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映画 『それでもボクはやってない』  [Cinema]

映画のストーリに一部触れるので、これからこの映画を鑑賞予定の方はここでオサラバ、していただいてもよい。 ただし、この映画はストーリがわかってみてもそれほど面白さに影響しないと思う。

                                         

映画に関する基本データ:
http://www.toho.co.jp/lineup/soredemobokuha/

監督は周防正行(Shall We Dance)。上映時間は140分。
ストーリはシンプルである。

満員電車に飛び乗った青年が目の前にいた女子高生の後ろ右から、スカートをめくってパンツに触った、その手を女子高生が右手で、つかんだが、その手はスルリと抜けてしまった。直後、次の駅に到着し、降りた青年を女子高生が追いかけ、腕をつかんで痴漢として駅員に引き渡す。これが発端(女子高生から見たストーリである)。

冤罪の痴漢事件により拘留された青年の取りし調べから裁判(第一審)のプロセスを追ったドラマである。現行犯である痴漢が冤罪であったとしても、執拗な有罪デッチアゲマシンである警察、検察、裁判所の三位一体システムを撃破するのは大変である、ということを教えてくれる映画だ。ニッポンのゴロツキ取調官の取調べの実態、検察尋問、裁判官の判断が正義の実現でなく、いかに 有罪率を上げるためになされているか、を教えたい、というのが周防監督の意図。二時間半近い長さだが、退屈することなく見せてくれる。

裁判(第一審)の結果はいわないが、無罪か有罪、のどちらか、である。

結果を、ハッピーエンドにはしていない。。(と、言ってしまっては結論がみえるが)。しかし。。ハッピーエンドにしてしまっては日本人(観客)は 真にハッピーではなくなる、という逆説が、一方にある。ラスト。 主人公の朴訥な青年が、判決を申し渡された直後、心の中で叫ぶ言葉:

   『真実を知っているのは僕しかいない。裁判官が僕を裁くのじゃない。 ぼくが裁判官を裁くのだ!』 

これが、キメの一句。この映画は、このシーンのためにある。これが、裁判のすべてである、とわたしは受け取った。映画が終わった直後、まだ暗い館内で、娘が小声で、おもしろかった~、と言った。周防監督のメッセージを、シッカと受け取ってくれたろうか?

ある偶発的事件(痴漢)からそれまで法律にまったく縁のなかった青年が拘置所と裁判所で数ヶ月をすごすうち、<ボクが裁判官をさばくのだ!>と悟るにいたった。この青年の内面で起こったことを2時間半でわれわれも体験できる。これは啓蒙映画である。

この映画、中学生、高校生は是非観てほしい。ガッコウはぜひ、見させてほしい。1年分の授業をしたと同等の効用がある。ニッポンの警察・検察・裁判官のワルダクミ・システムが体感できるだろう。ニッポンとはどういう国であるか、考えてみよう、勉強してみよう、法律とはどのように運用されているのか、調べてみよう、というきっかけになるだろう。 教育委員会や学校はぜひ映画館でこの映画を全生徒に見せてほしいものである。

この映画の、この青年以外の役なら他の俳優に代えても務まるが、この青年だけはこの俳優以外に考えられないほどの適役であった。とても演技とは思えない。最初、存在感の薄い青年だなあ。。と思ったが、よく考えたら現実の平凡な青年の遭遇する事件を、その青年がスクリーンに飛び込んでそのまま演じている、という風情。迷い、悩み、泣き、怒る、青年そのものである。この青年の親友、母親もぴたり決まっている。まさに、ナチュラル。これが演技か? 思い返すたび、胸が熱くなる名演であった。

この映画の効用。たとえば、取調官が、容疑者のしゃべってもいないことを勝手に調書にあたかもしゃべったかのように記録していく(絶対に署名しないこと)。拘置所の内部のたこ部屋生活(幅50センチの敷布団で一部屋10人が雑魚寝。トイレは低いついたてひとつ隔て、顔を見られながら行う。。)。裁判では、容疑者(被告)に有利な証拠や証人出廷はことごとく検事、裁判官により棄却される、という恣意的な方向付け審理(たとえば、この映画では、電車で容疑者とされた青年の右隣にいた女性が駅長室に連れ込まれる青年を追いかけ『そのひとはドアに挟まった上着を引き抜こうとしていただけ、痴漢ではありません!』と、叫んでいた。この女性は直後NYKに出かけるが、幸運にも日本に戻ってきたところで、裁判を知り、弁護士側証人として法廷で証言した。しかし、なんと、この証言が検察、裁判官に無視されるのである)。これらの実態が暴露されていく。 本来なら、公共放送など、あるいは監視ビデオなどで取り調べ室の状況はすべて公開されるべきものである(英国などではすでに監視システムが整っており、日本のようなデッチアゲ取調べなど発生しようがないという。次に述べる、オクスフォード大学における試写会後の討論を参照)。

