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父親たちの星条旗 [2006年 レビュー]

父親たちの星条旗」(2006年・アメリカ) 監督・音楽:クリント・イーストウッド

 まずこの作品は、硫黄島を舞台にして日米双方の視点で2本の映画を作ることにしたアイディアを称えよう。そしてこの画期的な企画の実現に尽力したすべての人たちに拍手を送りたいと思う。作品の評論はそれからでも充分だ。

 2006年10月21日。
 全米公開から遅れることわずか1日。
一般公開に先駆けて渋谷オーチャードホールにかけられたこのフィルムは、東京国際映画祭のオープニングを飾るに相応しい1本だったと思う。
 残念ながら監督の来日
は「硫黄島からの手紙」の編集のため叶わなかったけれど、それでもこの作品が今年の目玉であることは間違いなかった。
 とは言うものの…。
 戦争写真として最も有名な「1枚の写真」と日本の「硫黄島」がすぐさま結びつく日本人が、戦後61年の今、はたしてどれくらいいるだろう。
 例えばこういうことだ。
 
 【問題】以下の写真を「硫黄島」という言葉を使って300字以内で説明しなさい。
 

                                    Joe Rosenthal (1911-2006)

 この答えを出せない日本人は僕を含めて決して少なくないと思う。しかしこの答えを導き出せないと「父親たちの星条旗」は楽しめない。
 クリント・イーストウッドという監督は“アメリカ人のためにしか映画を作らない”人である(「許されざる者」の項参照)。それ以外の国の人間が彼の映画を理解しようと思ったら必要最低限の知識を持つしかない。
 そこで模範解答である。

 『太平洋戦争末期。日本攻略の重要な拠点としてアメリカ軍が手中に収めようとした島、硫黄島。アメリカ軍は5日で落とせると読むも、日本軍の激しい抵抗に遭い激戦は約1ヶ月に渡った。
 抵抗する日本軍は島で一番高い“摺鉢山”を防衛要塞としていた。ところがアメリカ軍は上陸から4日目にこの頂上に到達。戦意高揚のため星条旗を打ち立てる。
 その様子を撮影したのはジョー・ローゼンタール。AP通信の従軍カメラマンによって偶然撮影された1枚はこの年のピューリッツァー賞を受賞し、のちに世界で最も有名な戦争写真となる』

 これを踏まえて本題に入ろう。
 「父親たちの星条旗」はこの1枚の写真に隠された“秘密”をひも解く物語である。
 誰もが一度は目にしたことのある「有名な1枚」がもたらした人間模様。その事実はあまりに興味深く、そしてあまりに悲しい。しかしウィリアム・ブロイルズ・Jr、ポール・ハギスによる脚本と、クリント・イーストウッドの演出はかなり淡白だったように思う。
 ここで言う「淡白」は僕にとって「失望」に等しい。
 僕はこれが、良く言えば「作り手の主張を押し付けない」、悪く言えば「救いのない映画を作る」イーストウッドの持ち味であることを充分理解しているつもりだ。それでもあえてこの映画を批判するのには大きな理由がある。
 それはこの作品が現時点で「最後発の戦争映画」であるだからだ。
 
 大戦後、勝戦国も敗戦国も数多くの戦争映画を作ってきた。
 中でも大戦以降、ベトナム、湾岸、イラクを経験したアメリカのその数は他国の比ではない。
 当然題材も千差万別だが、どれだけスタイルが変わろうと幾多の戦争映画が訴えてきたテーマは「戦争がもたらす悲劇」、ただこの一点である。逆に言えばこのテーマ以外で戦争映画を作ることなど出来ないのだ。
 大テーマが普遍の真理なら、小テーマに変化をつけてオリジナリティを出すしかない。
 つまり、これまでに戦争映画を作ってきた人たちは皆、戦争がもたらした悲劇のドラマを新たに発見した(あるいは創作できた)からこそ、戦争をテーマにした映画を作ってきたというわけだ。もちろん今回のイーストウッドもしかりである。
 しかし。
 僕は「父親たちの星条旗」を観ながら途中うんざりしていた。一番はデジタル技術を駆使して作られた生々しい戦闘シーンである。
 例えば「プラトーン」や「フルメタル・ジャケット」や
「プライベート・ライアン」や「バンド・オブ・ブラザース」のそれと一体何が違うのか僕にはまったく分からなかった。そこへ持ってきて淡白なドラマの演出である。
 「最後発の戦争映画としてこれでいいのか」と僕は激しく思った。
 観終わったあとで「やっぱり戦争はし
ちゃいけないんだな」程度の大雑把な感想しか持てない作品で終わっていいのか?
 良いわけがない。
 本作品最大のウリは、1枚の写真が世界の歴史を大きく変えた、という事実である。
 “歴史が動く瞬間をドラマティックに描くこと”
 これが
「父親たちの星条旗」に与えられた使命だったと僕は思う。
 
 この映画を一緒に観た魚河岸おじさんは「これをオリバー・ストーンが作ったら…」と言った。
 興味深い一言だった。
 僕は本作の映画化権を持っていたスピルバーグが監督だったら…と思った。
 どちらも想像のゲームでしかないが映画マニアの酒飲み話としては充分におもしろい話だ。

