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ジェームズタウン バージニア州 その1 [旅・亜米利加大陸]

7月15日(土) あづい~

日没後も未だ33度はある。今日は猛暑。日中は恐らく40度近く。日本も暑いそうですね。皆様熱中病にはお気をつけて。日本、海の日で3連休だ。良いな~。あまりにも暑くて、向日葵さんは綺麗だけど暑苦しかったので、スキン変えてみました。ちょっとは涼しげかな・・。

以前、ちらっと紹介した、独立記念日にかけてバージニア州のジェームズタウン・ウイリアムズバーグへ訪問した事、写真のリサイズとアップロードを終えたのでログします。訪問の順番から行くと、ウイリアムズバーグが先だったのだけど、歴史的順番に従って、ジェームズタウンを先に紹介します。

ジェームズタウンは国立公園になっていて、観光客を適宜グループにまとめてパークレンジャーが(日本語だと何だろ、公園警備隊って感じ?)説明しながらツアーをしてくれるので、とてもわかりやすいし面白い。

バージニア州は、一生独身で通したエリザベス女王一世(でもバージンじゃなかったとの話)に因み命名され、ジェームズタウンは、ジェームズ一世の名に因み命名、との事。

今回、私達のドライブの旅に頼もしいお供がいた。

これが欲しい故、これ付の新車を買う事を検討していたのだけど我慢できず、この旅を口実に購入した。じゃ~ん♪ 

GPSです♪Garmin と言うメーカー。音声で指示が飛びます。私はレンタカーの時はハーツのネバーロストを愛用しているのだけど、それに比べても非常に使い易い。これを使い始めたら、地図が読めなくなるのでは?とちと恐怖。

前置き長いね。

今回、イギリス系移民最初の植民地ジェームズタウン&ウイリアムズバーグを訪問して、強く感じた事は以下3つ。(100万方向位の思考が3つにまとまったのは偉い?・笑)

1.徳川家康に感謝。

何のこっちゃ、って感じだけど、1607年、最初にバージニアに到達したイギリス人移民のミッションは、①ゴールドを探す②日本か中国に到達できる川か道を探す(!)③何か金になる方法(物、産業)を探す、との事。

日本はゴールドのある国として欧州から標的になっていたのだろう・・・。江戸時代鎖国をしていなかったら、日本はひょっとしたら香港やマカオと同じ植民地化の運命をたどっていたかもしれない。。と思うと鎖国政策は日本を守る為の最高の戦略だったのではないか、と。アメリカの誕生地に立ち、日本の江戸時代に思いを馳せる。

2.アメリカに来た最初のイギリス人や、その当時の植民地政策が、今のアメリカのカルチャーの基本を作ったのではないか、と考える。

ミッションの一つが、’金になる方法を探す’。イギリスから送り込まれた移民達のスポンサーは、今で言う株式会社のバージニアカンパニーオブロンドンだった。商業ミッション、である。アメリカのカルチャーとして私が感じる、商売根性、金満主義、最初からこの地に根付いたのかもしれない。更に、スペインの植民地はスペイン人のみ移民が可能、フランス植民地はカソリック教徒のみ、と言う限定がある中、イギリスの植民地は’誰でもオッケー’だった。それゆえ、このバージニアにはイギリス人以外の移民も続々と登場。これが仮に、’イギリス人のみ’だったら、今頃アメリカはどうなっていたのだろう・・・。とても興味ある所だ。

3.分裂した南北は、最初から、の様だ。

このバージニアカンパニーオブロンドンは、もう一つバージニアカンパニーオブプリマス、と言うのがあったそうで、下記の通り、領地が決められていたらしい。

 

パークレンジャーの説明によると、この北緯38度から41度の間は、両方のカンパニーに対して領地として認められていたそうだ。大体、このジェームズタウン辺りから、フィラデルフィア辺りの地域。

このジェームズタウン対メイフラワー号が到達したマサチューセッツのプリマス、と言う対抗が見えてしまった感じだ(プリマスカンパニーは成功せず。メイフラワー号はピューリタンの宗教ミッションであるけど)。そしてこれが結局後の南北分裂に繋がってしまったのではないか、と私は思った。

なんだか世界史の授業みたくなってしまったね~。しかもこの時点でかなり長い・・・。ここから写真を載せると更に長くなるので、今日はこの写真だけ載せて終わろう。

 

ポカホンタスの銅像。ジェームズタウン設立300年記念の1907年にセレモニーがあり、1922年に作られた像。100年足らずで、銅がこんな色になってしまう酸性雨の脅威。

ジェームズタウンは元々陸続きの半島だったのが、海抜の高さが高くなった事により、200年前(記憶は確かではない、100年前だったかもしれない)には島になり、今では植民当初の土地の確か3分の2が水没してしまった、との事。。。環境問題を思わずにはいられない。

それにしても植民地って本と勝手なもんだね。先住民が平和に暮らしていた所に勝手にやって来て、自分達の土地だと勝手に名づけて先住民を追い出す。

ジェームズタウンに立ち、一番強く心に響いたのは・・自然の美しさと先住民の懐の大きさ。そして、それを破壊し続ける貪欲な人間のエゴ。私達人間はいつになったら先住民の自然との共存の知恵、懐の大きさを学べるのだろう。

次回は写真一杯載せます♪ お楽しみに♪


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コメント 4

柿の木

有難うございます。
ポカホンタスやジェイムスタウンの旅行記事を以前にも何度か読んでまして誤報や通り一遍の情報が気になってました。それも自分でHP開設する動機のひとつになったのですが、そうした意味でさんのブログは嬉しくそして感心するばかりです。
私の「バージニアのポカホンタス」は本当に拙い書き方で恥ずかしいのですがどうぞいちどお立ち寄り下さい。http://page.freett.com/takenokonosato
その際ご意見を書き残して云っていただけたら嬉しく思います。それでは、またお邪魔して他の旅行先のブログもじっくり読ませていただきますね。
by 柿の木 (2006-08-07 10:30) 

Zunko

柿の木  さんへ 初めまして
ご訪問 並びに コメント 有難うございます。
実はちらっと遊びにお伺いしまして。。ロストコロニーと呼ばれる最初のイギリス人の植民地がノースカロライナのキティーフォークの側にある、と言う事を読んで愕然と致しました。私ライト兄弟の飛行の地、キティーフォークまでは行ったんですけどね。。全然知りませんでした。やはり。歴史は公平に理解できて初めて過去から学べると思いますから。私の文章も、付け焼刃的で全くお恥ずかしい限りですが。。又のご訪問をお待ち致しております。有難うございます。
by Zunko (2006-08-08 12:28) 

柿の木

zunkoさん、こんにちは。
両サイトにいらしてくださってコメントまで書いて頂いて有難いやら嬉しいやら。zunkoさんの知識欲と文章力に羨ましさと感じると同時にとても励みにも感じます。先住民に関する関心を共通点にこれからもどうぞよろしくお願いしますね。
by 柿の木 (2006-08-11 05:26) 

Zunko

柿の木 さんへ
ご訪問 &コメント 有難うございます。
柿の木さんのサイトは素晴らしいサイトでしたので、週末じっくりと読ませて戴きます。私は単なる好奇心旺盛なだけです。お会いできてとても嬉しいです。これからも宜しくお願い致します。
by Zunko (2006-08-11 13:43) 

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