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THIS HEAT [Post Punk / Post Rock]

今から約30程年前、時代はパンク・ムーブメント真っ只中。Charlds Haywardという天才パーカショニストが中心となってどえらいバンドを作った。多くのパンク・バンドが既存の音楽フォーマット(ロックン・ロール)を素材に、若者を鼓舞するような表現を行っていたのに対し、このバンドの出す音は到底パンクとして括ることは不可能な陰惨な音を出していた。そのパンク以上に暴力的でありながら知的な音に、ある者は「なんじゃ?この気色の悪い音楽は?」と拒否反応を示したが、一部のコアなファンを掴み、絶対的なカリスマとなった。そして、そのカリスマ性は現在も全く失われていない。

THIS HEAT

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アルバムは極々小さい発信音で始まる。耳を済ませていると唐突に始まる爆音のような演奏。異常に説得力のあるタイトなリズム、轟音のようなベース。中盤からは生々しいギターが演奏に参入してくるが、流麗なフレーズは皆無。そしてパーカッシブな短いカッティング。かと思うとエネルギーを指先から迸らせるかのような凄まじい勢いのカッティング。後につっかかるようなソロらしき音の無意味な上下運動が繰り返される。ぐちゃぐちゃに歪みきったオルガン。唐突な曲展開。そして続くのは・・・

いや、これは曲を一々言葉で説明しても意味が無い。この凄さは実際に聴いてみないとわからない。

このバンドの中心的存在、Charlds Haywardは、意外にも以前はBrian Enoや、Phill Manzaneraなどと、QUIET SUNというカンタベリー系ジャズロックの名盤を残している。ここでもすでに一般のドラマーとは違ったアプローチが多く聴かれ、一聴すると、Bill Buruffordとの共通点を聴き取る者も多いだろう。

このようなCharlds Haywardの経歴から、このThis Heatも一般的にはロックにカテゴライズされがちだが、いわゆる快楽目的のわかりやすいロックを演奏しているわけではない。ここで聴かれるのは、嫌悪されることも辞さない音楽を素材とした多分に実験的な行為である。そして実験的に音楽する者にとって重要なのは、大衆に受け入れられやすい音楽を作ることではない。そもそも最初から出る結果を予想して素材を集め、そこに近づける為に作為を施すのは実験などとは言えないのだ。

その点、This Heatは実に潔良い。自分達の引き出しから実験素材を引っ張り出し、テーブル上にぶちまけ、「憎悪」「妬み」「不安」、等々の音楽を製作する上では除外されがちなものも包み隠さず、ある程度の規律を保って「音楽」の形に構築したのがこの作品なのではあるまいか。正直言えば、この作品を今聴いてみても、Charlds Hayward以外の2人のメンバーは技術的に何かが突出していたわけではないと思うし、実際に演奏の不手際も聴いて取れる。勿論、作品としての体裁を保つための多少の作為、聴き手を煙に巻くような多少の作為の跡は見て取れるが、出来上がりの美しさ、即ち商業音楽でいうところの「聴きやすさ」はほぼ完全に度外視されている。

アルバムを横溢しているのは、既存の表現方法に疑問を投げかけるような、聴き手に迎合しない、言葉を換えれば、「聴き手の経験則から『心地よく感じるであろう』と予測される音を意図的に排除した」のではないか、とも思われるような奇怪な音である。決して万人向けの音ではない。
但し、バンドも意図的に聴衆を不安に陥れることを目的に奇怪な音を選んでいたのではないのだと思う。察するに、「音が根源的に持つ力とは何なのか?」を、現代音楽のミニマリズムとは違った、非アカデミックな手法で具現化したのがこの作品なのだろう。

この作品、ある者は「気色の悪い音」と言い、またある者は「傑作」と言う。勿論、俺は、後者である。間違いようの無い事実として、This Heatは一部でカリスマ化し、発表から30年近くを経過した現在でもそのインパクトは変わってはいない。最近、ボックス・セットも発売され、再評価の兆しもある。嬉しい限りである、というか、今までの評価が低すぎたのだ。

This Heatの幸運。それは「いい音がする」デジタル機器が一般化する前に試行錯誤の上、この作品を作ったことである。そのアナログさがかえって生なましく、聴き手に向かってダイレクトに音が伝わってくることに貢献している。もし、お行儀のいい音がするデジタル機器を多用していたら、この説得力は生まれてこなかっただろう。

This Heat

This Heat

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: These
  • 発売日: 2006/03/14
  • メディア: CD

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コメント 5

石原茂和

Twitterに書いたのを貼ります.Twitterなので断片なのはお許しを.
ーーー
このままだと,2009年my best新譜: Alva Noto + Ryuichi Sakamoto / UTP_ エレクトロアコースティックは,こう進化しなければいけなかった in 現代音楽/グリッチ チェンバーロック/ときどき,This Heatに接続したくなる

This Heatに聞こえるのはNotoSakamotoの責ではなく,This Heatがあまりに現代音楽だったということ.なぜ,現代音楽な人はThis Heatを聞いていないのか

Cardew-Keith Rowe-AMM-Derek Bailey-This Heat-> ? イギリス現代音楽裏系譜<ー>improvisation.

AMM-Eddie Prevost-Sonic Boom-Kevin Shieldsという,サイケデリック音響系現代音楽の系譜も並列してある.現代音楽が,現代の音楽として進化しているのは.くやしいけどいまもUKなのか.Notoがんばれ.

最後に,Stockhausenの初期を喜んで聞いている人は,なぜAMMを聞かない?
ーーー

This Heatがもう少し続いていたら,Derek BaileyやEddie Prévostとの共演とかあり得たのに.残念.

by 石原茂和 (2009-10-22 10:38) 

lagu

うぐぐぐ…
俺が認識していない固有名詞が沢山でてくるのでコメント返せません…

音楽を生業にしていない者としては色々と満遍なく聴いているつもりでしたが、まだまだ勉強不足のようです…
by lagu (2009-10-22 19:23) 

石原茂和

http://en.wikipedia.org/wiki/AMM_(group)
をさっと見て頂けると,
60年代後半から現在に至る,
現代音楽家とimprovisationと,フリージャズから,
Sonic Boom とKevin Shieldsと,
こいつらに全部かかわっているのがAMMという人たちだと
お分かり頂けるかと思います.
恐るべきネットワークです.
これにThis Heatが関係していれば,すごいことになったのに
と思いました.
by 石原茂和 (2009-10-22 20:11) 

lagu

こりゃまた、大変まとまった資料ですね。
今度、じっくりと紐解いてみる事にします。
思わぬ発見がありそうでわくわくします。
by lagu (2009-10-22 20:42) 

石原茂和

やや,押しつけ気味になってしまい,恐縮です.

最も言いたかったのは,
現代音楽とフリージャズとimprovisationと,それらをすべて
接続する地下水脈がUKではあったのに,
それらとThis Heatが交わらなかったのが残念,
交わっていたら,いまの音楽の状況がものすごく変わっていたのに
という感想です.

なお,現在では,レコメンだった人たち,AMM関係,みんな年とったせいか,こだわりなく軽やかに共演していて,それはすばらしいのですが,若さゆえの爆発力がなくなっているので,大きなムーブメントにはならないところが残念.

by 石原茂和 (2009-10-22 23:38) 

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