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新聞記者にはガッカリだ [ 科学コミュニケーション]

いや全員ではないです。メタンハイドレート関係の調査結果のプレス発表の際の記者さんたちはすごく勉強をされていて、「記者ってちゃんと科学のこと理解して報道してるのかなあ?」なんて考えてた自分が恥ずかしかったです。さすがプロです。ただ、こういう記事をみるとがっかりします(ずいぶん前の記事で恐縮です)。我々はマスコミを喜ばすだけのために研究をしているのではないのです。

●探査機はやぶさ:成果、米サイエンス誌が取材規制 影響力に研究者追随
 6月7日新聞社WEBサイト掲載記事:こちら

新聞記事の論旨は以下のようです。
1)米科学雑誌サイエンスの「取材規制」によって、はやぶさの成果の新聞報道が2ヶ月半先延ばしされた。
2)はやぶさの成果はサイエンス誌に掲載される前に国内外学会で発表されたにもかかわらず、
 その時点でも研究者からは新聞記者等からの個別取材には対応しないと言われた。
3)サイエンス誌など一部雑誌は学術的な評価が高いため、研究者も同誌の制約には従わざるを得ない。
4)科学誌がその専門性をこえて研究成果を私物化するようなことがおきた場合は、
 新聞等は異議を唱えるべきだ(←某大学教授のコメントとして記述)。

これらの論点はすべて誤っています。

1)論文に掲載されてなく学会発表もされていない研究成果を、研究者は社会に発表する必要はありません。まだ未完成の成果を中途半端な状態で社会に示しても、それが後に誤りであったりすると社会に多大な迷惑をかけるのです(時に「捏造」と呼ばれる恐れもあるでしょう)。従って記者の言う「取材規制」は規制でもなんでもなく、科学成果を初めて世に出すには研究者自身や学会等が正当性をチェックする時間が必要ということです。これはサイエンス誌など一部の学術誌だけに限ったことではなく、むしろ国内の学術誌でこの意識があいまい→学術誌と新聞報道との境目があいまいなのです。

2)一方、本新聞記事中にもあるように、学会発表後はその内容に従って自由に新聞記事を書くことができます。サイエンス誌も学会発表内容の新聞掲載を規制していません。ですから学会発表後は記者のいう「取材規制」はないのです。記者は「正確でわかりやすい記事を書くには研究者の努力は欠かせない」と記述されてますが、当の記者は研究者に頼らずに学会発表を記事にする努力を行わなかったといえます。

3)当該研究者が新聞より学術的評価の高い雑誌を優先したように記事では述べられています。しかし私は、新聞では間違った報道がなされることがあるため、当該研究者(いや一般的に全ての研究者)は研究成果の新聞報道に重きを置かないのだと思います。現に、5/31の同新聞記事では探査機はやぶさの帰還に目処がたったように報道されましたが、6/1のJAXAの発表では「いくつか検討を要する比較的大きな問題がある」とされています(詳しくは先日も紹介しました松浦さんの記事を参照)。5/31の新聞記事は他紙にのっていなかったのでスクープと考えられますが、明らかに読者に誤解を与える内容です。さらにやっかいなことは、新聞はこのような見込み記事の過ちに対して研究者の要請に応じて訂正記事を打つ事はまずありません。研究者は自らが緊急にホームページ等で正しく報告しなおしたり、新聞社を訴えないといけません。これは面倒ですので、結果として新聞報道に協力したくなくなります。

4)サイエンス誌に掲載された論文の概要はホームページで無料で見ることができます。これのどこが私物化でしょうか?研究者も論文公開後は、マスコミの皆さんに科学成果をどんどん公開しています。今回の科学成果が即時性を要するもの(例えば「明日地震が起きるだろう」など)であれば、2ヵ月半のタイムラグは害あるものでしょうけれども、6月上旬の公開で国民になにか不利益は生じたでしょうか?

みなさんはどう思われますか?

私は、はやぶさの件をスクープできなかった記者がそのストレスを新聞記事にぶつけているだけだと思います。しかし前述したように、スクープしても内容が不十分であれば結局意味がないのです。科学記事は政治・経済の記事とは違うのですから、しっかり地に足をつけて取材と報道を頂きたいと思います。報道の適切なタイミングは研究者がお伝えします。それが真に誤りであるならば、科学者の怠慢として紙面でご指摘下さい。一方では、研究者は一般国民への科学成果の伝え方に対しては上手いとは言えません。マスコミの方々の知識や技術が必要なのです。研究者とマスコミは利益を一致させられるのですからその方法を考えるべきです。もしもマスコミからのご意見もございましたらぜひお寄せ下さい。

