました。チェック漏れです。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-17 22:50) 

rinzaru

SAHじゃないだろうと思ったが念のため(安心して患者に帰ってもらうため)頭部CT撮ったらSAHだった。
こんな経験は誰でも1回くらいはあると思います。
医者には診療拒否権がないのだから、100点の診療ができなかったからといって刑事告訴はあんまりですし、場合によっては民事も理不尽だと思うことがあります。医療機関は患者を選べないのだから。
例えが悪いかもしれませんが、無理難題の言いがかりをつけてくる客を断れないお店、みたいな立場ですよ。
by rinzaru (2007-08-18 08:39) 

通りすがりの一般市民

病院の先生にしたらそんな感想なのですね。
正直がっかりします。

どこかおかしい、普通と違うと思うから受診するんですよ。
多くの人は思い込みかもしれませんが、この人は結局死んでしまったのに。
くも膜下かもしれないと不安になって受診するのに、その程度しか病気を見つけられないのなら病院へ行く意味がどこにあるのでしょうね。

訴訟されるなんておかしいですか?

言いがかりですか?

人が死ぬのに当たり前になりすぎていませんか?

私にとってはたった一つのいのちなのに。

なぜ医師になったのですか?

ステイタスですか?

学校でテストの点が良かったからですか?


人を助けたかったからではないのですか?


助けられたかもしれない命なのに。
残念です。
by 通りすがりの一般市民 (2007-08-18 20:40) 

元なんちゃって救急医

>rinzaru 様

コメントありがとうございます。 りふじんさは同感です。


>通りすがりの一般市民 様

がっかりされるのも理解できますが、医療の「幻想」ではなく、「事実」を伝えたくて、あえて一般の方が「がっかり」と思わざるを得ないことを書きました。 

私たちは、助けられたかもしれない命を助ける「努力」はしています。
「努力」と「現実」は違います。

>人が死ぬのに当たり前になりすぎていませんか?

人が死なないのが当たり前になりすぎていませんか?

と、私は、世に問いかけざるを得ません。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-18 20:53) 

あつかふぇ

とおりすがりの一般市民さん。
私は外科医です。くも膜下出血の母親に何もしてやれなかった無力な外科医です。明らかな医療過誤にあいながら、訴えられなかった無力な外科医です。
何故、私が訴えなかったか・・・。どれぐらい無念だったか・・・。こんな恐ろしいことを平気で投げかけるあなたには判らないでしょうね。
「人が死ぬのに当たり前になりすぎていませんか?」
「なぜ医師になったのですか?」
「ステイタスですか?」
「学校でテストの点が良かったからですか?」
実際あなたが、今まで見てきた医師の何%がこういう医師だったのでしょうか?ほとんどいないと思いますが、仮にこういう医師がいたとして、しかし、それに何か問題ありますか?
誰でも何かになりたいと思う気持ちは、どうしようもない理由からです。あなたが今の職業を選んだきっかけは、どんなものですか?
私が外科医になったのは、自分の医療不信を解決するためです。そのために、やりたくもない勉強を一日17時間しました。そして一流といわれる医学部に合格しました。もし、あなたが本気で上のような問いかけをするなら、あなたに私がしてきた努力が出来るかを問いたいものです。あなたのおっしゃる内容が以下にドラマの見過ぎか、そのとき初めてわかるはずです。
by あつかふぇ (2007-08-18 21:56) 

さく

ドラマの見過ぎ。テレビや新聞報道を素直に読みすぎ。
様々な情報を選別する、様々な立場から考える、そんな能力が養われない教育環境。そのことに気づかない人々。自分の得た情報が世界のすべて。自分が世界の中心。…は極端かな。でもそんなことを考えて、悲しくなってしまいます。
いまだに医療関係者に対して「死ぬのが当たり前になってないか」なんて言う人がいるんですね。
「完璧なものなんかない」「完璧な人間はいない」という言葉をテレビで見かけたりしますが、なぜ医療に対して、医療関係者に対しては平気で完璧を求めるのでしょう。
by さく (2007-08-18 22:14) 

元なんちゃって救急医

>あつかふぇ様

コメントありがとうございました。先生のおっしゃるとおり、医師になる理由は人それぞれであり、それ自体が崇高である必要なないかと私も思います。

>さく様

コメントありがとうございます。リテラシーのことをおっしゃているのですね。同感です。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-18 22:46) 

Taichan

この症例は発症からある程度時間が経過すると肩凝りを訴えてきますから要注意ですと我々に警告しています。
前方循環系の動脈瘤破裂でも時間の経過とともに髄液循環に乗って後頭部に来ると髄膜刺激症状、つまりC2領域の痛みを訴えてきますし、肩凝りを訴えても仕方がありません。
研修医にそこまで要求は厳しいと思います。
by Taichan (2007-08-19 06:12) 

