SSブログ

「蒼天航路」:私が踊るのはあなただけ [漫画]

 王欣太さんの漫画「蒼天航路」については以前の記事でもとりあげたことがありますが、今回は祝34巻発売記念に合わせ、また視点を変えて見てみたいと思います。
 以前フォーカスしたのは曹操と荀イクの関係でしたが、今回は涼州の韓遂と成公英の関係です。「乱を起こし叛くこと」を生涯の手段であり目的としたじいさんと、涼州においてその傍らに常に仕えていた美人さんです。文庫本でいえば14巻から16巻(単行本では27巻から32巻)にあたる範囲です。

 文庫版14巻324ページ、というより、その三百十四「離間の計」の最終ページといった方が分かりやすいかと思うのですが、ともあれ私はここのページが大変に気に入っています。
 夜の城壁の上で語りあう韓遂と成公英。「劉備と曹操 どちらかに仕えねばならぬといわれれば」「私は曹操を選びます」という成公英に対し、韓遂はステップを踏みながら「ほっほぉ」「そうか――」。「でも」、成公英も踊り出しながら「英がいっしょに踊るのは あなたおひとりでございます」。
 満月の下で踊り明かす二人の影。初読の時から、とても印象に残った場面でした。

 しかしよくよく考えてみると、この場面での成公英の台詞には謎が多いです。どうして劉備より曹操なのか、その理由は一切語られずに唐突に出てきますし、「英がいっしょに踊るのは あなたおひとりでございます」、台詞の美しさと意味深さに対し、やはりこれの理由もその後のうねりの中で流されていきます。
 元々大勢の人間が登場しては退場していく漫画、一人一人のキャラクターが必ずしも深く書き込まれているわけではなく、成公英はどちらかというと断片のみで語られているキャラクターかと思うのですが、それでもこれだけ印象に残るのは何故だろう。印象に残るってことは、この台詞には何か意味があるのだ。私はそういう風に考える人間なのです。


 そして一ヶ月ほど考えた結果、自分なりに出した結論は、「この漫画において成公英は涼州という土地の化身として描かれている」ということでした。

 美しい外見を持ちながら、漢民族とはどこか違う独特の顔立ちをしており、風俗(服装)にも涼州独自の文化の色合いが濃い。楽をたしなみ、常に韓遂の傍らに静かにたたずんでいて、彼に仕えている。自ら強く主張することはないが、自分自身の考えはきちんと持ち、時代に流されているようでいながら、韓遂を失い曹操に投降した後であっても誰にも侵されてはいない。・・・思えばそれは涼州という地そのものではないかと、考えたわけです。
 なにより一番、そう考えるに至った理由は、成公英にとって韓遂ただ一人は特別な存在であった、まさにその部分にあるのですが。
 「いっしょに踊るのは あなたおひとりでございます」。これはどう考えても特別な感情、もっといえば執着です。さらに分かりやすくいえば愛です。涼州という地は叛に生きる韓遂を愛した。韓遂もまた、涼州という土地を愛した。月明かりの下で踊る彼らの姿は、まさしくその象徴である。そう考えるとしっくりくるのです。

 韓遂は、漢王朝にそむいて戦い続けるだけなら、涼州にこだわらなくてもよかったはずです。むしろ中央から遠く離れた涼州は、真に漢王朝転覆を狙うには少々間合いが遠すぎるといわざるを得ない。それでも韓遂は涼州人である自分にこだわり続け、そしてそこに生きる異民族・羌族と共にあろうとした。
 趣味人である韓遂にとってはそれもまた一つの自分のスタイルであり、余興だったと思うのですが、愛なくして出来たこととは思えません。・・・まあ、あんまり分かりやすい言葉で縛ってしまうのもどうかという気もしますが。この場合はむしろ愛より執着と言った方が、妾を何人もはべらせていた男、韓遂には相応しいかもしれません。女を愛するように韓遂は涼州を愛し、そして成公英を傍らに置き続けた。

 そして、この蒼天航路における成公英の生き方は、まさにそのまま涼州に重なります。韓遂と共に踊り、彼の傍に居続け、楽と踊り(文化そのもの)を分かち合い、韓遂が死んだ後はただ静かに曹操に降って、涼州の誇りを守ろうとする。彼はもはや楽を奏でず、叛と共に踊った華やかなる涼州の姿はありません。しかし誇り高く、武を貫く涼州の生き様は残ります。
 つまり、最初に戻りますが、どうして「劉備と曹操 どちらかに仕えねばならぬといわれれば」「私は曹操を選びます」なのかといえば、結果的に涼州は曹操のものになったからなのです。まず結果(歴史)が先にあって、後から作られた台詞なのです。そう考えると、最後の欠片がはまります。


 それにしても、この私の仮説がある一定以上の説得力を持つとしてですが、土地の化身を傍においてはべらすとは、なんとエロティックなことでしょう。本来触れられないものを、触れられるものとして傍らにおくのです。そして楽を奏でさせ、自らはその音に乗って踊るのです。触れると触れられないの、このギリギリの距離感。そして両者の間に流れる特別な感情。
 成公英は一人の人であり、同時に涼州という土地の化身でもある。彼本人がそれをどう感じていたかは分かりません。しかし、「英がいっしょに踊るのは あなたおひとりでございます」。これを言った時の成公英の気持ちは、紛れもなく「快」であったことでしょう。

 一つの告白です、涼州という土地から韓遂への。劉備や曹操にいずれは吸収されるだろう、でも私はもはや彼らとは踊らない、私が共に踊るのは、韓遂ただ貴方一人だけ。
 それだけ愛されるだけの価値が、韓遂にはあったのです。30年間中央に叛逆し続け乱に生きた男、韓遂を、涼州は愛した。彼のために楽を奏で、共に踊った。涼州とはそういう土地であった。

 それもまた、蒼天航路という広大なる歴史の中では、小さな欠片なのですが。でもきっとその破片からは、妙なる楽の音と、満月の下で踊る二つの影が見え隠れすることでしょう。

――私が踊るのはあなただけ。


最新刊(どんどん凄みが増してますね、殿)
蒼天航路 34 (34)

蒼天航路 34 (34)

  • 作者: 李 學仁
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/07/22
  • メディア: コミック

 


一巻から蒼天航路 (1)

蒼天航路 (1)

  • 作者: 李 学仁, 王欣太
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2000/12
  • メディア: 文庫

 


追記:本当はここに馬超考も加える気だったのですが、膨大になりそうなのでやめました。次回までの宿題です。・・・続くのかー。(追記の追記、書きました

追記その2(7/29):「私は曹操を選びます」について、韓遂と曹操の単身馬上での会話のシーンに、成公英もいますね。だから曹操なのかも。今頃気が付きました。某様ありがとうございます。でもまあ、大筋は変わらないと思うので、本文は修正せずにおきます。てきとーです。


「蒼天航路」シリーズ
 曹操が羨ましかった男:曹操と荀イク
 何かを求めている若者:馬超


nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:マンガ・アニメ(旧テーマ)

nice! 0

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。