ところで、米CNNは6/2に「はやぶさの成果に基づけば、小惑星の地球への衝突は脅威ではないかもしれない」という、より社会に密接な情報として内容を練り上げて報道してます(こちら)。JAXAの研究者のコメントも取っています。日本の新聞報道などではJAXAの大本営発表以外は掲載されていないようですが、2ヵ月半の間、スクープしたくてもできないイライラ感を抱えていた日本のこの新聞記者はいったい何をしていたんでしょうか?この点、ご意見があれば記者ご本人から是非伺いたいものです。

正直、「理系白書」がなけてきますね。

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※同新聞記事はこちらでも紹介されています。
ブログ「セキュリティ&コンサドーレ札幌」さま
http://dole.moe-nifty.com/etc/2006/06/post_3a74.html
同感です。マスコミはもっと「できること」があるはずです。


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ちゃめ

 ここで問題になっている新聞記者がどのような人物かは知らないけど、マスコミ関係者の傾向として、報道規制や言論の自由に敏感で、やたらと過剰に反応する、というものがあるよね。
「言論・報道の自由原理主義」みたいなものかな?
 今年初頭に世界を騒がせたムハンマド風刺画の時も、欧米側の主張には「言論の自由原理主義」を感じてしまったね。
 おまけに、自分たちは「報道」関係者だから、特権階級だ!みたいな意識もあるだろうね(震災の時に凄く感じた、これは。とっても不快だった)。
 あと、やっぱりマスコミの方々は、「面白い、興味を惹く対象」に、とても敏感なんだろうね。
 ここで面白いと判断するのは、一般大衆。
 この件の場合は、日本の研究者が快挙を成し遂げたという、大衆が喜びそうな凄いニュースを、取材制限(と記者は思っている)するとは何事か!という義憤(と本人は思っているだろう)を感じたんじゃないかな。
 しかも最近は、大衆の間でナショナリズムが勃興しつつあることだし、大衆が狂喜するニュースを、記者は流したくて仕方がないのだろう。
 その前に「失敗だ!」と騒いだ事も、一般大衆に受けるためじゃないかな。
 役所や官がする仕事のあら捜しを、最近の大衆は好むからね。

 上記のような価値基準を持った人間による批判記事は、独善的なものになるだろうね。
 問題は、彼らの批判記事が独善的であることに、彼らが気付いているかどうか?だね。
(長文失礼)
by ちゃめ (2006-06-18 21:07) 

sapporokoya

はじめまして。
上のコメントの方もおっしゃられていますが、報道の場にいる方は「報道規制」と思われる事柄に関しては敏感なのでしょう。
ところで、サンケイ新聞でブログ形式のサイトが始まり、記事に対してトラックバックを送れるようになりました。ここで話題の毎日さんの記事に対しても、何らかの方法で読者の感想や意見を伝え、記事に携わった方々と議論できる方法があればいいのですが。
by sapporokoya (2006-06-19 22:06) 

MANTA

- たしかに新聞記者は一般大衆の代弁者のプロだと思います > ちゃめさん。
私も正直、新聞記者と仲良くなって、報道に協力したい。ただ、「取材規制だ!」という、一般人がギクッとする言葉を誤用した記事を書くのはいただけません。この研究者は取材を「拒否」しましたが「規制」はしてないのです。記者はそれを受け入れておきながら、裏ではこのような記事を書くことが私には残念でなりません。しょせん、マスコミか、と。
by MANTA (2006-06-19 23:41) 

MANTA

- sapporokoyaさん、コメント&TBありがとうございます。私もこの記事が気になって検索してみたんですが、皆さんあまり気にされていないようですね。
産経新聞でブログ形式、ですか。読者の反応の収集方法としてはいいやり方だと思います。新聞社の今後の動向に期待したいですね。でもブログ自体がすでに大きなメディアに発展しつつあると思いません?
by MANTA (2006-06-19 23:50) 

ありゃ

管理人様、こんにちは。M新聞所属ではない元・科学担当記者です。
私もあの記事を読んで、「ちょっとやりすぎだなぁ」と思ったりしています。
やりすぎなのは「双方」。でもこの件、新聞側では、おおごとにしようとしてる人々がいらっしゃるようで…。それもどうかと思うんですよ。

