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ハーゲンダッツとスターバックスがない国イタリア [グルメ]

寒い季節、暖かい部屋の中で、
冷たいアイスクリームというのもいいですね?
そんな時、あなたはどんなアイスクリームを召し上がっていますか?

もしかしたらハーゲンダッツと答える方も多いと思います。
いま、ハーゲンダッツは、コンビニでも売られていますからね。

先月11月28日にハーゲンダッツの母とも言われた
ローズ・マッタスさんが、亡くなりました。
もともとハーゲンダッツは、ニューヨーク・ブロンクスの
小さなアイスクリーム屋を母親から受け継いだ
ルーベン・マッテスさんが、ローズさんとともに、
1961年、高級アイスとして売り始めたものです。

ニューヨーク・サン、ローズ・マッタスさん逝去の記事(英語)》
ハーゲンダッツ、ブランドストーリー(英語)
ハーゲンダッツ、ブランドヒストリー(日本語)

名前がどこからつけられたのかについて諸説ありますが、
一般的には、異国情緒、高級路線を狙ってつけた
と言われています。

代表的なものが、出版社アルクのサイト
「日向清人のビジネス英語雑記帳」、2006年09月22日の
(続)ブランド名の由来》の
《異国情緒が醸し出されるよう、ウムラウト
( a の上にある二つの点のことです)が付いている a を使って、
しかも、何とはなくスカンジナビア風な音がする
Häagen-Dazs という名前をひねり出したとのこと。》
というものです。

ハーゲンダッツのブランドの図案には、
デンマークの地図がデザインされています。

ウィキペディアの記述によれば、
《語源 ハーゲンダッツという言葉自体に深い意味はない。
創始者ルーベン・マッタスが、コペンハーゲンの「ハーゲン」と、
その余韻がマッチする「ダッツ」を組み合わせて作り出された造語である。
この言葉がヨーロッパで話されている言語とは関係ないが故に、
ウムラウトや"zs"は発音を考慮されていない(ドイツ語では日本語の
エに近い発音である)。アメリカの消費者にヨーロッパ風だという先入観を
持たせ、ヨーロッパの伝統と職人技を連想させるために
このような名前になった。
さらに印象を強くするために創始者のマッタスはデンマークの国土の形を
会社のロゴに取り入れた。》と。

しかし、共同創業者で、先日亡くなったローズさんによれば、
デンマークを選んだのはそれ以上の意味があります。

創業者夫妻は、アシュケナージと呼ばれるポーランド
(ルーデンさんは、ロシアとの説もある)のユダヤ人移民でした。
(成功後は、巨額のお金をシオニズム運動に寄付し続けていた)
そんなルーデンさんは、デンマークが第二次世界大戦中に、
ユダヤ人に対してとった模範的な取り扱いを高く氷菓じゃない
評価していた訳ですね。
そして、名前自体は、ケーキミックスで知られる
Duncan Hines brandに名義を貸した、
レストラン、ホテルなどのガイドブックで著名なジャーナリスト
(評論家)のDuncan Hinesから来ていると。
(Duncan Hinesは高品質な食品に自分の名前を使う権利を与えた)
《Many stories have been told about the origin of the brand,
but in her self-published 2004 memoir, "The Emperor of Ice Cream:The True Story of Häagen-Dazs," Rose wrote that the Mattuses picked Denmark because of that nation's exemplary treatment of the Jews during World War II. The name itself came about because Reuben respected the Duncan Hines brand and spent some time riffing on the words in faux Danish.》《上記のニューヨーク・サンの記事中の文章》

デンマークのユダヤ人に対する姿勢は、
様々な本に書かれています。
絵本《The Yellow Star (王様の黄色い星) 
(英)Carmen Agra Deedy 著
》もその一つ。
NPO法人ホロコースト教育資料センターのホームページ
《ナチスの兵士がデンマークに攻め込んできたとき、デンマーク王、
クリスティアン10世は、ユダヤ人をふくむデンマーク人すべてを危険から
守ろうと考えました。王様とデンマークの人びとの勇気ある行いは、
たくさんの伝説を生み出しました。その中でももっとも有名なものが
黄色い星の伝説です。》

