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『模倣犯』 宮部みゆき [読書]

『楽園』を読み終わったら『模倣犯』をもう一度読んでみたくなった。
2001年の発売からしばらくして図書館で借りて読みましたので
6年ぶりの再読です。今回は文庫本。

前回読んだときは高井由美子の顛末がやりきれなくてたまらなかった。
情けなくて腹がたった。もっとしっかりしなさいよと言いたかった。
そして物語を動かすアイテムとして由美子の死を扱った作者に
それは違うんじゃないのと言いたい気持ちでした。

読み返してみて強く印象に残ったのは有馬義男の言葉です。
どうしていいかわからずに途方に暮れていた真一の心が
ゆっくりとほぐれていったのは
有馬義男が同志として語ってくれたからでした。

滋子が自分の書いているものに疑問を抱き、
身動きとれなくなってしまっていた部分をどうも読み飛ばしていたみたい。
『楽園』のあとに『模倣犯』を読んでやっと気がつきました^^;
読み手である私も滋子の紡ぐ「おはなし」などには興味がなく
犯人の動きを追うので精一杯だったのかもしれないです。
『楽園』で「事件に負けた」と滋子は言っていますが
確かにその通りでした。再読してよくわかりました。

ヒロミのトラウマについての記述は多いのに
ピースの内面については何も書かれていない。
彼はからっぽだからかな。

「建築家」がいいですね。
家を見ただけで犯人を推測してみせるエピソードは
それだけでひとつの短編になりそうです。

「人生を外側から壊された」人間が模倣犯には何人も出てきます。
めぐみ、由美子、真一、有馬義男とその娘(鞠子の母)
めぐみと由美子は犯罪者の身内なのでダメージは深刻です。
被害者の身内はああすれば助けることができたかもしれない
こうすればあんな事にはならなかったかもしれないと自分を責める。

めぐみと由美子は自分を責めたりしないのかな。
父親や兄の様子を身近に見ていて
もっといろいろな事に気づいていれば、
犯罪者になることを防げたかもしれないと思わなかったのかな。
(実際にはそんなことは不可能だったとしても)
自責の念はどこかに行ってしまって
自分の言うことに耳をかたむけない世間への怒りばかりが
心を占めているように見える。
由美子はそこを巧妙に利用されてしまった。
親も誰も守ってくれずいきなり放り出された若い女の子は
確かに被害者ではあるけれど。

文庫は五冊で発行されています。
遺体の一部が発見され事件が発覚してからの展開で
一気に物語に引きづり込まれてしまう。
実直な老人をいたぶる犯人。その異常性が不気味です。
が、犯人側の視点は一切出てこない。
マスコミを手玉に取って暴走する犯人。
ただし複数犯だと露呈するミスをおかす。
第一部の終盤で唐突に犯人らしき人物二名が事故死する。
何があったのか、それを犯罪者側の視点で描くのが二冊目以降。

第二部で栗橋浩美の生い立ち、一緒に死んだ高井和明との関係
親友ピースとの関係などが明らかになる。
ヒロミがままならぬ自分の人生に苛立ち、
ずっと捉えて離さぬ死者の幻に錯乱して犯した初めての殺人
我に返りどうしたらいいかわからない時に
昔からこんな時にはいつも助けを求めていた相手を思い出す。
ピース。

終盤、和明と浩美の乗る車が暴走の果てに
転落するまでの展開には圧倒されます。
カズこそが本当の親友だとやっとわかった。
生き直したいと願いながら浩美は絶命する。
カズもやり直したいと願っていたが
ヒロミを取り戻したことを確信しヒロミの身を案じながら死んでしまう。

計画は完璧だというふたりに向かって
そんなの下手なドラマみたいだと和明は言った。
いつかは捕まるに決まってるピースを信じるな。
ヒロミの目を覚まさせるために和明は必死になる。
なぜそこまでヒロミの身を案じるのか
幼なじみのふたりにはふたりだけの長い物語があり、
それはピースが関わる前からずっと続いているものだった。

第二部のラスト(三冊目のラスト)で、初めてピースにスポットが当たる。
事故死したふたりのニュースを聞いて声をたてて笑い始める。
これからは演出だけではなく主演俳優をもつとめあげ
さらに派手な舞台を見せつけてやろうと思ったのでしょう。
第三部(四冊目)では栗橋浩美と高井和明のふたりを知る
幼なじみとして由美子の前に登場することになる。
しかし網川が本を書きあげそれを手にTVに出演し
マスコミに顔が売れるようになるのは最後の一冊(五冊目)だけ。

第一部と第二部は裏表のような構成になっているので
第三部から新しい展開になってくる。
兄のえん罪を信じる高井由美子の捨て身の行動が
前畑滋子を巻き込む。
孤独な由美子の心をとらえる網川浩一、ピースと呼ばれていた男。
滋子と待ち合わせをしていたあの時、
網川浩一より先に滋子と会っていたら
由美子のその後の状況は変わっていたかもしれないと思ってしまう。
いいように利用されることもなかったかもしれない。
世間知らずの由美子がどうでてもピースの毒牙からは
逃れられなかったような気もするけれど、もう少し周りを見ていたら…

五冊目で網川浩一は「もうひとつの殺人」という自著を携え
はなばなしくマスコミにデビューする。
高井和明は犯人ではない、もうひとりの真犯人がいると主張し、
由美子のナイトとして自らをアピールする。

