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ノーカントリー [2008年 レビュー]

ノーカントリー」(2007年・アメリカ) 監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン

 ゴールデングローブ賞4部門(作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞)にノミネートされているコーエン兄弟の新作。
 
 僕は「コーエン兄弟の最高傑作!」という宣伝文句を聞いて期待し過ぎました。
 もしかしたらゴールデングローブの作品賞は獲るかも知れません。でもそれが興行成績につながるかどうかは疑問です。おそらく観た多くの人は「これってどういう意味?」って言いながら劇場を出てくると思うし、観ていない人から「どうだった?」と聞かれて素直に「面白かった!」とは言い難い作品に仕上がっているからです。
 物語の概要はこう。
 テキサスの平原で一人ハンティングをしていたモス(ジョシュ・フローリン)は死体に囲まれたトラックを発見する。荷台に積まれていたのは大量のヘロイン。そして現金200万ドル。その金を持ち逃げしたモスは殺し屋と保安官の2人に追われることになる…。
 簡単に書いてしまうと平凡なクライム・サスペンスに聞こえますが、本当にこれだけのハナシです。
 設定がオーソドックスだけに誰もが相応な結末をイメージすると思います。でもその予想は誰も当たりません。本作には誰も予想しない結末が待っているのです。
 「誰も予想しない結末」というフレーズを使うと、それを好意的に捉えたくなるのが映画マニアの悲しい性。でもこの作品に限っては「予想しろって言う方がムリ」と言いたくなる結末でした。内容にはもちろん触れませんが、あえて説明するなら「コーエン兄弟の哲学を一方的に投げつけられた」感じ。僕はここが理解できなかった。

 しかし、その結末に至るまでは十二分に見せてくれます。
 僕はあまりにも入り込みすぎて、途中“その町”の住人になったような錯覚を覚えていたのですが、これは途中までまったく気付かなかったコーエン兄弟の演出が要因でした。
 本編にBGMがまったく無いのです。
 音楽にこだわるコーエン兄弟があえて選択した「音楽を流さない」という演出。
 見事と言うほか、ありません。
 音楽がないことで感じるリアリティの奥深さには感動しました。
 ただそのためには撮影だけでシーンを完成させなければなりません。これはものすごく力のいることです。よくラッシュを下見しているときに「これで音楽が入れば、かなりいいシーンになるな」なんてことをプロデューサー連中が言うのですが、それは画だけじゃイマイチってことの裏返し。
 仕上げ過程で施すことが出来る“演出”には「編集」と「音楽」の二つがありますが、本作は撮影したカットの力だけを頼りに編集のみで完成させたのです。例えるなら飛車落ちで将棋をするようなもの。そのためには初手から用意周到な作戦が必要になるんです。
 本作の初手はキャスティングでした。特にハビエム・バルデムが素晴らしい。「夜になるまえに」、「海を飛ぶ夢」も良かったけれど、これはそれ以上の演技だったと思います。
 トミー・リー・ジョーンズは安心して観ていられます。老保安官なんて役柄なら安定感はバツグン。
 200万ドルをかっぱらうモスを演じたジョシュ・ブローリンもいい。このキャラクターでおもしろいのは観客が深く感情移入しないようになっているところです。モスは大義があって200万ドルを持ち逃げしたわけじゃないし、ましてやヒーローでもない。彼が殺し屋に追われて撃たれても、同情出来ない仕組みにしてあるのです。
 なぜなら。
 コーエン兄弟が描いているのは圧倒的な不条理で、それを観客に俯瞰させることが一番の目的だからでしょう。

 考えれば考えるほど、じわじわと来る映画です。
 「観客が受け止め、それぞれが解釈することで完成する映画」
 そう心して、興味のある方はご覧になってください。
 僕は、「起きてしまったことはすべて諦めるしかない」と、受け止めました。

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ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション

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  • 出版社/メーカー: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
  • メディア: DVD 

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てくてく

はじめまして、てくてくと申します。
この映画すごく興味があったのですが、
kenさんの記事でますます観たくなりました。
どんな所に着地するのか確かめたい!
でも私の地方では公開されるのか?・・・ちょっと心配です。
by てくてく (2008-01-12 19:59) 

ken

てくてくさん、ようこそ。
ゴールデングローブも、アカデミー賞も確実に絡んでくるでしょうから
てくてくさんのところでも上映されると思いますよ。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-01-12 21:32) 

うつぼ

こんばんは。
この映画、ちょうど昨日、日比谷シャンテで予告編を見ました。乾いた空気の中、追う人と追われる人、、、という構図の予告編にドキドキしてしまったのですが。見る人それぞれが解釈することで完成する映画なんですね。とはいえ、トミー・リー・ジョーンズの顔のシワシワが渋かったので観にいこうと思っています。。
by うつぼ (2008-01-12 21:41) 

ken

トミー・リー・ジョーンズは宇宙人ではありませんでした。
完全なるテキサスの保安官でしたよ(笑)。
ぜひ楽しんで来て下さい!nice!ありがとうございます。
by ken (2008-01-12 23:47) 

江戸うっどスキー

>考えれば考えるほど、じわじわと来る映画、でした。
映画を観終えてから、解説を拝見させて頂くと、自分の中で上手く消化しきれなかったものが『ストン』と落ちた感じです。ありがとうございます。

音楽なしの撮影って、大変なことなんですね。
by 江戸うっどスキー (2008-04-08 22:21) 

ken

作品としては納得できないにもかかわらず
レビューとしてはまともなこと書いてるな、と我ながら感心しました。
それほど見応えも考えようもある映画だったってことですねw
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-04-08 22:49) 

クリス

この記事を読むと、コーエン兄弟が描きたかったものがほんの少しみれた気がします。実際、作品はそれほど好きじゃありません。音楽が一切ない中、素晴らしいショットを撮り続けたことには、感服しています。
by クリス (2008-05-08 21:03) 

ken

僕はこれと「つぐない」を同時期に観たので、
「つぐない」こそがアカデミー賞に相応しい!と思っていたんですけどねえ。
nice!ありがとうございます。
by ken (2008-05-09 00:56) 

satoco

好きなテーマなので大変楽しんで見てしまいました。映像的な快楽は十分ですし。私の人生観てなんだかゆがんでます。
by satoco (2010-02-11 02:25) 

ken

映像的快楽は理解できます。
が、もしやsatocoさんは「ドS」でしょうか?w
nice!ありがとうございます。
by ken (2010-02-11 11:56) 

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