し)主人公は僕だった【Stranger Than Fiction (2006)】 [映画(さ]
この映画、朱色会自身に「ぐさぐさ」くる映画だった。そう・・・私は
…『ハロルド』だからである。
お勧めしたい映画です。とくに。。全国237万人の「ハロルドたち」に。
映画をご覧になった方だけ、以下をご覧ください。
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イィ映画を持ってきてくれた)というのが率直な感想だ・・・邦題もいいと思う。
直訳だと、「小説からの訪問者」か・・
ハゲしくヨかった。なんというかネタばらっぽいけど、ネバーエンディング・ストーリーを彷彿させる。いろんなミカタ・ほじり方ができる奥の深い映画です。
鑑賞記のタイトルがなかなか決まらない。候補がありすぎて。。
カントクは、このヒト。マーク・フォースター(Marc Forsterさん。
http://movie.goo.ne.jp/cast/162138/index.html
によれば、この作品に関わっている可能性があるとのことだ(笑
それで、その物証につき、本節の巻末に載せてあるのでお楽しみに。
いやまてよ的なことを思いついてしまった。『なぜ、鑑賞記をひとつにまとめる必要がある?』
(笑↓こんなところが、ツボにくるんだよね。
・・・さて、じゃそろそろ始めようか。
鑑賞記:「【日常】との闘い方」
意外と日々の日常とは変わらないものである。
「少しは変わってくれないかな。」
とは、誰もが思うことだろう。このブログを読んでいるアナタも。
この映画を観ると、人生とは「サンドイッチ」なのだということがわかる。
2枚の食パンは、生と死を表す。そして、その間に『何』を挟むのかは・・・「アナタ次第ッ」(笑
クッキーを挟んでみたり、
ギターを挟んでみたり・・・
それは、「食べる」貴方が決めていいことなのだ。
◇「結末」と格闘する創造者(作家)たち
ほとんどの作家は、自分の生み出したキャラクターを愛してしまう。
それは、現実の人間と変わらない。いや、むしろそれ以上だろう。
それはなぜか?誰よりも苦楽を共にしているから。。
しかし、現実と同様に「お別れ」がくるのだ。
おそらく、作家をやっている方のいちばんの苦しみなのではないか?
愛着のある登場人物との別れ・・・すなわち、自分の生み出したものがたりの中で
自分の「筆」により、死ぬのである。
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今日の映画の大収穫は、彼女(↓)です。
エマの「熱演」も見もの。見ごたえあり。
↑( このヒト、何にでも成れるね。すごい。
評価(ひさびさ 88点。
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とにかく、この作品好きです。以下、マーク・フォースター写真集
(ちなみに、彼は出演してません(笑
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・・・結末の「在り方」については賛否が割れるだろうとはおもうが…
しかし、こうも思う。
創造者や、作家が
人の『死』に頼っているようじゃ
まだ、「ダメ」なんだと思う。
なぜって?
それは、私たちは全員生きているから。
生きている人しか、ホンを読まない。
『ブロガーたちが、なぜ「自分の人生」を著すのか?』の「答え」が、この映画にはある。
LASTーQ。
「一番したいこと。していますか?」
Go。ムービーシアター。・・・and
『READ IT !!』
http://keyword.dendou.jp/key710_1.html
http://www.rottentomatoes.com/m/stranger_than_fiction/
(校了19:23
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同意な方々。(↓
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id326699/p0/s4/
(余談ですが…私もジム通いもんですが…あのシャワー室にはドン引きでした。
アメリカンのジムってああなの?そうなの!(←?
アメリカのジムには入会できないな(笑
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