タスキは神か? 箱根駅伝の違和感 [免疫]
お正月といえば、箱根駅伝である。2日の朝、2区と5区を見るのが好きであるが、今年は寝坊して4区からしか見られなかった。
箱根駅伝の魅力の一つに、「タスキにかける思い」がある。各校のエースといわれている人ほど、がんばりすぎてしまうのか「ブレーキ」になってしまうようだ。涙のリタイアなんて場面を見ると、こちらも涙ぐんだりする。
それが今年は、行きすぎてしまったようだ。みなさんもご存じだと思うが、復路の8区でトップを快走していた、順天堂大の難波主将の件である。残り5キロで脱水症状になったようで、フラフラとし始めた。あと5キロを走り通すことは無理だと思えるほど、危険な状態に見えた。
すぐに仲村監督が後ろの車から出てきて、難波選手を追いかけ、併走し始めた。私はてっきり、体にさわって、止めるものだと思っていた。以前も、「リタイアをいやがる選手を、監督が涙ながらに止める」という場面を、何度か見た記憶がある。
しかし仲村監督は、難波選手を止めるどころか、水を手渡した。「これを飲んでがんばれ」という意味である。これで、難波選手はリタイアという選択ができなくなった。
外野から見ると非常に危険な状態だったが、経験豊富な監督さんから見ると「まだまだ大丈夫」ということだったのだろうか。でも、難波選手は最後の数百メートルでさらに危なくなり、なんとかタスキを渡したとたんに倒れ込み、「救急車」を呼ぶ事態になっていた。
「タスキをつなぐ」だけのために、選手の生命を危機にさらすことが許されるのであろうか。さらにおそろしいのは、実況中継をしていたアナウンサーや解説者も、この監督の行動を非難するどころか、美談にしてしまいそうであった。
監督のコメントでも、「パニックになったのでは」という分析の言葉はあっても、難波選手の体を心配する言葉はなかった。また、いくつかの新聞を見たが、今回の仲村監督の行為を非難する言葉はなかった。
くり返すが、箱根駅伝は好きである。しかし、これは大学のクラブ活動の一環にすぎない。その証拠に、主催は学連である。それが、テレビ局の視聴率稼ぎに利用され、コマーシャリズムに侵され、肥大化してしまったのではないだろうか。その象徴が「タスキ」であり、「タスキをつなぐ」ことが神格化されすぎたように思う。
もっと重大な事故が起こらないと、この傾向は止まらないのであろうか。誠に遺憾に存じます。
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