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「キングダム・オブ・ヘブン」:静かな哀しみ [映画]

 公開されてすぐの週に見に行って、また二回目行きたいなと思っているのですがなかなか機会がなくて行けてません。つまり、いい映画だったってことです。
 十字軍がテーマですが「正義の軍隊」というキリスト教観点に偏った映画でもなく、「あれは残忍で愚かな行為だった」とアンチに偏ることもなく、比較的中立な(まったくの中立というのは非常に難しいことですから、この表現になります)視点から描かれた作品でした。

 またこれは、一人の鍛冶屋が十字軍に参加し、やがて騎士となり、さらに大きな視点をもった人物へと成長していく物語でもあります。オーランド・ブルームが暗く静かな目をした男として演じていました。私はこの俳優さんは「ロード・オブ・ザ・リング」のレゴラス役で知り、「トロイ」のパリス役で興味を持って、それ以来好きな俳優なのですが、どちらかといえば美形で華やかな顔つきをしていると思うのに、この映画ではその「華」を見事に消して、陰を背負った、若く物知らずで、だけど静かで素直な目で世の中を見ることが出来る人間を演じていました。

 その他の登場人物とそれを演じる俳優もみな魅力的です。エルサレムの賢王ボードワンを演じたのはエドワード・ノートン。この人物はらい病(ハンセン氏病)に冒されていて、いつも顔全体を覆う仮面を付けているのですが、少し顔を左右に傾けたいかにも気だるげな様子、しかし単に不気味という印象を与えるのではなく、やはり静けさを持った(この場合は死にゆく不治の病からくる静けさなのでしょう)知性を感じさせる見事な存在感でした。
 対するイスラムの王サラディンを演じたのはシリアの有名な俳優さんだそうですが、イスラム側も平等に、戦う動機と理由とさらにそれらを制御する知性を持った存在として描いているこの映画で、まさにそれを体現する王を演じていました。「アレキサンダー」の時も思いましたが、中東イスラム圏の男性の顔は私たちにとって見慣れないものであるものの、やはり美しさやカリスマ性というのは文化の違いを超えて感じられるものなんですね。

 この物語では悪役であろう、大義などなく、無謀さも越えてイスラムとの徹底抗戦を主張するギーとルノーにも、それぞれの存在理由と矜持があります。動機をキリスト教への狂信に置くのではなく、戦うことそのものに取り憑かれ、戦うことでしか自身の存在意義を感じられないというキャラクター付けは、この映画のまさに絶妙なところだと思いました。
 たぶん、きっとそうなんでしょう。故郷を出る時は宗教的高揚感に包まれていたとしても、遠い異国の地で砂にまみれ顔つきも違う人々に囲まれていれば、そしてその中で何年も異教徒の敵と睨み合っていれば、現実が勝ってくる。宗教心が消えるというわけではありませんが、大勢を突き動かすような大義名分ではなく、その人物個人の人間性に即した、個人的宗教信念へと変質していくのでしょう。
 弱さを抱えながら、それをまた自覚しつつ、(もっとも十字軍精神、騎士道精神華やかな)フランス騎士の指導的立場にあるものとして己の生き方を自暴自棄に戦いへと駆り立てるギー。ルノーはより醒めた目線で相棒や状況を見ながら、しかしもはや戦うことにしか喜びを感じられなくなった「騎士のなれの果て」を見事に具現していました。
 また一方ではホスピタラーのように、もっと高潔に、でもやっぱり大義ではなく個人的信念の元に戦っていった存在も配置されているところが絶妙です。

 歴史物らしく2時間40分と上映時間も長いのですが、これでも1時間近くカットしたという話で、たぶん物語のヒロインであるシビラが一番そのわりをくっていました。エルサレム王ボードワンの妹であり、きちんと自分の考えをもった女性であり、しかし運命に翻弄される立場でもある。充分に魅力的な背景をもったキャラクターなのですが、いかんせん描写が少なくて残念です。エキゾチックな衣装と風貌(化粧によるところも大きい)は画面に大きな華を与えていましたけれども。

 だらだら語ってしまいましたが、このようにまずキャラクター配置だけでも深みがあって凄みのある映画なのです。物語構成も、ぶつ切り編集のせいかやや唐突な部分もあるのですが、いかにも歴史スペクタクルという長編性を持っていて、なおのことじっくり観たいと二回目に行きたいのですがー。(上に書いたそれぞれのキャラクター把握が正しいのかを確認するためにも)。なかなか時間がとれなくて。うむ。
 ただ公平中立や物語的深度を求めた結果、分かりやすさや爽快感には欠けたところのある映画です。そのあたりは同じく二つの対立する軍隊をほぼ平等な視点で描き分けながら戦わせた「トロイ」に劣るかもしれません。ただしあれは半分以上神話であり伝説でもあり、一方この「キングダム・オブ・ヘブン」は人々が汗と泥にまみれて生きた「歴史」なのですが(一部創作もありますけど)。

 エンディングで流れる「それから1000年、天の王国はまだ遠い」という言葉は、ともすれば説教臭くなりそうなのに(特に私はそういうのは嫌いなのに)、この映画の愚直なまでの誠実さと作り込みのあとでは、苦みを伴った言葉として静かに胸に落ちました。
 天の王国は、あるいは永遠にこないのかもしれません。だけど人は足掻き続ける、 自らの中にある天を信じて。そんな悲しみを、あの鍛冶屋の静かで暗い目に重ねて、想いました。

公式サイト: http://www.foxjapan.com/movies/kingdomofheaven/


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