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「歌う船」:殻(シェル)に入ったやわらかな心 [小説]

 十代後半の頃、アン・マキャフリーの「歌う船」シリーズが好きでよく読んでいました。今でもSFで三本の指に入るほど好きなシリーズです。

 このシリーズは最初の「歌う船」を除いて、その後はマキャフリーが創作した未来世界とその設定を、新進気鋭の若手作家たちが借りてそれぞれの物語を書くという形式を取っています。つまり「歌う船」だけはマキャフリー自身が書いていますが、その後はマキャフリーと誰々の共作となっています。
 なので新規作家開拓という点でも面白いシリーズです。


 以下、それがどのような世界(設定)なのかの説明です。

 遠い未来、生まれながらに重度の奇形それもそのままでは生きられないほどの肉体の奇形を持ち、しかし精神(脳)はまったくの健康である、そんな子供たちを金属の殻(シェル)に入れ、神経シナプスを外部機器と接合することで新しい人生の可能性を与える、そんなプロジェクトがありました。
 彼らは殻人(シェル・パーソン)と呼ばれ、その多くは成長後に宇宙船と接続されて、「生きた船(頭脳船/ブレイン・シップ)」としてパートナー(こっちはいわゆる普通の肉体を持った人間)と二人一組のチームになり、中央諸世界のために様々な仕事をこなします。
 ちなみにこのチームでは、殻人である船のことを「ブレイン(脳)」、それに対して非殻人(ソフト・パーソンと殻人たちは呼ぶ)のパートナーを「ブローン(肉体)」と呼びます。さらに、まれに船ではなくて軌道上の人工都市と接続されたり、また別の仕事をしている殻人もいます。

 殻人たちが中央諸世界のために働くのは、まず第一に自分たちが成長(成人)するまでにかかった数々の手術、機器その他の費用(借金)を払うため。あとは構造上ほとんど無限に生きられる自分たちの生き甲斐のため。
 それと、人々は人間失格の存在として生まれながら、人間以上の力を持つことが出来る殻人たちが恐ろしかったのでしょうか。船たちは「条件づけ」と呼ばれる特定の言葉を聞いたら反応せずにはいられない教育というか洗脳も受けていたりします。
 この条件づけは後に改善され、廃止されますが、ともあれそういう「人間たち」からの差別や恐れや無知との闘いに、マイノリティ(少数派)である殻人たちは常に晒されています。また殻人たちの側からも、非殻人への哀れみやあるいは羨望であったりと、色々とデリケートな感情が当然のことながら存在します。この背景は作品に深みを与え、読む人への問いかけを常に投げかけています。
 仕事上パートナーとなるブローン達は高度な教育を受け、他の人間達よりはずっと殻人という存在を理解している人々ですが、それでもやっぱりブレイン(殻人)とブローン(非殻人)の間には、複雑な感情のやり取りがあったりします。だけど多くのパートナー達は、そうであってもいい関係を築きます。また、築こうとします。

 これは、殻に入っている以外はごく普通の人間である彼ら(シェル・ピープル)の物語です。そして彼らとブローンたちの友情(及び愛情)の物語であったりもします。そしてまた、ブレインとブローンが二人一組でお互いを支え励まし合いながら、広大な宇宙の様々な世界を旅していくSF冒険物語でもあります。


 このシリーズを人に薦めると、まずこの「殻人」という設定について「えー」と顔をしかめる人と、普通に受け入れる人がいます。このあたり、なかなか微妙な問題です。抵抗がある人が必ずしも差別的な人間であるということではなく、むしろ非差別感情や人間性というものに対して真摯である人ほど、抵抗を感じる設定なのではないかと、私は思っています。
 ちなみに私自身は、SF世界(創り出された世界)の魅力的なアプローチとしてまずワクワクしました。・・・このあたり、自分は真剣さより興味のほうがずっと大事な人間のようです。微妙です。
 まあそれもさておき。

 このシリーズに手を付けるなら、原点であり、それに続くシリーズのための見本市としてアン・マキャフリィ自身が書いた「歌う船」はまず押さえておくべきでしょう。あとは結構自由に、どれから読んでも構いません。何せそれぞれ別の作家が書いていますから、独立性こそあれあんまりつながり性というものはないのです。一応なんとなくオマージュのように他のシリーズの登場人物が顔を出したりすることはありますけど。それと、同じ作家が書いているもの(「戦う都市」と「復讐の船」、「魔法の船」と「伝説の船」)はそれぞれ続き物ですから、順番に読んだ方がいいです。あとは自由です。
 私が好きなのは、「歌う船」は別格として、「旅立つ船」「友なる船」そして「戦う都市」です。


