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「You Are The Top -今宵の君-」:愛されること、愛すること [演劇]

 三谷幸喜さん脚本・演出のこの舞台、私はDVDで観ました。よかったです。思わず何度も繰り返して見ました。恋愛ってこんなにいいものだったんですね・・・と思わずしみじみしてしまいました。
 ストーリーはこうです。ある女性歌手が世を去ってから7年、その7周忌の記念コンサートに新曲を発表するため、生前彼女と組んで数々の曲を世に送り出してきた作詞家と作曲家のコンビが、深夜のリハーサル室に集います。これから一晩で一曲作り上げなくてはならないというシチュエーションながら、作曲の合間、お互いにぽつぽつと生前の彼女の記憶を語り合っているうち、いつしか「どちらがより彼女を愛していたか、愛されていたか」という言い争いに発展します。争うといっても喧嘩のような感じではなく、昔を懐かしみながら、今だから言えることをぽろぽろこぼしながら、ついこぼしすぎたりしつつ、「男って本当に勝ち負けに拘るわよね」という状況に。
 けれどそれは彼らにとって、単なる恋愛での勝ち負けではなく、自分の青春から今までの半生を振り返る作業であり、それらを懐かしむ一方で、残してきたものを昇華する作業でもあり、そしてこれからの自分の未来を見つめなおす作業でもあるのです。
 このように、このお話はビターでスイートな大人の恋物語です。


  市村正親さん演じる作詞家は、お調子者で人心の機微に鈍感でひたすらにボケで、けれども仕事や友人に対してはとことん真摯な男性。浅野和之さん演じる作曲家は、対照的に芸術家肌の職人肌。ストイックなツッコミ役であり、でも実はどうしようもなく脆い部分を持つ男性。そして彼ら二人に愛された戸田恵子さん演じる歌手は、無邪気で世間知らずでがむしゃらだった若き日から、短い全盛期を極めた後、徐々に落ちぶれていった最後まで、人としては一生成長し続けた愛すべき女性。
 三角関係というものは破綻しやすく、誰かが可哀想な役どころになったり、誰かが憎まれ役になったりするものですが、そこらへんは三谷作品らしくあくまでも上品です。誰も悪役はいない。三人が三人とも、実に人間味にあふれていて愛すべきキャラクターなのです。

 二人の男性がそれぞれ語る彼女の思い出にあわせて、戸田さんが舞台上に登場します。いわば劇中劇のように、彼女の人生最後の姿から、一番最初に彼らが出会ったとき、そしてまた最後まで、折々のエピソードが演じられていきます。十数年の思い出が、行ったり来たりしながら時系列ばらばらに語られていくのですが、きちんとはさみこまれるサブエピソードなどの存在によって、一回で時間軸が把握できるのは凄いです。さらに時間軸が前後することによって張られていく伏線や、最後にそれが消化される様などは、まさに三谷作品ならではのカタルシスです。
 私はこの舞台では照明も好きです。基本はずっとリハーサル室のセットで、グランドピアノとソファーがおいてあるだけのセットながら、後ろのついたてを動かすことでそこがピアノバーになったりTV局の楽屋になったり。さらに回想として演じられている部分と、現実(現在)の視点からそれを見ているキャラクターが、きちんとライトの当たり方の違いによって、一目で分かるようになっているのです。過去を照らし出す、あるいはその場にいなかった人物が現在の視点からそれを見ていることを示す薄暗い青の照明が、なんとも素敵です。
 相手の男が嬉々として自慢する彼女とのエピソード、それを青い光に照らされてじっと見聞きしているもう一人の男。なんともいえない静かな夜の空気がそこには流れていました。


 コメンタリーで戸田恵子さんがおっしゃっていた、「本当は作詞家のほうが(人間として)いいんだけど、女はつい作曲家タイプに行ってしまう」という言葉は胸に刺さりました。そりゃもうさくっと。そうなんだよなー、クール=格好いいとかすぐ思っちゃうんだよなあ。それって実は美味しいところだけつまみ食いなある意味無責任男だったりするのにー。ああああぁあ。ヤツらは本当は愛してくれるんじゃなくて、愛されたいだけの弱い男だったりするのなー。女はそこまで分かりつつ、母性本能だかなんだかで惹かれちゃうんですよ。でもでもやっぱり愛されたいとか思って、苦しむわけですよ。ぐふっ。
 ま、それはさておき。かように浅野和之さん演じる作曲家は魅力的でセクシーな男性でした。実はこの役、本来鹿賀丈史さんが演じるはずだったのですが、急性虫垂炎で初日を目の前にして降板。急遽、本番まで1週間もない練習期間で、浅野さんが舞台に立ったという経緯があります。
 しかし、この役が本当は他の人のものだったとは思えないほど、浅野さんはぴったりはまっていました。神経質で気難しくて、一方でやることはやっているというか女に手が早かったりするちゃっかり者。鹿賀さんならもっとエキセントリックでどこかユーモラスで、けれども有無を言わせぬ色気を持って演じていたのでしょう。対して浅野さんは、カーテンコールでの表情など、本来朴訥とした真面目で優しげな気風がうかがえます。それが作曲家というキャラクターに、ほどよい弱さと真面目ゆえの不器用さと、だけどただの軟弱な男では終わらない芯の強さを与えていたように思います。
 立ち居振る舞いから台詞までなんとも華やかで、二枚目を演じつつもただの道化では終わらない、どこまでも素敵な市村さんとの対比も見事でした。


 何度も見返した挙句、今考えても、どちらの男性が勝っていたのかは分かりません。人としてどちらの方が魅力的だとも言えません。ただ彼ら二人に愛された歌手は、短いながらも本当に幸せな生涯だったのではないかと思い、けれどももう彼女がこの世にいないということはとても寂しいことのような気がする。でも寂しいって思えることは、すでに未来に歩みだしている一つの証なのかもしれない。
 そんな余韻を残してくれる、本当に素敵なお芝居でした。

You Are The Top ~今宵の君~

You Are The Top ~今宵の君~

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2002/06/19
  • メディア: DVD

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