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「DEATH NOTE 9巻」:天才になれなかった犯罪者 [漫画]

 タイトルは月(ライト)のことを指しています。
 7巻で大きな山があってからのこの漫画、多少迷走していた感がありましたが、ここにきて落ち着きを見出し新しい展望も開けたかなという印象を持ちました。
 私はその新しい展開を読み解く鍵として、「月=天才になれなかった犯罪者」というタイトルを掲げたいかと思います。

 以下、大きなネタバレはしていませんが、多少ストーリーの概略には触れている部分もありますので、読む予定のあるかたは既読してから見る事をお薦めします。


 主人公がなんのためらいもなく自らが掲げる(歪んだ)正義のために人を殺しまくるという点において、少年漫画としては異色である作品ですが、同時に、読者の側から見て魅力的な(作者側からすれば美味しい)キャラクターや主要な登場人物であっても容赦なく死にまくるという点でも異色だったりします。

 普通そういう場合は、該当キャラがいきなり活躍したり恋愛したり主人公と友情が芽生えたりと、なんとなく作者からの「もうすぐ死にますよ」メッセージが送られるものなんですが(「死亡フラグ」と呼ばれます)、この作品はそういうのが一切ないので、そのあたりも勇気あるなと思うのです。
 まあ、ミステリーとしてはそっちのほうが読者に衝撃も与えられますし効果的なのですが、読者人気によって支えられる連載作品としては、ある意味過激な事をしているとも言えるので。

 あと、どうしても唐突感があるのも確かです。主要人物がいきなり死ぬというのは、作品の構成自体がガラッと変わるということでもありますので、読者はそっちの面でも付いていくのが大変です。
 読者のみならず作者の側も戸惑っているというか、迷走している感があったのですが、ここにきてようやく落ち着いたかな、と。(「作者側の戸惑い」については7巻のレビューでも述べています)。


 ミステリー作品の犯人と探偵役(これらは本質的に同じものです)のキャラクターは、大きく二つの分類に分けられます。天才型と常人型です。ちなみに天才型=本物の天才とは限らないので注意です。世の中には天才肌というものも存在するのです。

 天才型の例として分かりやすいのは、シャーロックホームズや最近の漫画では金田一少年などでしょうか。物語の途中ではほとんど何も言わずに無言を通し、最後に容疑者を一同に集めてびしっと犯人当てをするのがこのタイプです。少しやり方は違いますが、ドラマの古畑任三郎などもそうです。「一瞬にして犯人が分かる」というのが天才型探偵の特徴。本格ミステリと呼ばれる作品群にはこのタイプの探偵が多いです。
 一方の常人型はサスペンスやハードボイルドに多いタイプです。このタイプは地道に捜査を積み重ね、犯人の目星を付けてはそれを外したりもして、紆余曲折を経て最終的に真犯人に辿り着きます。このようなミステリは最後の犯人当ての驚きというよりも、むしろ過程を楽しむタイプのミステリといえるでしょう。

 天才型の探偵はあんまり喋りません(苦労もしません)。なのでワトソン博士のような「説明役」が必要になります。彼らは天才と凡人(読者)の橋渡しをする役目とも言えます。

 ちなみに分かりやすいので探偵役で説明しましたが、もちろん犯人にも同じように天才型と常人型が存在します。あまりミステリにおいては犯人視点で物事が語られるということは少ないので、説明はしにくいのですが、天才的に捜査の裏をかきまくる犯人と、アリバイ作りなどに人間的な苦労のあとが見られる犯人っているでしょう。
 もっと分かりやすいのは動機の面ですね。天才型の犯人の動機は、かなり抽象的で凡人には理解しがたいものが多いです。常人型の犯人の動機は、金銭とか恨みとか何かと分かりやすいです。
 ・・・これは探偵の側にも言えて、天才型探偵が探偵をやっている理由というのはヘンなものも多く(探偵が趣味とか)、常人型探偵が探偵する理由は「仕事だから」とか「友情から巻き込まれて」とかいたって常人的であることが多いです。結局話が戻っていますが。


 ともあれ前置きがいつものように蛇足で長くなりましたが、犯人及び探偵には天才型と常人型があるということです。

 さて、このデスノートという作品は、犯人と探偵が錯綜しています。初期の月vsL(竜崎)の構図では、月が犯人で竜崎が探偵でした。この二人はどちらも天才として描かれており、当然のように天才型の犯人および探偵でしたが、竜崎には捜査本部というワトソン役が付いていたのでその分説明的になりやすい面がありました。つまり合わせて天才+常人型の探偵役だったとも言えるのです。
 またミステリの構図の必然として、犯人側に謎が多く、探偵側は持っている情報を全て(読者に)明らかにするというお約束から、どうしても月の側には「語られない部分」が出てきがちでした。これは「天才型の探偵」の部分で説明したとおり、キャラクターを天才(型)に見せるためには重要な要素です。