「スクープできなかったストレス」で書いたと思われても仕方なし、です。私なら書きません。拒絶された他社は書いてないのをみても、この記事、問題提起になってない。学会に行ったけど、発表以外に取材ができなくて知ってたけど書けませんでした、という言い訳。
ただし、記事の中にあるAAASのコメント通りにとれば、論文著者になる学会発表者は、発表内容についての取材に応じても制裁されなかった可能性はあり、「拒否」しなくてもよかった。が、事前に「記者との接触は控えて」と言われていたのであれば、せっかく決まった論文の掲載が取り消されるかもしれないという恐怖心はあったでしょう。その点を、接触を求めた記者たちに説明(アピール)してもよかったのではないでしょうか。あの論文は、それこそズラリと国内の大学研究者の名前が並んでおりました。「JAXAだけの問題ではない。プロジェクトに協力してくれた多くの研究者の成果を守りたい」とか、言い方があったはず。(そういうところ、JAXAは対応が下手ですよ、役人的だし、トラブル多い。記者から信用されてないところがある)
一方で、Nature、Scienceとも、内容が事前に出れば掲載取りやめになることくらい、記者は知っています。だから、この記事の筆者は書かなかったと思いたいですが、どうもそうでもないみたいですね。「なんで駄目なの?」だけだったようです。こんなこと書くくらいなら、学会発表だけで記事にすればよかったのではないの?と言いたくなります。Science編集部が掲載を取りやめ、さらに、自社が編集部から制裁を受け、「発行前に内容を提供して取材の便宜」が長期間受けられなくなる--という2点を恐れただけのことでしょう。
「これほど厳しい報道規制を敷いているのは…数えるほどだ」という言い分。それら該当する(列挙されてないので不明ですが)雑誌は、商業誌ではないのかと推測します。Nature、Scienceなど、論文捏造などで騒いでいたとおり、科学技術をテーマにした商業誌なんですよね。それらは、「報道」に対して便宜を図ってるのではない。掲載と同時に新聞記事が出ることで、売り上げと権威をのばしてきた、彼らの戦略だと私は思っています。だから、商業誌である以上、ある意味、「我が儘なのは当たり前!」。
識者談話も意図的すぎる。「科学(商業)誌は研究成果を私物化」なんかしてないと思う。「ジャーナリズムの専門家として異議を申し立てるべき」というのは、商業誌に対してで、研究者に対してではない。(Science誌に異議申し立てした結果を書いてくれるんでしょうね。M新聞さんは。)
でも、「報道の価値があると確信した時は、独自情報を基に報道することも必要だ。」というコメントがある。その努力をしなかった自身への反省もない記事だから、「特権階級意識強い」と言われても当然。取材対象者への敬意がない人なんでしょう。うちの記者が書いたら、頭抱えます。

JAMSTEC管理人様、研究者のみなさま。自分が幹事社だから●●協会に話を持って行って「おおごと化」を図るM紙など気にされませんように。…無理ですよねぇ。。。
by ありゃ (2006-06-25 16:32) 

あかさたな

お初にお目にかかります。分野は違いますが、米国の大学のいちPIとして、コメントさせて下さい。まず、ご参考までにScience誌ウェブサイトに掲示されているembargo policyの該当部分を下記にそのままコピーしました。

- Comments to press reporters attending your scheduled session at a professional meeting should be limited to clarifying the specifics of your presentation. In such situations, we ask that you do not expand beyond the content of your talk or give copies of the paper, data, overheads, or slides to reporters.

- Scientists with papers pending at Science should not give interviews on the work until the week before publication, and then only if the journalist agrees to abide by the Science embargo.

- Please do not participate in news conferences until after 1:00 p.m. Eastern U.S. Time the day before publication.

要は、学会場でのJAXA他の研究者の対応は、上記ポリシーを満足させるべく取った当然の措置です。学会発表の内容に基づいて新聞記事を起こしたいのであれば、そうすればよし。記事を書くにあたって、より一層かみ砕いた解説を求めるなら、embargo policyに従うべし。この実に単純なルールは、研究者/商業学術誌/一般報道機関の間で現在ほぼ普遍的に実施されている契約関係に過ぎません。三者すべての立場から、それぞれに利のあるルールだからこそ、embargo契約はここまで普遍化されてきたわけでして、決して学術誌による報道規制でも何でもありません。

そもそも、科学記者として、その分野に於ける真の実力のあるライターならば、専門的発表の内容から学会速報記事を書くことも充分に可能です。現実に、ここ米国では、一流全国紙の科学部記者の殆どは、担当専門分野でのPh.D.所持者です。比して、日本の新聞・マスコミの「科学部」は、ハッキリ言えば単なる素人集団でありまして、そのことが日本の科学報道システム全体の最大の弱点のひとつと言える程です。

いち研究者としての正直な感想を言わせてもらえば、「米サイエンス誌が取材規制。影響力に研究者追随」などという、全くひどい逆ギレ記事を書くような記者の取材は、受けたくないですね、ホントに。
by あかさたな (2006-06-26 00:55) 

MANTA

- ありゃ様、 あかさたな様、コメントありがとうございます。お返事は別記事として書かせていただきますね。しばらくお待ちを。
by MANTA (2006-06-26 12:14) 

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