またアメリカの作家ロイス・ローリーも《ふたりの星》という作品を書いています。

これは第二次世界大戦中、デンマークの少女アネマリーが
ユダヤ人の親友エレンをたすけるために奮闘するお話です。

さらに《5千万人のヒトラーがいた!》には、ヨーロッパ各国が
第二次世界大戦中にユダヤ人にどのような対処をしたか
記されています。その中にデンマークが割かれています。

ブログ《それぞれの場所から》の《デンマークの人びとに捧ぐ》に
本とその内容が詳しく紹介されています。

こうして多くのユダヤ人を助けたデンマーク。
ところが、2005年にラスムセン首相は、
ユダヤ人に対して謝罪を行っています。
ブログ《++つぶやき手帳++》の《デンマークの謝罪

わずかな数ですが、ユダヤ人を追い返したことを過ちと考えたのですね。

デンマークは、抑圧された人々に思いやりがある国。
そう思われたのですが、2006年に、デンマークの有力紙
「ユランスポステン」に、ムハンマドの風刺画が掲載され、
死者まで出る大問題となったのは記憶に新しいことです。

イスラム教徒に対する侮辱ととらえられ、イランの新聞などは、
ホロコーストに対する風刺画を募集しました。
「ホロコーストさえも風刺する自由はデンマーク(西側諸国)にありや?」
と問いかけたのです。
《NHK放送研究所のメディアファーカス》《2006年4月号「放送研究と調査」
ムハンマド風刺画の新聞掲載 イスラム世界に反発と混乱


ユダヤ人のホロコーストに対して徹底的に闘ったデンマークの人々が、
一方、イスラム教徒には、配慮のない姿勢を見せる。
一概に決めつけることが出来ない人の多面性がここにはあります。

ああ! 先日、イタリア人から聞いた
「ハーゲンダッツがフィレンツェに店を開いたが、
フィレンツェの住民からは無視され撤退してしまった」という話、
さらに「スターバックスの悲願はイタリア進出」とのネタを
書こうと思ったのに、たどりつけませんでした。
機会があれば…タイトルを見てここまで読んで下さった方、
どうも申し訳ありません。

第二次世界対戦の東欧・ロシアのユダヤ人の受難の歴史で
思い出すのは、サリー・ポッター監督の
映画《耳に残るは君の歌声

アメリカに渡った父の後を追って、一人のユダヤ人少女が、
生まれ故郷のロシアからロンドン、パリ、そしてニューヨークに。
手掛かりは、幼い時、父が歌ってくれた子守歌。
パリでのジプシーのジョニー・デップとのロマンス。
(ユダヤ人とジプシーという差別を受けたものへの
監督の優しいまなざしを感じる)
奏でられるプッチーニの「トスカ」、ヴェルディの「トロヴァトーレ」など
オペラの名曲も素晴らしい。
主人公が意地の悪い大家さんと親しくなるのは、イディッシュ語から。
言葉が持つ力・意味を感じさせてくれた場面でした。
(イディッシュ語は、東欧諸国、ロシアのユダヤ人の言語。
この映画は、また言語を奪われた少女の物語でもある)

「耳に残るは君の歌声」は邦題。ビゼーのオペラ「真珠とり」の第一幕の
ナディールのアリア「耳に残るは君の歌声」から。
映画の冒頭ではイディッシュ語で、後にイタリア語でも歌われる。

耳に残るは君の歌声 (単行本)
サリー・ポッター監督の書いた映画原作。
最後に、映画の中で使われた曲の歌詞が載せられている。


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nikitoki

2017年、まもなくイタリア・ミラノにスターバックスが1号店を開店予定。
https://www.facebook.com/Starbucks-Milano-City-143217472406967/
by nikitoki (2017-01-21 10:18) 

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