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タグ検索トップ  >  記事  /  戦後責任
記事 での「戦後責任」の検索結果 25
野田1998『戦争と罪責』
第2考古学 ] 05:55 05/07
野田 正彰 1998『戦争と罪責』岩波書店 「いつしか私は、侵略戦争を直視せず、どのような戦争犯罪を重ねたかを検証せず、否認と忘却によって処理しようとする身構えが、いかに私たちの文化を貧しくしてきた..
タグ: 植民地責任 戦後責任
山田1968「八・一五をめぐる日本人と朝鮮人の断層」
第2考古学 ] 05:40 12/25
山田 昭次 1968「八・一五をめぐる日本人と朝鮮人の断層」『朝鮮研究』第69号:4-12.(2005『植民地支配・戦争・戦後の責任 -朝鮮・中国への視点の模索-』創史社所収) 1946年7月13日..
タグ: 戦後責任 植民地意識
田中2019『「共生」を求めて』
第2考古学 ] 04:50 05/22
田中 宏(中村 一成 編)2019『「共生」を求めて -在日とともに歩んだ半世紀-』解放出版社 闘い続けてきた人へのインタビュー記事を一書にまとめたものである。こうした「闘い続けてきた人」に接すると..
タグ: 批判精神 研究姿勢 戦後責任
斉藤(小野)2015『斉藤優遺稿集』
第2考古学 ] 08:10 03/10
斉藤 優(小野 智子 翻刻・注解・編著・発行) 2015 『斉藤優遺稿集:渤海半拉城址発掘史にみる近現代東アジアの軍事と文化』 「筆者は、元来渤海国の仏教文化に関心をもち、特に斉藤が半拉城址で発見し..
タグ: 学史 戦後責任 文化財返還
斉藤1978『半拉城と他の史蹟』
第2考古学 ] 07:00 03/03
斉藤 優 1978『半拉城と他の史蹟』半拉城史刊行会 「…戦死された渡辺部隊長以下の戦友、満州側各位の冥福を祈り、他面に健在戦友の健康を祝福し、私の記念のためにも充分ではないが、半拉城と他の史蹟の名..
タグ: 侵略考古学 戦後責任 学史
「返還考古学」という新しい枠組みへ
第2考古学 ] 08:10 05/06
五十嵐2017b「「返還考古学」という新しい枠組みへ -第8回世界考古学会議で考えたこと-」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2017』第6号:9-13. 「本稿は、2016年8月28日から9..
タグ: 文化財返還 戦後責任 連累
京都大学が所蔵する慶陵武人像が日本に持ち込まれた経緯について
第2考古学 ] 06:00 05/04
「京都大学に所蔵される壁画武人像は、東陵(興宗陵)墓道西壁に描かれていた儀仗兵のひとりである。東陵では、墓道のみならず、墓室各壁面にも現地の春夏秋冬の風景を描いたいわゆる「四季山水図」をはじめとするさ..
タグ: 戦後責任 文化財返還
酒寄1999「「唐碑亭」すなわち「鴻臚井の碑」をめぐって」
第2考古学 ] 18:10 04/20
酒寄 雅志 1999 「「唐碑亭」すなわち「鴻臚井の碑」をめぐって」『朝鮮文化研究』第6号、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部朝鮮文化研究室紀要:33-60. 2001『渤海と古代の日本』校倉書房..
タグ: 戦後責任 文化財返還
田村1994『慶陵調査紀行』
第2考古学 ] 20:20 04/06
田村 實造1994『慶陵調査紀行』平凡社「慶陵と著者(田村)との縁由をいえば六十有余年の昔にさかのぼる。1931(昭和六)年七月、日本東亜考古学会によって組織された内蒙古調査団が、チャハル省およびシリ..
タグ: 侵略考古学 戦後責任 学史
江上1937『蒙古高原横断記』
第2考古学 ] 07:50 03/16
江上波夫(東亜考古学会蒙古調査班)1937『蒙古高原横断記』朝日新聞社(本記事は、当該書第一章を収録した池内 紀 編1997『江上波夫の蒙古高原横断記』五月書房による)「かくて昭和五年十二月末、蒙古旅..
タグ: 文化財返還 侵略考古学 戦後責任
梅原1947「現下の日本考古學」
第2考古学 ] 20:00 10/07
梅原 末治1947「現下の日本考古學 -その展望と将来の課題-」『人文』第1巻 第2号、人文科学委員会:45-57.「考古學が古物を解釋する學問だとする為政者の誤った考えからして、實は過去十数年の激し..
タグ: 侵略考古学 文化財返還 戦後責任
水野1948『東亞考古學の發逹』
第2考古学 ] 20:00 08/19
水野 清一 1948 『東亞考古學の發逹』古文化叢刊7、大八洲出版株式會社「わが國の學者は明治以来敗戰のその日まで、終始東亞考古學のために力をつくしてきた。もちろん學者も、そのときどきの政情からまつた..
タグ: ポストコロニアル 文化財返還 植民地意識 戦後責任 侵略考古学
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