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マザー・テレサ ハウス [インド 観光名所]

もりぞおさん認定、「世界で一番汚い一千万都市」カルカッタ
(現在「コルカタ」に地名が変更されていますが、カルカッタの方が通りがいいんで、こっちをつかいます。)

この町は、1940年ごろ、インド独立戦争の難民が山のように押し寄せたため、あっという間に都市としてのキャパシティをオーバーし、都市全体の80%くらいが我々の感覚でいうところの「スラム」と化している、すてきな都市です。

ベースが土の道が、中途半端にアスファルトで舗装されているため、風が吹くたびに砂埃が舞い上がる。
むちゃくちゃな量の車とオート三輪と原ちゃりが道を埋め尽くして動かなくなっているため、ものすごい量の排気ガスが充満している
インド産の車も、オート三輪も、原チャリも、京都議定書の内容を300%くらい無視したエンジンを積んでいるため排気ガスが真っ白。

そんなこんなで、町の中は24時間常に霧がかかったように、うっすらと曇っています。

そこに、週末の渋谷センター街級の人口密度。
その一人一人が異様に顔の濃いインド人
しかも、男性率90%
さらに、みちぱたで生活している人多数。
ついでに、こいつらが15分に1回の割合で、ジャパンマネーをかすめ取ろうとすり寄ってくる。

まさに、うざざ、汚さ、居心地の悪さのワンダーランド。
「地球の歩き方」には、カルカッタの町に出て2時間で体調を崩し、そのままホテルの部屋だけで1週間を過ごして帰国した人の事例が書いてあります。

そんな、掃きだめのような町を愛してやまないマゾヒスト 聖女が、マザー・テレサです。

慈愛の精神で、この汚い町に住む誰からも愛されれず死んでいく人たちに手を差し伸べ、ひとときの安息の日々を与えていった人。

この人が作り上げであり、今なおその志を継いでボランティアを行う人の活動拠点となっているのが、この、マザー・ハウスです。

カルカッタの町から自転車で10分くらい離れたところにあるこの家では、親のない子供や、死にゆく老人たちを、全世界から集まったボランティアの人が、介護しているのです。

そして、マザーハウスの真ん中。晩年のマザーテレサが、毎日欠かさずお祈りをしていた場所には、等身大マザーテレサフィギュアがたたずんでいます。

キリスト教は、アメリカのこ汚い世論操作のだしに使われたり、しょうもない国際紛争の火種となったりしているイメージがありますが、こういった、すてきな方向への推進力となっている姿を見ると救われた気がします。

ちなみに、ここまでの文書にあった、マザーテレサ情報は、バンコクのラーメン屋で読んだ、「よい子の世界の偉人漫画 マザーテレサ」から学んだ物です。
なんで、バンコクのラーメン屋にこんな物があったのか?という事を考えると、「イエス様のおぼしめし」としか考えられませんね。(タイは仏教国ですが)

なんて、綺麗な話をしたので、バランスを取るために、ゴミのように汚い街のゴミ清掃車の写真を載っけておきます。


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コメント 3

Feronia

すごいゴミ収集車!!これじゃゴミを集めるんじゃなくて、逆みたいですね
by Feronia (2005-03-10 23:55) 

mota

私も、遠くから見たときは、ゴミ清掃車も含めて、巨大なゴミの山かと思いました。さらに遠くから見ると、カルカッタの街自体が巨大なゴミの山かも。さらにいうとインド自体が。。。
ラオス、いいですね。話を聞けば聞くほど行きたくなります。今度こそ。。
by mota (2005-03-14 04:36) 

nanboyanen

 題 : マザー・テレサさんのこと

 マザー・テレサさんが、初めて、インドの社会に入って行っ
た時は大変でした。
 彼女にあったのは自分の志(こころざし)だけ。
 彼女を受け入れたのは、インドの「ヒンズー教の方たち」で
した。
 彼女の活動のための家を貸し、彼女の活動のための手助けの
人達が駆け付けました。
 元々、マザー・テレサさんのやりたい志の事は「ヒンズー教
の方達はしていました」。
 だから、正確に言えば、「マザー・テレサさんが、志を同じ
くする人たちの中に入って行った」なのです。
 ヒンズー教の方達は、多神教。
 イエス・キリストやマリアもヒンズー教の神々の一人として
いる宗教。
 この様な宗教教義の面からも、マザー・テレサさんもスムー
ズに受け入れられました。
 一神教のキリスト教には「異教徒を殺せ」の教義がある様に、
異教徒を忌む宗教ですので、この様なスムーズな受け入れとは
ならなかったでしょう。
 マザー・テレサさんは、最初、キリスト教からは、まったく、
孤立無援。
 手助けはヒンズー教の方達だけでした。
 彼女が、アメリカの映画の題材にされ、注目されるようにな
って後、キリスト教が、今までは何も彼女に注目せず、手助け
もしなかったが、世界の注目を集める様になってから、彼女と
行動をする様になった。
 今、キリスト教は、彼女を「広告塔」にしていますが、そし
て、ヒンズー教の方達は黙っていますが、真実は、この様な経過
をたどった。
 マザー・テレサさんが「ノーベル平和賞」を受賞しましたが、
同時に「ヒンズー教の方達も受賞すべき」でした。
 ノーベル賞選考委員はキリスト教徒だけ、その点、「お手盛
り」となった。
 インド政府は、彼女が亡くなられた時、国葬として大きな葬儀
を行ないましたが、キリスト教組織にも、この様な、大きな度量
が欲しいところです。
 また、彼女のキリスト教は、ビンズ‐教との共同生活から宗教的
にも影響され、彼女独特のキリスト教となっている。ヒンズー・
キリスト教とか、テレサ・キリスト教と呼ぶべき形となっている。
参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
  URL: http://32983602.at.webry.info/
by nanboyanen (2012-08-06 00:45) 

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