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右翼殿、そこのけそこのけデモ隊がいく。 [今そこにあるモノを見にいく(ルポ)]

2004年の8月15日、靖国神社へ行く。

昨今高まりつつあるナショナリズムの様子と政治状況についてラディカルに考察するため、といった目的ではなく、ウヨVSサヨの伝統の一戦を見に行くためっす。(それはアレとして実は恒例行事だったりするのだが。まあ毎年英霊の鎮魂のために行っているのです)

一頃よりだいぶ両者ともパワーダウンしたと言われますがどうしてなかなか。うなるデモ隊、がなる街宣車、がっぷり四つに組んだガチンコ勝負を期待して。その日は朝からはせさんじるつもりだったが、怠けて昼過ぎ頃になってしまった。しかし結果的にはこれが幸い。家族に車で送ってもらったのだが、靖国通りを進んでいると中央分離帯のuターンゾーンから反対車線より一台の街宣車が目の前にいきなり侵入したきた。危ないな、と思うまもなく後続のパトカーも同じように。そのまま街宣車の前にまわりこみ、急ブレーキを踏み強制停止をさせる。

なんだなんだ、と慌てて避け、そのまま追い越し車線を進行するも新目白通りとの交差点手前にある高速道路高架下までさしかかると信号関係なく前の車が突然スピードをゆるめる。あれ?あれ?と、あっというまに左、後を街宣車で固められてしまった。前は覆面パトカー。最強の布陣である。当然車両通行止めとなり、絶好のロケーションで見物できた。
(トヨタ車はすごいと実感。窓を閉めると、隣でいくら街宣車がわめこうが殆ど聞こえないっすよ)うひゃひゃ!!すっげーぇぇぇっとわめきぱなしっす。
815向かって右には左翼のデモ隊。残念ながら勢いはあまり感じられない。
左翼のデモ隊は多少びびりな がらシュプレヒコールを続ける。くたびれた感じが漂っている。と、左の街宣車から金髪ジャージ系の方が飛び降り、どどどどどどどどっとデモ隊に突っ込もうとする。
警官に制止…というよりは足を払われ地面に転がされると、二番手三番手が同じように突っ込み、警官のするどいタックルに転がされるという光景が続く。警官に取り押さえられる。三番手、までで後が続かないようだ。街宣車は「天皇陛下の…国体護持…おまえらはー」等々とがなりつづける。常日頃、国家権力云々と警察を非難しているのだから、過激派精神を発動して、デモ隊からもマルクス上等と飛び出…さなかった。来ず。ちぢこまるようにして、デモ隊は事態を見守っている。車の前は騒然はしている。だがそれもじょじょに、あたかも潮がひくごとく、少しずつ収まっていく気配を、私は感じていた。

取り押さえられた人も街宣車に収容され、またひとしきりがなると、まるで頃合いを見計らったかのように、交通規制がとかれ、街宣車→覆面?謎の車→われわれの順にようやく発進できた。デモ隊にはおっさんおばさんが多く、正直あまりぱっとしない。半ばお約束とかした横断幕の文字や、服装のあか抜けなさをみるにつけ、やっぱし今どき左陣営なんて流行らないのかねぇ?などと不謹慎な連想をす。

靖国神社付近でおろしてもらう。一人で、まずは参拝に向かった。

神社の中は黒服の、そちら系?人々がいっぱいいる。ちょっと驚いたのはデモ隊に比べ、イケメソ(死語)率が高い。浅野忠信を歳取らせて太らせたような人とか(奥方はフィリピン人らしい?)優男系とか、左翼陣営のブサ率を考えると驚異的だった。

神殿へ行く。

定式通りに参拝し、後にする。私服の人々も多い。あまりふざけた格好は、やはりない。
(陸海空軍のコスプレはいるが。女子挺身隊らしき格好をした太った女子には略)

おまもりなどを売っている社務所付近で、「(・∀・)」のAAが記してある名札をつけた、40歳前後の黒スーツ男性を発見する。見た目からは、ちゃんねらであるとは想像しがたいその男性は、恥ずかしそうにしながら、何人かの年格好が同じような人たちと世間話のようなものをしているようだった。

後編へ続く)


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