 ・・・天才を描くというのは難しいことなのです。もちろんその思考経路をきちんと追って、天才が天才である証拠をざっと読者に見せつけるというのは理屈上可能ですが、実際に実行しようとするには相当の知力と知識と筆力が要求されます。私は端的に言って、天才をきちんと描こうと思ったら、作者もまた天才のエッセンスを持っていないと不可能だと思っています。
 その点、「語らない」ということは誤魔化しが効くのです。天才型の探偵の多くが、自分の推理過程を最後まで明らかにしないのも、この理由が大きいと思います。物事が全て片づいてから「分かっていたよ」という形で描いてみせるのは簡単です。話の途中で推理の過程を披露する事は、そのまま天才の思考形態を披露することでもありますので、非常にテクニックが要求されます。

 というわけで、初期の月は天才型の犯人であり、また天才のキャラクターとして描かれていました。
 しかし様相は変わります。月が捜査本部に入った事で、彼は自らの思考形態を語る場面が多くなりました。するとボロが出てきます。
 竜崎の場合は彼は完璧に天才としてまわりからも認知されており、竜崎という天才型探偵+ワトソン役の常人型捜査陣という役割分担も明確にされていましたが、月は自分の正体(犯人=キラであること)を隠して捜査本部に参加していますので、この役割分担が明確ではありません。そこで月はしばしば常人型探偵のフリをしなくてはならなくなりますし、そっちに足を引っ張られて天才型犯人としても失速していくのです。


 もっと分かりやすく、神の視点で語りましょう。月は当初「天才」というキャラクター付けをされていました。それは彼が「天才型犯人」として描かれることで、証明づけられ補強されていました。
 しかし月が「常人型探偵のフリ」をしなければならなくなった時、デスノートの作者陣は月を「天才のままにしておく」ことに失敗したのです。天才が自らの思考形態をずらずら語り出す時、それも天才型探偵(竜崎)に対峙してでもなく、ワトソン役捜査本部に説明するためでもなく、ただ自分の保身のために語り続ける時、そこにはもはや天才の姿はありません。
 この状態で、天才のキャラクターを天才のままにして描くには、相当の才能が必要です。・・・いや才能でも足りないかもしれません。天才と保身ほど、相容れない要素はないのですから。

 よってもはや月は天才ではなくなりました。同時に天才型犯人でも、天才型探偵でもなくなっていきます。彼はもはや常人型の犯人であり探偵です。この9巻、特に後半はそんな彼の失墜の様子がまざまざと描かれていきます。・・・しかしそれはそれで、非常に魅力的でもあるのです。

 「天才」というのは魅力ある存在です。けれども、「天才になれなかった犯罪者」というのも同様に魅力的なのです。人はいつだって天に憧れ、そして天から拒絶される存在なのですから。
 私は7巻のレビュー

一言で言うと、作画の小畑健さんは「目つきの悪い」人間を描くことが下手であるように感じられます。目つきの悪い月は、ただの目つきが悪い青年でしかない。ノワールならではの魅力、彼の善悪を超越した、(中略)、そういう酷薄な魅力を、上手く作画として表現しきれていないように感じられます。
 と書きました。この巻まで読み進めても、その思いは変わっていません。
 天才的犯罪者としての月を、作画は上手く表現出来ていなかった。けれど「失墜した天才」(=常人)として追い詰められていく月の表情は、絵としてもとても魅力的であるのです。
 新たな境地、原作と作画が乖離していた部分がここにきてようやく元のつながりを取り戻したなと思いました。

 よってこれから、この物語は再び安定して進んでいくのではないかなという予感を持ちました。それは同時に、「天才になれなかった犯罪者」として月が新たな境地を開く事を期待しているという願望でもあるのですが・・・。まあともあれ、楽しみに見守っていこうかと思った次第です。


 私がミステリを好む理由の一つとして、「天才に触れたいから」というものがあります。よってこの作品中で失われた天才の存在を、私は悼みます。けれどもその後に出てきた新たな萌芽、メロやニアも含めての新しい才能と挫折者たちにも期待をしています。
 いつだって人は天(才)に憧れ、そして憧れて追求するがゆえに天(才)を失うのです。

DEATH NOTE (9)

DEATH NOTE (9)

  • 作者: 大場 つぐみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2005/12/02
  • メディア: コミック


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