 繰り返すが、同じ舞台で2本の映画を作ったクリント・イーストウッドのアイディアは賞賛に値する。だから魚河岸おじさんがそうしたように僕も「硫黄島からの手紙」を見てからもう一度レビューを書こうと思う。
 アメリカ人のためにしか映画を作らないクリント・イーストウッドが撮った「日本から見た硫黄島」は果たして誰のための映画なのか。第2部に対する興味は尽きない。公開が楽しみだ。
硫黄島の星条旗

硫黄島の星条旗

  • 作者: ジェイムズ ブラッドリー, ロン パワーズ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/02
  • メディア: 文庫

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コメント 13

アートフル ドジャー

 1番の友好国とおもってるアメリカは実は・・・と私は思います。国の成り立ちが戦争で始まった彼の国。200年以上戦争が無かった人類史上、稀に見る洗練した文明を持ちながら、やはり人間の性?なのか!、自国の洗練された文化・文明を放棄した我が国・・。先の大戦の事は、今一度あらゆる世代で考えなおさなければならないかも?。
by アートフル ドジャー (2006-10-26 15:50) 

ken

「自国の文化・文明を放棄した…」
言われてみればそうですね。
日本人は敗戦によってずいぶん大事なものを失ったのかもしれません。
考える価値ありのテーマかも。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-10-26 18:48) 

魚河岸おじさん

シッカリと二作品を見て考えたいと思います・・・・
by 魚河岸おじさん (2006-10-26 19:58) 

naonao

こんばんは。はじめまして。
この試写会当たりましたが、戦争映画は気が重くなり、観た後何日も引きずることが多いので、自分で観ずに人に譲りましたが、kenさんのブログでどんな映画なのかとてもよくわかりました。
生々しい戦闘シーンはもう私もうんざりなので、観なくて正解だったのかもしれません。
by naonao (2006-10-26 22:06) 

ken

>魚河岸おじさん
 第二部も一緒に観に行きますか。で、また飲みますか。

>naonaoさん
 そうですねえ。
 戦闘シーンは置いといて「いい映画だった」と言える作品だったら
 良かったなと思います。でも映像はキレイでしたよ。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2006-10-26 22:47) 

kurohani

コメントありがとうございました♪いっぱい映画観てらっしゃるのですね!「クリント・イーストウッドという監督は“アメリカ人のためにしか映画を作らない”人」に納得です。だからこそ「硫黄島からの手紙」が政治的正しさからの言い訳っぽい様な映画なるのでは?と感じてしまいました。まだ観てないから分かりませんが、、。TBさせて頂きました。余談ながら「Broakback Mountain」とっても良いですよ!無駄なシーンが1シーンもありません。(好き嫌いはあるかもしれませんが)
by kurohani (2006-10-27 21:39) 

ken

うわあああああ。
「ブロークバック・マウンテン」て無駄なシーンが1シーンもないんですかああ。
参りました。楽しみに観てみます。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-10-27 23:24) 

わらばー@見ッチェル

確かに、戦闘シーンはおそらく冗長に過ぎるかもしれませんね。兵士らがいかに困難な状況にあったかを訴えるものだし、派手なシーンなので映画としても見栄えがするので、あんなに長いのかもしれませんが。

私としては、やられ役だった日本兵が第2作でどうからんでくるのかが気になっています。手榴弾を投げ込まれた後も反撃してきた兵、刺されて「ヘルプミー」とつぶやいた兵、など。
by わらばー@見ッチェル (2006-10-31 22:20) 

ken

なるほど「やられ役」ね。おもしろいです。
僕はとにかく、イーストウッドがどんな目線で描いているのかが気になります。
by ken (2006-10-31 22:46) 

Naka

イーストウッド監督信奉者としての欲目があるにしても(^^ゞ、
私はやはりいい作品だったと思います。
60年以上前の戦争が未だ終わっていないことを痛感させられました。
しかしながらkenさんの観点もとても参考になりました。nice!させていただきます(^^

TIFF、満喫されたようですね。私も来年こそは参加できたらいいなぁ!
by Naka (2006-11-01 23:35) 

ken

この作品の評価は(この作品に限らず)人、それぞれでいいと思います。
そんなことよりTIFFには一言もの申す!
近いうちに参加レビューをアップしたいと思います。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-11-02 03:14) 

Labyrinth

コバワ~ おじゃまします~
Trackback &コメントどうもありがとうございました。
こちらにTBさせて頂きました。宜しくお願い致します。
ところでっ この写真も初めて目にするというていたらくで(苦笑)
硫黄島の持つ意味も知らなかった者としては、ただ傍観という感じになってしまいました。
第二弾、見るのは切ないけれど、やはり見るべきかな~と思っております。
by Labyrinth (2006-11-03 23:03) 

ken

ある程度の年齢じゃないと「硫黄島」だって「どこそれ?」ってことに
なりますよねえ。だからこそこういう映画は必要なんだと思いますけど
だったらもう少し丁寧な説明があっても良かったかなと思うわけです。はい。
第二部も観てみましょう(笑)。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-11-03 23:40) 

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