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これが「チェコの伝統」だ [弦楽四重奏]

昨日10月30日、パノハQの公開マスタークラスが行われた。なんと、驚くなかれ、有料なのにめでたくも100名以上の聴衆がタワーホール船堀に集まって、熱心に聴講しましたとさ。写真はパノハQと受講生、それに、終演後、なぜか舞台に呼び出され慌てて照れながら講評する音楽評論家クァルテット博士の幸松肇さんです。

内容は、典型的なチェコやら中欧やらの長老団体のマスタークラス。「受講生の問題点を捜し、指摘し、考えさせる」という、東京QやらジュリアードQなどアメリカ系の団体のマスタークラスとはまるで違うし、晴海でボロメーオQが「ボロメーオ・セミナー」という名でやった、マールボロ・タイプのセッション(コーチのボロメーオQのメンバーが、受講生の弦楽四重奏の中に数人入り、一緒に音楽を作るやり方)ともまるで違う。
「ここはこうしなさい」というレッスンであった。
つまり、都響メンバーたるクァルテット・ローエ(小林久美、田中美里Vn、小林明子Va、江口心一Vc)の音楽がどうこうというのじゃなくて、彼らをカンバスに、パノハQが自分らのやっている音楽を細部まではっきりと見せてくれる、というデモンストレーション。ま、時間もないし、チェコ語と日本語という言葉の壁が高い今回のような場合には、ある程度は仕方ないのでしょうな。ギャラリーとすればやってることが明快で、面白かったことは確かだし。

スメタナ第1番の1楽章半分くらいと、3楽章を通したなかで、圧倒的にビックリさせられたことをひとつ記しておこう。
はい、そのへんからスメタナ弦楽四重奏曲第1番ホ短調のスコアを出してきてください。
第1楽章の36小節目、冒頭でヴィオラが歌い出した主題が、始めて第1ヴァイオリンになって歌われる部分がありますね。ここ、あなたの手元のスコアでは、ヴィオラとチェロの八分音符の伴奏が、フォルテふたつになってるでしょ(そうじゃない楽譜をお持ちの方がもしもいらっしゃったら、連絡下さい!まさかスプラフォンの古い版はそうなってないとか、そんなことないですよねぇ)。そこを、パノハQの皆さん、「この八分音符は音量を落として、あくまでもヴァイオリンの伴奏に徹して弾け」と仰る!
第1ヴァイオリンは、スフォルツァンドから松葉がふくれて、縮まってます。シェーンベルクなんぞがやるように、テーマのフレーズ全体をハウプトシュティンメとして括ったりはしてません。

で、どうしてそうなるのか、説明はないんですな。「こうやりなさい」なんです。

他にも、伴奏音符でのアクセントの付け方とか、楽譜を眺めているだけでは絶対にそんな解釈が出てこないような話がいくつもあった。
勿論、ボウイングとかフィンガリングの指示とかはいくらでもあったんだけど、ここで挙げたことは、そういう問題じゃあない。知らないと絶対に不可能なこと。で、「なぜそうなるのか」は特に説明はない。でも、パノハQが受講生の楽器を取り上げ、実際にその部分などを弾いてくれたんですよ。その例を聴いている限り、「なるほどねぇ」と納得させられ、仰ることに疑問はない。

乱暴に言えば、これが「伝統」なのである。

チェコの団体がチェコの曲をレッスンすると、こういう場面にかなり出くわすことがある。ま、彼らがそうやって弾いて、それで納得されられるのは良いんだけど…
良いばかりでもない。
例えば、若い団体が、ドヴォルザークの楽譜なんかで「ええ、どうしてそうやるの」みたいなことをしてくれる場合がしばしばある。驚いてあとで本人達に尋ねると、「夏のセミナーで●●先生に習った」とかいう答えが返ってくることが多いのだ。
そういうことが繰り返されると、あまのじゃくな耳は、もうその箇所を聴いただけで、「あ、こいつら、●●さんに習ったな」と思ってしまう。で、すれたオッサンとすれば、言いたくなっちゃうわけだ、「あのねぇ、チェコの長老がやるなら良いんだけど、君たちがやると、そこだけ妙に浮き上がっちゃって、僕たちチェコ行って習いましたぁ、ってでっかい旗を掲げているようなもんなんよ。それって、あんまりカッコ良くないことなんだけどなぁ」って。

マスタークラスが「マスターたちによるクラス」であり得るのは、習った方もそう簡単には自分らの考えを譲らない、という態度があるからだ。別に先生がそういったからといって、それが絶対に正しいとは限らない。自分らのやり方と照らし合わせて、納得できる説得力があれば、そんなやり方も考えてみればいい、ということ。
先生からはイヤな生徒と思われるだろうけど、あいつらはあの先生の真似っこだ、と(一部の人たちにコッソリと)笑われるよりは、先生と喧嘩する方が余程いいでしょ。

伝統とはカーボンコピーではない。ある考え方にぶつかった際に、その考えには傾聴に値する歴史的保証がある、という状況が「伝統」なのです。

というわけで、期待通り猛烈に面白かったパノハQのマスタークラス、本日は5時半から東京音大であります。曲は、シューベルトの「ロザムンデ」と、ドヴォルザークの作品106です。特に後者は、昨日のようなとてつもない「伝統」に出会える可能性が高い。乞うご期待。

PS なぜか知らぬが、今週は東京ではドヴォルザークの作品106が大流行。今日はパノハQのマスタークラスがあるし、水曜日には晴海でボロメーオQがシェーンベルクの後に弾くし、土曜日には文化会館で大阪国際コンクール優勝団体ベネヴィッツQがメイン曲目にしている。「アメリカ」に隠れた大傑作だから何度やられようが良いんですけど。
 本日午前中、ボロメーオQは晴海は朝潮運河の辺の聖ルカ保育園にアウトリーチに行き、幼稚園児の前で、アンコールにこの作品106終楽章最後の部分を披露したそうな。先生から言われたでもないのに、子供らは手拍子をとって大ノリノリだったとのこと。わおおお、凄いぞドヴォルザーク!


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