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『疾走』 重松清 [読書]

広大な干拓地と水平線が広がる町に暮す中学生のシュウジは、
寡黙な父と気弱な母、
地元有数の進学校に通う兄の四人家族だった。
教会に顔を出しながら陸上に励むシュウジ。
が、町に一大リゾートの開発計画が持ち上がり、
優秀だったはずの兄が犯したある犯罪をきっかけに、
シュウジ一家はたちまち苦難の道へと追い込まれる…。
十五歳の少年が背負った苛烈な運命。
―Amazonより引用

    

全く読む気なんかなかった。
図書館で見かけて、映画化された本だなと思いながら
手にとって、パラパラと読み始めたら、止まらなくなってしまった。
読みやすい文章。
この内容でまとわりつくような文章だったらとても読み通せません。
なんと言ったらいいのか…圧倒的です。
重松清の作品は読んだことがありませんでした。
この本はいままで何となく重松清に抱いていたイメージとは
かけ離れています。彼の作品の中でも異色なのかな。

 シュウジが中一のときに、
優秀だと思われていた兄シュウイチが壊れてしまう。
(実際には長い年月をかけて歪んでいったのでしょう)
放火事件を引き起こす。

それをきっかけに職を失いすさんでいった父が失踪。
赤犬(放火をした者)の父親という重荷に耐えきれずふるさとと家族を捨てた。
中三のときにはギャンプルにのめり込んだ母は
借金を作ったあげく家を出ていく。
家族はシュウジを置き去りにしていく。

四人家族で幸せそうに見えたときでさえシュウジは置き去りだった。
誰もシュウジを気にかけない。
シュウイチを中心にまわる家族。
それでもシュウジはそれでよかった。
しかしそれはもろいものでした。
あっという間に崩れ落ちる。

神父はこう言う。

お兄さんの罪は、父親によっては背負われなかった。
母親もまた、お兄さんの罪を背負おうとはしなかった。
シュウジが―逃げ遅れてしまったシュウジだけが、
お兄さんの罪を背負わされてしまった。まだ中学生なのに。
まだ、あんなに小さい体とか細い心しか持っていないのに。

シュウジは兄や父や母を憎んだり呪ったりしない。
自分をおとしめる周りの人間たちを恨んだりしない。
ただ強い(ひとり)になりたいと思っているだけ。
なぜだろう。
心の中にわずかに残る光を放つものを
おとしめたくないからでしょうか。

ヤクザの新田の情婦、アカネと通じたため、
シュウジは新田から壮絶な性的暴行を受ける。
結果、殺人を犯す。

家族でさえ手を差し伸べてくれなかったのに、
アカネとみゆきは体を張ってシュウジを逃がす。
シュウジが向かうのは、ずっと心の中にいたエリのいる東京。
孤独でも孤立でもなく孤高なエリ
(孤高でいるように見えるエリ)

〈私を殺してください〉
とエリは繁華街にある店を閉めた和菓子屋のシャッターに書く。
〈誰か一緒に生きてください〉
シュウジはこう書き記す。

エリの叔父を刺し、ふたりで逃走する。
ふるさとに帰る。

帰るために、おまえたちはひとつになった。
おまえたちはひとつになるために、ふるさとに帰る。
もはや帰ることのかなわないひとたちの心を背負って、
その重みに背骨をぎりぎりと軋ませて、
おまえたちは、おまえたちの帰るべき場所に帰る。

神父が弟の墓の前で読み上げ、
シュウジとエリがふるさとに帰る列車のなかで
肩を寄せ合い頬をすり合わせるようにして読んでいた聖書の一節。
「伝導の書」第一章。

〈世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変らない。
日はいで、日は没し、その出た所に急ぎ行く。
風は南に吹き、また転じて、北に向かい、
めぐりにめぐって、またそのめぐる所に帰る。
川はみな、海に流れ入る、しかし海は満ちることがない。
川はその出てきた所にまた帰って行く。〉

物語は終わる。

優しい子どもだったおまえたちが、
ようやく「ひとつのふたり」になって、
再び「ふたつのひとり」になってしまう
―そんな物語の終わりも、わたしは知っている。

あまりに過酷な人生。
それでもシュウジは穴ぼこのように暗い目のまま
〈からからからっぽ〉で
死んでいったわけではない。
何も残さなかったわけではない。

おまえは、おまえの物語を、もうじゅうぶんに生きた。
なにひとつ思いどおりにならなかった自分の物語を、
最後に御すために
―おまえが選んだ「物語の終わり」という物語を、
わたしはただ、静かに、ものがたっていこうと思う

シュウジ。おまえは、いろいろなひとの「ひとり」を背負ったまま、
微笑んで、遠くへ旅立っていったのだ。

兄シュウイチの人生は悲惨です。彼が読んでいた聖書。ヨブ記第一章。

〈なにゆえあなたはわたしを胎から出されたか、
わたしは息絶えて目に見られることなく、
胎から墓に運ばれて、
初めからなかった者のようであったなら、よかったのに〉

初めからなかった者のようであったなら、よかったのに
シュウイチの深い絶望。

シュウジが新田から受ける激しい陵辱シーンがきつい
という意見を目にします。
たしかにきつい。
(度を越しているとは思わないけれど)
でも現実には、もっと長期間に渡って無惨な暴行を受け続け、
なぶり殺しにされた後にコンクリートに埋めて捨てられた少女がいました。
誰も彼女を救ってくれなかった。
そんな事を思うと、残酷な暴行シーンから目を背けるわけにはいかないです。
いま、シュウジのような境遇な子供がきっとどこかにいると思う。
シュウイチのような子供もどこかにいると思います。

 

疾走

疾走

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2003/08
  • メディア: 単行本


タグ:重松清
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コメント 2

miyuco様も重松氏の作品との出会いは、この作品だったのですね。
私も同じで、ただただ衝撃を受けました。何回か読み直しましたが、心の中に深くつきささった作品でした。
生きていくほどに苦しく、ひとり。でも優しい、そんな少年と少女が大切です。
TBありがとうございました。私もTBさせていただきます。よろしくお願いします。
by (2006-09-18 22:00) 

miyuco

>灰色猫のミミさん
重松清に興味を持ったのは映画「ある子供」の監督ダルデンヌ兄弟との
対談を新聞で読んだからです。(映画は見損ないました)
この本の、子供を見捨て放り出す親に腹が立って仕方ありませんでした。
人を傷つけることすらできないシュウジ。
読むのがつらい、でも読むのをやめることもできない圧倒的な作品です。
nice!とコメントありがとうございました。
by miyuco (2006-09-19 13:05) 

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