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アルコール中毒という地雷 [救急医療]

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4月に入った。出会いの季節だ。出会いといえば、やはりアルコールはつきものだ。新入生、新入社員などの歓迎会で、不覚にも急性アルコール中毒に陥った人たちが、我々の元に担ぎこまれてくるのが4月という季節の特徴だ。その多くは、しばらく点滴をつないで安静に寝てもらっているだけだ。入院の必要性もない。ただ、朝が来て、酒が醒めるのを、我々は静かに待つだけなのだ。多くの善良な人たちは、朝になると申し訳なさそうな顔をして、我々から去っていく。
 そんな急性アルコール中毒の患者達の中にも容赦なく地雷は紛れ込んでいる。つい先だって、「たった一枚の心電図」の中で忘年会中の急性心筋梗塞発症の一例を紹介したばかりではあるが、季節がら、やはり、アルコールがらみの地雷症例を振り返ってみたいと思う。

49歳男性。
「アルコール中毒」ということで友人2人に抱きかかえられて、救急外来の詰め所カウンターに患者がやってきた。来院時間は金曜日夜の23時05分。ERは忙しさのピークを迎えており、研修医も看護師もスタッフ医師もてんわやんわだ。収拾がつかないほど忙しいときのさなかであった。私はその日の現場責任者を務めていた。救急車来院の患者は、だいだい第一印象を把握できて、各担当医に指示を出せるが、徒歩来院の患者までは、とてもとても把握できない。担当する医師が危ないと思って相談してくれない限り、自分が責任者として介入してあげることすらできない。

そんな、忙しさの中、ある研修医が私に声をかけた。
研修医:「先生!、SAHの患者さんがいます! 
      外傷性ですかねぇ?」
私  :「ええ~! そんな危なそうな患者いたか?」
研修医:「いやあ、アル中って看護婦さん言うもんだから、
     ベッドに寝かそうとしようとしたら、友人の人が
     トイレで転倒したっていうから、寝かす前に先に
     頭部CTをオーダしたんですよ。
     そしたら、SAHで・・・・・」
 
  (なんと来院から、診断がつくまで、わずか15分!)

私  :「なんでもいい。よくやった。すぐに脳外科医に
     コンサルトして!」
    「それと、病歴を本人と友人とから別々にとって
     整理しておいて!」
     とその研修医に指示を下した。

脳外科医によると、転倒の状況とCTの出血の具合から勘案して、内因性のSAHが考えられるとのことであった。無事、患者は脳外科に緊急入院となった。

さて、研修医がまとめてくれた病歴を改めて見てみると・・・・
本人:「これまで体調不良無し。ビール数本、日本酒数合、
    もともと酒に弱い」
  「嘔気(-)、嘔吐(-)、気分不良(+)、頭痛(-)」
一方、
友人:「トイレで転倒しているところを発見。
    転倒時の目撃は(-)
   「受け答えはあるが、泥酔状態だったので
    社員療に帰宅」
   「帰宅後、嘔吐3回、歩行は可能、頭痛ははっきせず」
であった。

本人の話と友人の話がこうもくい違っている。救急外来で地雷を踏まない心構えは、Thinkig the worst scenario の精神である。それに従って病歴を分析してみれば

・本人と友人の話が違う 
→ より重症な友人の話にあわせて考える
・トイレで転倒(目撃無し)   
→ Sudden onsetのイベントがあったと想定
・嘔吐3回       
→ 心血管や頭のイベントから考える
・頭痛ははっきりせず  
→ 転倒時に意識消失があったとすると安心情報としては使えない
           
 以上より、頭部CTとECGのチェックは最低必要と考える

とまあ、結果知った後なら、いくらでも分析できる。しかし、現実問題として、あの忙しさで、ああいう状況で来院されたら、すぐにCTを取れなくても無理はないと思うやCTを取らないほうがむしろ当たり前かもしれない。まったく恐ろしい限りである。翌日、CTを取ってくれた研修医が、院長室に呼ばれた。昨晩の当直のナイスプレーを表彰するためとのことであった。表彰はうれしいものだが、商品が、テレホンカードでいまいちだったと研修医が言っていた。責任者が記録する当直日誌に、私がこの一件を書いておいたためだった。

