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タグ検索トップ  >  記事  /  卷之一溟涬
記事 での「卷之一溟涬」の検索結果 13
コンピュータ・ルーム
メインフレームによる集中処理システム全盛期、大型コンピュータを設置するには、コンピュータが発する熱を冷却する特別の装置や高電圧の配電が必要だった。そのため受託計算センターは二重床に配線を収納し、耐火・..
タグ: 卷之一溟涬 用語
日本坂トンネル事故
1979年(昭和五十四)7月11日、東名高速道路下り線の「日本坂トンネル(全長2,045m)」の中で、トラックと乗用車が衝突した。後続車両7台が止まりきれずに玉突きでぶつかり、後にトラックの荷物が発火..
タグ: 卷之一溟涬 出来事
オイルショック
1973年10月第4次中東戦争をきっかけに石油危機が発生し、石油の価格が2か月で約4倍に値上がりした。これにより日本は経済的な打撃を受け、一時的なパニックによってトイレットペーパーや洗剤が店頭から姿を..
タグ: 卷之一溟涬 出来事
光堂の句
芭蕉と曾良が平泉を訪れたとき、金色堂は覆堂の内にあって、『奥の細道』平泉条にも「四面に囲て、甍を覆て風雨を凌」と書き残している。このことからも「降りのこしてや……」の句が心象であることが分かる。
タグ: 奥の細道 卷之一溟涬 考証
光堂
中尊寺にある。 「金色堂」の名で知られる。 阿弥陀堂として建てられ、建物全体に金箔が貼り込められていたことからこの異称がついた。阿弥陀信仰では、末法の世を救済する阿弥陀如来仏は黄金に輝く西方浄土に..
タグ: 卷之一溟涬 寺社
泉そば
JR東北本線平泉駅前にある。正式な店名は「泉屋」で、創業百年以上(正確に店主も知らないらしい)の老舗。そば菓子とそば茶が出され、店主が気が向くとサービスで義経伝説や食べ方を口上してくれるので有名になっ..
タグ: 卷之一溟涬 店名
毛越寺 もうつじ
「もうつうじ」とも。 正式名称は天台宗「医王山毛越寺金剛王院」。寺伝では慈覚大師・円仁の創基というが、奥州藤原氏第二代の藤原基衡が保安二年(1121)から保延七年(1141)の間に建立したとする見方..
タグ: 卷之一溟涬 寺社
中尊寺 ちゅうそんじ
正式名称は天台宗東北大本山関山中尊寺。 寺伝によると創建は嘉祥三年(850)、円仁による弘台寿院とされる。長治二年(1105)、藤原清衡が前九年・後三年の役の死没者を弔うため堂塔伽藍を再建した。最盛..
タグ: 卷之一溟涬 寺社
金森家
江戸中期、岩手県の一関に栄えた大地主で、江戸・大阪の文人と交流があった。磐井橋のたもとに2軒あり、いずれに芭蕉が宿泊したかは定かでない。金森家は芭蕉が二晩宿泊したことに由来し、屋敷の内に「二夜庵」を建..
タグ: 卷之一溟涬 奥の細道 松尾芭蕉
河合曾良 かわい・そら
1649~1710 本名は岩波庄右衛門正字のち河合惣五郎を名乗った。信濃国(長野県)諏訪に生まれ伊勢長島藩に仕えた。のち江戸に出て芭蕉の門に入り、江戸における芭蕉の身の回りの世話係を務めた。奥州行脚..
タグ: 卷之一溟涬 人物 17~18世紀
松尾芭蕉 まつお・ばしょう
1644~1694 実名は「宗房」、号は「桃青」(または「釣月軒」)。「芭蕉」名の初出は『佐夜山中集』(1664、松江重頼撰)であって、『奥の細道』は1689年のこと、江戸を発し東北から北陸を巡って..
タグ: 卷之一溟涬 人物 17世紀
湿舌 しつぜつ
気象観測システムがカバーできない局地的で水分を大量に含んだ雨雲の群。“台湾坊主”だけでなく、大量の湿気を含んだ太平洋高気圧の突出部が梅雨前線に接触したとき、次から次に舌雨を起こす雲が発生する。2004..
タグ: 用語 卷之一溟涬
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