 「旅立つ船」はヒュパティア・ケイドという女の子が主人公です。殻人は基本的に生まれた時点で殻に入れられますが(そうじゃないと生きられないから)、彼女は例外的に7歳の時に原因不明の病原体により全身運動麻痺に追い込まれ、殻人として生きる選択をします。
 この彼女が徐々に全身麻痺に追い込まれていく場面、テディベアを抱きしめて呟く独白に私は泣きました。難病ものって小説では別に珍しくもないはずなんですが、今も昔もこれほど心揺さぶられたことはありません。ティアがとても私好みの、知的に健気な女の子だったからでしょうか。理由は今でもはっきりとは分からないんですが・・・けど今でも読むたびに涙腺が緩みます。

 ティアは7歳まで肉体のある人間として生きたためか、やはり肉体というものに多少なりとも執着があります。だけど彼女は殻に入る前も入ってからも、とても頭のいい女の子なので、様々な困難を工夫と前向きさで乗り切っていきます。
 そんな彼女の、最初に不幸があって多くのものを失い、そして生まれ変わって別のたくさんのものを獲得していくお話です。それでも手に入らないものもあるんですが、やっぱり彼女は諦めません。どこまでも賢く前向きで健気な女の子の物語です。ついでに恋愛ものでもあります。


 「友なる船」ではうって変わって、殻人ならではの素晴らしさと面白さが存分に語られます。主人公のナンシアはもちろん生まれながらのシェル・パーソン。そしてそんな自分に充分満足しています(殻人の多くがそうですが)。この世界のワープ航法を彼女が心の底から楽しんで飛ぶ場面は、まさに生きた船の面目躍如。直接神経で船と繋がっている彼らにしか出来ない体験です。ああ羨ましいなあと非殻人の私などは思いました。
 これは他の本になりますが、やはり殻人ならではの趣味、人間の目には見えない超細密画や目や耳といった知覚だけでは味わえない神経に直接接続する総合芸術などの記述もあって、やっぱりそういうのはちょっと羨ましくなります。

 ともあれ、そういうわけでナンシアは前途有望な頭脳船なのですが、初めての任務でいきなりやっかいな陰謀ごとに巻き込まれます。まだブローン(相棒)もいないというのに、いきなり上流特権階級の子女を5人も運ぶことになり、しかも彼らは法に触れる悪事を企んでいて、さらにさらに彼らは柱(カラム)の中で全てを聞いているナンシアの存在に気付いていない。だからといって肉体のないナンシアに出来ることは、とても限られている。
 殻人であることの面白さ(と言っていいのかわかりませんが)が、存分に詰まった物語です。


 「戦う都市」の主人公は、船ではなく人工都市に接続された殻人シメオン。ちなみに男性です。殻人に男女の数の差はないはずなんですが、このシリーズは全体として主人公(の殻人)は女性というパターンが多く、シメオンはそういう点でも例外的です。
 あと全体的に真面目系が多い(これは教育も多少関係しているらしい)殻人たちの中で、シメオンはとっても不真面目かつわがままな存在です。長くつき合った前任者のブローンが年齢を理由に引退したことをいつまでも根に持って拗ね、新しいブローンとして着任した女性に思わず大人げない対応をしてしまう。まだ関係修復もままならない内に、彼の人工都市は招かざる客人の来襲を受け、とんでもない大ピンチに陥ってしまう・・・というもの。

 シリーズの中でも色んな意味で異色、かつ目新しいお話です。私はシメオンみたいな傷を抱えたひねくれ者に弱いということもあり、大変楽しめました。それと舞台が都市なので、とかくブレインとブローン一対一の人間関係が書かれがちなシリーズの中において、ブレイン以外に対するブローンの愛情や、ブローン以外に対するブレインの興味など、多角形の人間関係も楽しめます。


 ともあれ、いつものようにお薦めでございます。今回は特に女性にお勧めしたい。SFは一般に敷居が高いものですが、「旅立つ船」なんかはわりと読みやすく、テーマもSFというよりヒューマン&恋愛ものですから、耐性なくても大丈夫です。たぶん。
 実は私にとっても本格的なSFを読み始めるきっかけとなった本(そしてシリーズ)でした。

 さあこの出会いをあなたにもッ・・・って、ちょっとしつこい?

歌う船

歌う船

  • 作者: 酒匂 真理子, アン・マキャフリー
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1984/01
  • メディア: 文庫
旅立つ船 戦う都市〈上〉 戦う都市〈下〉 友なる船―「歌う船」シリーズ 魔法の船―「歌う船」シリーズ 伝説の船 復讐の船

 

 

 ←「歌う船」だけ書影がないので、自分で撮って貼ってみました。
  (カバーイラスト:浅田隆、カバーデザイン:矢島高光)


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