冒頭に引用したサイトによると、周防監督は英国オクスフォード大学での試写会に立ち会っている@2月はじめ。http://www.toho.co.jp/movienews/0702/02soreboku_os.html
ぜひ、この試写会後の、学生や教授からのコメントを読んでほしい。

映画を観た学生から、周防に対し、法学部で講義をしてほしい、と言われている。なぜこういう映画を海外で上映するのか、との質問に対し、周防は、『日本の裁判を変えたいからだ』、と力強く即答し、満員の会場から喝采を浴びたという。周防はこの映画のため約3年を費やして日本の裁判システムを勉強したという。こういう映画人がいる限りまだ希望が持てる。

細かいことを言えば、この映画に、あれこれ難をいうこともできる。ブログ記事にわたしは『蟻の兵隊』の鑑賞記を書いた。昨年5月の記事だ。http://blog.so-net.ne.jp/furuido/2006-05-24 このドキュメントも池谷監督の強いメッセージを伝えている。これを観た観客のなかには、ヤラセである(監督が主役である奥村和一の中国調査に同行していること)などと批判しているが、いったい何をみているのか?といいたい(『蟻の兵隊』をみて、吐き気を催した、という人もいた)。池谷の映画も、周防のこの映画も、映画で何を伝えたいのか、というその先を見るべきなのであり、テクニックなり脚本なりは二の次、であるべき映画なのである。 つまり、映画を見た後と前で、君たち観客にどういう変化が起こったか、ということ。この二つの映画を観て何も感じない人間と、わたしは、何かを語ろうとも思わない。

このブログのテーマである日本の「近代」にひきつけて言えば、こと裁判システムに関する限り日本の警察・検察・裁判の常識は戦前と変わっていないのではないかと思わせる。つまり、前近代的システムが、まかり通っているのではないか、ということだ。

若い小中学生、高校生がこの映画で、現在のシステムに疑問をもてば、将来、警察、検察、弁護士、司法部門に職を得る彼らにより 何かが変わるだろう。 これを監督は期待しているのである。

追記:
全体としてすばらしい映画だが、わたしに違和感があったところを列記しておく。
1 配役は全体的に素晴らしいが、弁護士助手(女性)だけは演技、とくに台詞がぎこちない。学芸会をちょい出たモノ。もっとシッカリ指導すべきだろう。
  脚本もおかしい。女性弁護士が、たとえ経験が浅いといっても、先輩弁護士(役所広司)に対して『痴漢容疑者の弁護などわたしにできません』などというのは現実離れ、とおもわれるがどうなのか?それなら、男を騙した女性の弁護などできるか!という男性弁護士もいそうだが。過去にこの弁護士が痴漢被害を受けたことがあり、それがトラウマとなって、青年容疑者への聞き取りに際して、ふと、表情に出る。。くらいにしないと、白ける。
2 せっかく盛り上がったラストに、つんまらない歌(女声)を入れて台無しにした。去年みた『蟻の兵隊』でも ラストに歌を入れて台無しにしていたし、夏に見た『ニッポン沈没』も歌を入れていて笑ったけど。。歌を入れなきゃ映画でなくなるんかい? 青年に対して最初に示談を薦めたトンデモ弁護士がいたが、この弁護士に、女性弁護士が「なぜそいうことをしたのか」と、怒鳴り込みに行き、そのあと弁護士の弁解シーンで甘いピアノ曲が流れる。 これもつまらない、流れを乱すシーン(音楽)だった。
3 青年が釈放後(母が保釈金=200万円!!だして。。)弁護士(役所)の提案で、現場再現ビデオを撮ることになった。満員電車で、青年のいた位置から、前の女子高生のパンツを触った手を、女子高生のそれを掴んだ手から、瞬時に引き抜けるか(そして青年の左隣(おそらく真犯人)にいた男性乗客からは、瞬時に抜けるかどうか)を実験するため。後ろのドアが邪魔になって、引き抜けない、という結論にしたのだが。。これはあまりに安易な実験であったとおもう。このビデオは裁判所でも上映されたが、検事と裁判官が簡単に無視してしまう(当然のことだ)。無視されてもしょうがない実験だ。 痴漢犯人の弁護には、弁護マニュアルはないのか? 裁判システムもお粗末だが、弁護のインテリジェンシがなさすぎる。これも 周防の訴えたいこと?

配役の問題だが、芸達者な役所広司を検事役にしたほうがよかった。もっと鋭い、ワンランクアップの、弁護士と検事のやりとりをみたかった。


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