元なんちゃって救急医

>Taichan 様

脳外科医として専門家からの貴重なご助言ありがとうございましす。とても勉強になりました。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-19 10:15) 

mayako

はじめまして!
私は、2000年11月、くも膜下出血になりましたが、無事後遺症なく生還できました。
何が良かったか自分なりに分析してHPを作ったり、ブログを書いたりしています。
多くの医師の方々は
「頭痛患者は山ほど来るので、その中から、SAHを見分けることは困難」
とおっしゃいますが、もっともっと、医師にも患者にもくも膜下出血の症状を知らせることは、
必要だと思ってます。
Myブログ(「最初はSAH 」8/8)のアンケートを見ていただければわかると思いますが、
「ハンマーで殴られたような激痛」を経験している患者は意外と少ないのです。
態度の悪い患者やはっきりしない患者の多いことはわかりますが、
ぜひ丁寧な問診をお願いします。
長々と失礼しました。
by mayako (2007-08-19 11:55) 

ssd

いや、だから「頭痛」の患者をそのへんの市中病院で受けるのは止めるべきなんですよ。
お互いに不幸です。

SAHも見逃さないような病院で医者は汗を流せばよい。
そしてそういう環境を作り上げるのは医者の仕事ではない。
by ssd (2007-08-19 12:03) 

元なんちゃって救急医

>mayako様

コメントありがとうございます。実に丁寧なHPに感服いたしました。
「突然」の重要性を見事にご指摘になられています。

拙ブログ http://blog.so-net.ne.jp/case-report-by-ERP/20070615
にもお目を通していたれば幸いです。

丁寧な問診というかこだわりの問診は、日々の研修医への指導項目の一つです。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-19 13:02) 

元なんちゃって救急医

>ssd様

コメントありがとうございます。

>そしてそういう環境を作り上げるのは医者の仕事ではない

産業医学領域で言えば、まさに作業環境管理の問題に準じるかも。
で、環境管理の責任者は、究極を言えば、国です。
国の失政が、私達の職場環境を蝕んでいます。
責任だけ、医師に負わせる職場環境・・・・・

終わっています。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-19 13:08) 

Dr. I

やはり、SAHは怖いですねー。

まあ、刑事では告発するだけで。
おそらく不起訴になるとは思いますけど。
でも、やっぱこれで刑事で訴えられるのは納得いかないですよね、正直。

こういうのばっか、報道するから、余計な検査が増えて医療費が上がる、って厚労省は財務省が言ったらどうなんですかねー。
by Dr. I (2007-08-19 23:35) 

三度の飯よりごはん好き

はじめまして、頭痛が気になり、さまよっていたら先生のブログに来ました。昨年思いがけす手術し(現在は健康)医療に興味をもつようになりました。医療というのは常に生死の境目を扱うものだし、医療関係者は命を救おうとしているのだから、その時のミスがあったとしてもそれをを刑事事件とするのはおかしいし民事で訴えるのも、よほどのことだと思ってました。医療関係のテレビ番組も最近いっぱいありますが、(結構好きで見ます)医療関係者を犯罪者のように扱ったり、反対に神の手とあがめたりするのは嫌だと思います。
クモ膜下出血って、クモ真っ赤出血の方が感じが出ると思ってました。
血がバアーっと飛び散って脳の中が血でクモの巣状になると思ってたんですが、違うんですね。
by 三度の飯よりごはん好き (2007-08-20 15:10) 

脳外科見習い

walking SAHに関しては、
積極的にSAHを疑わなければ診断までたどり着かない
ことも結構あるんですよね。
何しろ頭痛以外なんら理学所見が無いこともあります。
所見が無いのだから、それは研修医でも脳卒中専門医以外の熟練医でもあまり関係がありません。
SAHに気付くのは鼻を良くする機会に恵まれた医師ぐらいではないでしょうか。それはたくさんの症例数を経験しないと身に付きません。そして全部の医師がたくさんの症例数を経験するのはシステム上困難です。

普通の頭痛や肩こりで全例MRIを撮影できるほど、国民は医療に投資できるでしょうか?100%SAHを見逃したくなければ、たとえ遠方でも、頭痛の際は脳卒中専門医とMRIが24時間フル稼働の施設を受診すべきです。そしてそのような施設は限られていますから、パンクする可能性があります。パンクしないためには国民が主体をもって、脳卒中専門医養成にお金を投資すべきです。
by 脳外科見習い (2007-08-20 20:26) 

元なんちゃって救急医

>Dr. I 様
納得いかない・・・同感です。

>三度の飯よりごはん好き様
くも膜というのは、脳の膜(硬膜、くも膜、軟膜)などの解剖学名称です。
一般の方がすべてこのように医療を考えてくだされば、私達も仕事がやりやすくなるのですが・・・・・
厳しい世の中になりました。

>脳外科見習い様
リスク=0でなければならないという一種の社会強迫観念が、医療をここまで追い詰めているのでしょうね。常に医療リスクを扱う医療者は、一般社会に向かってリスク受認を啓蒙しないととんでもない世の中になりますね。
by 元なんちゃって救急医 (2007-08-20 22:13) 

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