 なんでもかんでも検査という姿勢はしばし批判を受けがちである。しかし、救急外来においてぎりぎりの線で救える人と救えない人の分かれ目が、たった一つの検査で決まってしまうこともあるというシビアな現実を考えれば、検査をする決断より、検査をしない決断のほうがはるかに勇気がいることなのだ。

医療費を決めるお役人達には、こんな現場の感覚なんて、なにひとつわかっていないのだろうと憂えてしまう。わかっていれば、あのような酷な医療費削減なんて怖くてできないだろうと思うから。

今回の教訓
「アルコール中毒患者もあまり無下に扱うと、思いもよらない地雷にはまることがある」

専門用語
くも膜下出血 subarachnoid hemorrhage 略称でSAH 

コメント一覧
表彰のアシストですね。
ところで、こういう時の表彰って何が良いと思いますか?
私の分野のアメリカでは、エンブレムというか表彰盾というか、本人の机付近にそんなものが飾ってあります。
ああいうのも良いのでしょうが、自分で飾るのは恥ずかしいような気がするのは、文化の差でしょうかね。
written by psq / 2007.04.01 23:39
psq様

いつもコメントありがとうございます。
そうですねえ、本日は、奇しくも厚労省のホームページに我々の行政罰が永遠に公表されるようになった記念すべき日ですから、せめて、ファインプレーも、行政表彰として厚労省のホームページにのせてほしいっす・・・・。罰だけ載せられるのはかないませんから・・・。

written by なんちゃって救急医 / 2007.04.01 23:54
TBとコメントありがとうございます。
先生のブログは何時も御世話になっております。
今日の内容も、凄いですね。
私も、TBさせていただきました。
それから、linkもさせていただきます。
これからも、宜しくお願い申し上げます。
written by Dr.Market / 2007.04.02 18:24
Dr.Market様

TB およびlinkをありがとうございました。
こちらこそよろしくお願いいたします。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.02 19:22
・私は1回,他の医師が単なる急性アルコール中毒と診断し点滴後帰りなさいと指示されていた人が,なかなか帰ろうとせず,看護師さんがどうもおかしいと思って私に診察依頼をされたことがあります.頭部CTで脳出血でした.危機一髪!
・「検査をしない決断のほうがはるかに勇気がいることなのだ」というのは,まったく同感です.
written by ミチバ / 2007.04.02 19:54
ミチバ様

すばらしいファインプレーですね。ありがとうございました。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.02 21:01
脳外科見習いです。はじめまして。

今日、他院から何日か前から急性アル中で入院中の患者さんが
実は脳出血だったということで転送されてきました。
発症時間はこうなるとよくわかりませんが、
恐ろしいもんです。

先日はアルコール臭のする路上で寝てた人が、
瞳孔不同があるという救急隊の連絡をうけて、
まさかと思っていましたが急性硬膜外血腫でした。
ぐっすりねるはずの当直バイトが・・・。

アルコール摂取後の脳梗塞の症例もかなり経験しており、
まとめたらいいものが書けるかもしれませんね。
結構そういう人、救急外来で後回しになってたり
しますからね~。

これからも宜しくお願いします。
written by はじめまして / 2007.04.07 17:20
はじめまして様

コメントありがとうございました。脳外科医からみた貴重な体験を教えていただきこちらも勉強になります。今後ともよろしくお願いします。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.07 18:38
いや?、急アルはホント困りますね。開業した今も、急アルだらけの救急を思い出します(拙ブログにも数回、急アル記事を載せています)。一人当直(途中から研修医がつくようになりましたが)で年間急アル件数350、運が悪けりゃ一晩に5?6人という環境でしたから。金曜土曜の夜は特に大当たり連発でした。お体に気をつけてがんばって下さい、応援しています。
written by Doctor Takechan / 2007.04.16 21:34
Doctor Takechan様

コメントありがとうございます。いやあ、すごいですね。それだけこられたら、地雷探しも大変だと思います。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.16 22:17
わたしは、踏みたくない地雷ナンバーワンと思っています。「急性アルコール中毒!!」わたしも自分のブログに「ウソみたい!!」でアップしましたが、とんでもないこともあるようです。

クワバラ、クワバラ。
written by た、狸が梨食ってる!! / 2007.04.18 00:57
た、狸が梨食ってる!!様

コメントありがとうございます。確かに一番踏みたくない地雷でよね。

written by なんちゃって救急医 / 2007.04.18 06:18

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