その由美子を死なせてしまったとき、目に見えて歯車が狂い始め
思い上がっていた網川浩一は墓穴を掘ることになる。
でも…あまりにもお粗末でした。
これも自家中毒にかかっていたからなのか。
「浮かれてるんだ」と刑事は言っていたけれど。

ピースが予想していたよりもずっと
マスコミの毒は強かった。
手玉に取ろうとして逆に足をすくわれてしまった。

警察の捜査状況はほとんど描写されていない。
声紋鑑定の題材として電話相談室の録音テープが
使われたと読者には推測できるようになっているが
二冊目のラストにさまざまな相談内容が列記され
そこに和明の相談事がまざっていたという事と
悩み事があるときには電話相談を使っていたのではないかと
推測する会話がそれとなくあっただけで
警察がどう動いたかは、はっきりと書かれていない。

ネットで集めた情報で刑事の娘が拉致未遂事件の被害者に
会ったところ、その時乗っていた飛行機で
偶然にも近くに座っていた網川浩一の声に聞き覚えがあったこと。
犯人が事故死した赤井山の近くで子供が携帯電話を拾ったこと。
足立印刷の増本くんに網川からかかってきたやらせ依頼の奇妙な電話。
そんなのインチキだ、人を騙すなんてとんでもないと
突っぱねる増本くんの普通の常識人の感覚に苛立つピース。
(ピースご乱心で終わりが近づいていると読者にはわかる)
社長やおかみさんに話そうかなどうしようかと増本くんは考える。

包囲網は狭まっていたけれどはっきりとは提示されない。
でも、読み手にはひしひしとそれがわかる。
ではどんなふうに終わるんだろう?と引っ張られる。
上手いです。

滋子ですら山荘を突き止めることができたのだから
警察が網川を調べれば状況証拠がでてくるし
当然声紋鑑定をしていたはず。
と、あとからわかります。

最初に読んだときにはボリュームに圧倒され翻弄され
うまく咀嚼できなかったのかもしれない。
今回、整理しながら読んでみると
改めて内容の濃さに圧倒されました。

有馬義男の網川への言葉。
「あんただって一人の人間にすぎん」
自分は人を操り演出することができる特別な人間だと
思い上がっているがそうではない。
『楽園』に出てくるその後の網川の様子を読むと
それがよくわかります。


タグ:宮部みゆき
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コメント 4

sknys

miyucoさん、こんばんは。
『模倣犯』は途中から犯人側の視点に転じるので、
読者の興味も「犯人探し」というミステリの王道から逸脱する。

読者が感情移入するのはヒロミ(栗橋浩美)の方で、
ピース(網川浩一)の内面は描かれない。
内面を描写したら、同情の余地のない「絶対悪」になり難いから
(「模倣犯」が現実世界に現われたら作者も困るから?)。

犯罪被害者の遺族と加害者の家族がクローズアップされるけれど、
その背後にシリアルキラーという「悪」を、どうやって裁くのか、
誰が裁けるのかという重いテーマが隠れている。
ピースとヒロミが死体の埋まっている別荘の敷地で見上げる
「星月夜」のシーンは惨たらしくも美しい。

思い出したくもないけれど、映画は酷かった。
矢田亜希子主演の『クロス・ファイア』は
結構良く出来ていたのだから、
キャスティング・ミス?‥‥それとも無能な監督のせい?
by sknys (2007-10-12 00:55) 

miyuco

sknysさん、コメントありがとうございます。
読み返してみて犯人らしきふたり(ヒロミとカズ)の死が
ずいぶん早い段階で出てきたことが意外でした。
そこから折り返して犯人側の視点になり
結局五分の三が裏表になっているので
なんだか同じ場面をくりかえし読んでいるような気がして
ちょっと興が削がれてしまいます。
長いと感じる人が多いのはそのせいかなと思いました。
そのあとは怒濤の展開なのですが。
改めて宮部みゆきの筆力に感嘆いたしました。

映画は観てないんです^^;
宮部みゆきが試写会の途中で退席してしまったというのを
どこかで読んで、やめといたほうがいいかなと思った次第です。
中居くんのピースは見たかったんですけど…
by miyuco (2007-10-12 18:25) 

流星☆彡

『楽園』は、“相変わらず長蛇な”S区立図書館の予約を待っております
もので、こちらを覗いてみましたところ・・・
宮部さん、試写会の途中で退席されてたんですか!中居クン主演でしたし
観ましたけど、なぜ 宮部さんが あんな映像化を許されたのか ずっと
疑問に思っておりました。私 『クロス・ファイア』も観たんですけど、
(私的には…)納得できるよ~な出来ではなくて、宮部さんには映画化
「運」が ついてないのか[しょぼ~ん][傷心ハート][汗汗]と 思い至ってたり。
なんにせよ、『楽園』早く読みたいナ!
by 流星☆彡 (2007-10-21 05:17) 

miyuco

>流星☆彡さん
宮部みゆきの作品は長くて内容がつまっているものが多いから
映画化がうまくいかないんでしょうか。
『ブレイブストーリー』も残念だったし…
『楽園』おもしろかったですよ!期待して大丈夫だと思います。
早く読めるといいですね[ラブラブハート]

ところで、私も流星☆彡さんと同じように
更新が滞ってます^^;
なんだか気が乗らなくて、面倒になっちゃったりしてます。
もしかして飽きちゃったのかもしれない(v_v。)
この飽きっぽい性格、困ったもんですわorz
nice!とコメントありがとうございました♪
by miyuco (2007-10-22 14:20) 

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