なくて七癖…7分の1 ② [あの日から今日まで]
高速を降りてからも、ずっと”彼”は口を閉ざしたまま、車を走らせていた。ただ走っているのではなくて、確実に”何処か”へ向かっているという感はあった。
「もう、行かないの?」
「このまま帰るの?」
「どこへ行くの?」
どうにもならない気持ちで、矢継ぎ早に問いかけてばかりいた私に返ってきた言葉…。
今まで、今まで見たことがない顔…聞いたことのない声…手を伸ばせば届く距離とは思えない場所に”彼”が行ってしまったような気持ちと、胸が”ギュッ”と掴まれた思いでいたたまれない気分になる。
「だったら…ココで降ろして…。」そう言うのがやっとだった。
”彼”にその言葉が聞こえなかったはずはない…何も聞かない素振りで”沈黙”を押し通して車を走らせた。
しばらくして車が止まったのは、とあるマンションの駐車場。
エンジンを切り、先に車を降りた”彼”は助手席側のドアを開けて言った…。
「本当は美由のママに会ってから連れて来るつもりだったけど。」
そう言うと、引きずり出すように私を車から降ろした。
有無を言わせない強い力で私の手を握ったまま、慣れた手つきでオートロックを操作している…。
けれど、この場所は現在”彼”が暮らしている場所ではない事くらいは解かっている…。
エレベーターが上がるのと同調する様に、繋がれた”彼”の手の力が強くなるのを感じながら…一方では≪どうして、今なの…?≫ ≪何も今でなくても…。≫そんな気持ちで泣きたくなるのを一生懸命こらえることしか出来なかった。
”彼”が玄関のドアを開けたその時
私の緊張と我慢の糸が切れた…
「イヤ…お願いだから…。」と泣きながら”彼”の手を振り解こうとした私。
「わかってるって…。だけど、全部見ればわかるから…。」
「何を見て、何を分かれって言うの!こんな所に来なくても、さっきの事がどういう事かぐらいはわかってる…。だから、雅サンを責めたりしてないでしょ!」
「そんな我慢は必要ないって言ってんの!今みたいにイヤなものはイヤって言えばいい…。」
「ちゃんと覚悟してたもの…。でも、雅サンが”シマッタ”っていう顔をしたから…何て言えばいいのかわからなかっただけ。」
「とにかく一緒に来て…見てわからなければちゃんと話すし…。」
そう言って”彼”は再び私の手を捕った。
通されたその部屋は”彼”の言った通り、何も無くなっていた…。
もちろん、物が何も無い訳ではなく、敢えて言うならホテルの一室のような雰囲気で、かつて五年間の暮らしがあったとは思えない程、生活観のない無機質なその空間は、残された”彼”が自らの手で清算した残骸なのだと感じた。
そして、その空間に1つビニールシートで覆われたソファーがあり、更に奥の別室には同じく新しく運び込まれたベッドがあった…。
「ここにあった物を全部処分したところで、消えて無くならないモノの方が美由には重いのかもしれないけど…俺は急がないことにする。なくて七癖って言うだろ?多分、今日みたいな事はこれから先にまたあると思う。それでも、さっきみたいに我慢しなくていい…。」
「我慢したわけじゃないの…。コワイだけ…過ごした時間の長さの違いっていうか…」と私が言いかけたところで、”彼”がソファーにかかっていたシートを外しながら言った。
「だから今日ココに連れて来たんだよ。こうやって、ひとつずつ二人で使う物を新しくココに増やしていく様に、その時、必要な事を二人で積み重ねていけばいいじゃん?過ごした時間が違うから何?だったら十年かかったって、俺は構わないよ。」
「何を言ってもいいの?困らない?」
「困ってもいいんじゃない?二人の事は二人でしか解決出来ない。黙って我慢してたら、ずっと一緒になんて居られないよ。そう思わないか?」
そう話しながら”彼”は真新しいソファーに座り”ポンポン”と自分の隣を叩いて≪ココニスワッテ≫と合図をした…。
少し間を空けて腰掛けた私を、笑いながら自分の方に引き寄せて”彼”は話を続ける…。
「どれだけ美由を大事にしようと思っても、無かった事には出来ない過去が見えてしまう時があるって今日わかった。だけどね、美由を誰かと間違えたとか、誰かの代りと思ってないか?そんな風にだけは疑わないでほしい。」
この言葉を聞いた時に思った。
私はいつも目先の事でフラフラしているのに、この人はいつだって先の事を考えて動いている…それは、どれをとっても私への気遣い以外の何物でもない。
”十年かかってもいい…”とか”ずっと一緒に…”という言葉をくり返し言う”彼”
≪本当はこの人の方が不安を一杯抱えているのかな?≫と。
「なくて七癖なんでしょ?最低でもあと六回はこんな事があるって事ね…。(笑)何回目から笑ってやり過ごせる様になるか分からないけど、何回あっても、そんな風に雅サンの事を疑ったりはしないって約束する。」
そう言って、指きりの小指を出そうとしたけれど…もっと確実に”大丈夫”を伝えたいと思って、私が”彼”を抱きしめてあげた。
「ね…美由?このままだと、ベッドも使うコトになりそうだから(笑)みんなを追いかけようか?」
「うん…そうだね(笑)」
”彼”が言ったように、これから先も”こんな日”がきっとある…。
それでも、こうして向き合う事を忘れなければ、そうやって時間を積み重ねていく事が出来ればいいのだと”彼”から伝えらた…。
そのための”事件”だったのかもしれない…そんな気がした。
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