事件簿Ⅲ 彼と私の20日間戦争-起爆 [あの日から今日まで]
これまで、六年半に及ぶ長い年月の中で、たった一度だけ!”彼”と私の間…正確には、私の心の中に≪別れる≫という感情が芽生えた時がある。
二人の気持ちを確認しあった時に、”彼”にお願いした事≪毎日会いたい、たとえケンカした時でも…。≫そう言った私が、会うことを拒絶したほどの危機。
何があっても、どんな時も、向き合っていれば大丈夫…そんな自信など吹き飛んでしまった。あの夜の≪たった一言≫
付き合い始めて二年が過ぎようとしていた頃…。
”彼”の誕生日が一週間後に迫った夜、いつも通りに会社帰りの”彼”からツーコール”高速に乗ったよ”の合図。
2、3日前から、何となく元気がないように思えて気掛かりにはなっていたものの、”どうしたの?”とか”何かあったの?”と聞かれるのを好まない”彼”には、その心配を打ち明けることが出来ないままになっていた…。
それが、その日の夜”ただいま”と言った”彼”の笑顔は、私の心配は思い違いだったのか?と思わせる、いつも通りの”彼”に戻っていたのだ。
私は、少しシックリこない気分をしまい込み、”彼”の元気を確認する意味も含めて問いかけた…。
”お誕生日プレゼント、何がいい?”
”俺さ、何にもいらない。けど、みんなを集めてパーティー開いてよ”
この言葉を聞いた時、”ハッ”とした。
かつて、”彼”の側に居た人が、そういった人付き合いを苦手としていて、招待する事はもとより、招待される事すら苦痛だった…という事は、友人の奥さんから聞いていたのに・・・。
そして、週末を二人で過ごすだけのあの部屋には不似合いな、一枚板の大きなテーブルを”彼”が選んだ時に、どうして察してあげられなかったのかと後悔の気持ちで一杯になった。≪鈍感な私を許してね。≫の気分。
”まかせて。(笑)雅樹が集めたいだけ全部呼んでパーティーしよう。私は、全然大丈夫だから。”と返事して、”彼”が密かに憧れ続けたシチュエーションを、より素敵な形にしてプレゼントする事に決めた。
この年の誕生日当日は木曜日であったため、その日は二人だけでささやかに乾杯し、”明後日は頑張るからね”とプレゼントの目録となる言葉を渡した。
そして、金曜日―
翌日のパーティーに備えて、 料理の仕込みをしていた時、いつもなら食事の後片付けに入ると、お酒の入ったグラスと灰皿を持ってリビングに非難する”彼”が、嬉しそうな顔でキッチンに対面するカウンターに座り”それは何?”とか”何が出来るんだ?”などと問いかけながら、私を待ってくれた…。
≪こんな事くらいで、これ程までによろこんでくれるなんて…。≫と少しセツナイ気持ちにもなったものだ。それと同時に≪絶対!満足させてあげるから≫と頑張る意気込みも新たにした私である。
いよいよ、パーティの開始―
招待した数…15人 ”彼”と私を含めると総勢17人のパーティー!!!
当然の事ながら、私は料理を運ぶ時以外に、キッチンを離れることはなかったけれど、招待した友人の奥さんたちからの援護を丁重にお断りして、一人で乗り切った。今回だけは、何が何でも一人でやりたかったのだ。
時々、グラスを片手にキッチンにやって来ては、”大丈夫か?”と声をかけてくれて、そしてまた皆と楽しげに笑っている”彼”の姿を見ているだけで満たされた時間だった。
パーティーの終了間際―
私を除いて16人全員が、イイ感じに酔いがまわり、楽しい雰囲気も最高潮のまま終わりを迎えようという空気感になり始めた時…。
誰かが”最後にもう一回、乾杯してお開きにしよう!”と終了予告。
そして”彼”がその乾杯くらいは一緒にと、キッチンにいた私を呼びにやって来た。その時!”今日はホントありがとう。”と言って、皆から死角になるカウンターに隠れるようにしゃがみ込んで、私にキスをした…。
よほど嬉しかったのだろう…かなりの泥酔モードでなければ”王様ゲーム”でも人前でキスなどするはずない、ほどんどのメンバーが酔い潰れるくらい飲んでも”彼”は平気でいられる酒豪なハズ…。その”彼”がわずかな酒量で泥酔モード?
私は、それだけ”彼”がこんな場面に憧れていたのだろうと、そして今夜その思いが満たされたのだろうと…信じて疑わなかった。
よもや、”彼”が泥酔した理由が別の所にあろうなどとは思いもせず、この日を迎える少し前、私が心配していた”彼”の変調…。それが、思い過ごしではなかったと知ることになるとは…。
皆が帰った後、”彼”はソファーに倒れこむようにしてダウン…。
片付けが終わるまで≪満足した気分で眠らせてあげよう≫と思って、そのままリビングの明かりだけを落として、一人でパーティーの残骸と戦った…。
全てが元どおりになった約二時間後―
”雅樹…起きられない?”と何度か声をかける私。
”ん…ここで寝る…。”とやっとで返す”彼”
風邪を引く季節でもないし、仕方ないココで眠るか…と諦めて、寝室から枕と掛け布団だけを運び、リビングで眠る準備を整えた。
ソファーに眠る”彼”と、床に横たわる自分の段差が妙に淋しかったのと、キッチンで隠れてしたキスの余韻で眠れなかった私は、やっぱりこのままココで朝を迎えるのはイヤかな…と思って、もう一度だけ”彼”を起こして、それでダメなら諦めようと決めた。 止めておけばよかったのに...。
もう一度だけ…と決めたから、少し強引な作戦で起こした。
”彼”の鼻をつまみ”雅樹…起きて、ベッドで寝ようよ…”
本当に止めておけばよかった... そうしたら、聞くことはなかった...
”ん...いい加減にしてくれよ...ミ.キ...”
この言葉を聞いた瞬間の気持ちは、今でもどんなだったか分からない…。
しばらくは、涙さえ出てこなかった。
ただ呆然と、”彼”の寝顔を見ていた…。
床であれベッドであれ、”彼”の隣で眠る気持ちにはなれず、短い手紙を置いて部屋を出た・・・。
雅樹へ
私は”ミキ”ではありません。
美由
それから、約20日間の冷戦は、今思い出してもつらい日々...
②へつづく
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