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バイロイト音楽祭デビューのパルジファル [PH]

ペーター・ホフマンは、バイロイト音楽祭に1976年、パトリス・シェロー演出、ピエール・ブーレーズ指揮新演出「ニーベルングの指環」は「ワルキューレ」のジークムントと、ヴォルフガング・ワーグナー演出、ホルスト・シュタイン指揮「パルジファル」のパルジファルの二つの役でデビューしました。
ホームページの「探し物リスト」を見て連絡をくださった親切な同好の方のお陰で、1976年の「パルジファル」のNHK-FM放送を聴くことができました。すばらしい演奏で、改めてわくわくしました。
ワーグナー:パルジファル
バイロイト音楽祭1976年7月31日
ホルスト・シュタイン指揮
ヴォルフガング・ワーグナー演出

アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル
グルネマンツ:ハンス・ゾーティン
パルジファル:ペーター・ホフマン
クンドリー:エヴァ・ランドヴァ
クリングゾール:フランツ・マツーラ
ティトゥレル:カール・リッダーブッシュ

聖杯騎士、花の乙女など:
マルティン・エーゲル、ハインツ・ツェドニク
ヘルベルト・シュタインバッハ
ラヘル・ヤカール、イヴォンヌ・ナエフ
ヨーコ・カワハラ、オルトン・ウンケル
これはかつてレーザーディスクで出ていた映像(1981年収録)と同じ演出のものです。
★おまけ(期間限定):ラジオ放送より
2幕、アンフォルタス!

3幕フィナーレ

バイロイト音楽祭デビューのパルジファルについて、伝記から:

 パルジファルでバイロイトに登場したときには、ペーター・ホフマンはすでに三つの異なった演出でこの役の経験を積んでいた。1976 年の春、3週間のうちに、ヴッパータール、ハンブルグ、シュツットガルトの劇場のプレミエで、歌ったので、新聞は彼を「ドイツ連邦パルジファル」と呼んだ。シュツットガルトにおけるゲッツ・フリードリヒとの仕事は、忘れられない経験になった。彼の考えでは、この演出では「愚か者」の成長過程、自然児が、知を得て、同情する力を備えた人間に、そして責任を自覚した王へと成長する過程が繊細な動きを通して、ことさらに浮き彫りにされた。シュツットガルトの演出に対する批評を引用しよう。

 「ホフマンはゲッツ・フリードリヒの演出概念を間違いなく満たしており、演出に合わせた動きと高い集中度は、先輩をしのいでいた。(ハンブルクで同時に全く別の演出のパルジファルを演じたホフマンは、フリードリヒとは少ししか練習できなかっただけになおさら驚かされる。このことは彼の役者としての天分を明らかに証明している)彼は目に見える、正真正銘の若々しいパルジファルだ。その衝動的な、それにもかかわらず、コントロールされていないのではない、とっさの動きにも説得力があった。さらに、歌もまた、若さにあふれ、熟練の域に達していた」

 ペーター・ホフマンは、演出家のヴォルフガング・ワーグナーと気が合った。ヴォルフガング・ワーグナーは、練習のときに歌手がもちこむ意見に対して心を開いてよく耳を傾けた。

 「バイロイトでパルジファルを歌わせてもらえるのは、若いテノールにとって夢が実現することだ。ヴォルフガング・ワーグナーの演出で、共に仕事をするのは喜びだった。最高のチーム、最高の仲間たちだった。

 グレネマンツを歌ったハンス・ゾーティンとは、初対面からよく理解し合えた。最初の練習の前の夕方、私たちは一緒にビールを一杯やっていたが、彼がきいた。『もうパルジファル入門、きいたか』『いや、入門って何』と私は聞き返した。彼は『えっ じゃあ、よくきけよ』と言って、翌日、私が耳にし、体験するであろうことを説明してくれた。

 そして、聞いたとおりのことが起こった。ヴォルフガング・ワーグナーは、機嫌よく、チームに私を紹介した。
『みなさんの新しい仲間のホフマンです。パルジファルを歌います。パルジファルをすでに歌ったことがありますか』

 私は内心いったい何なんだと思った。なぜならば、彼は、私がヴッパータールでもハンブルグでもシュツットガルトでも、順ぐりに、パルジファルを歌って、それで『ドイツ連邦パルジファル』と呼ばれていることを間違いなく知っていたからだ。

 そして、それからが、ほとんどハンス・ゾーティンが予言した言葉どおりの入門となった。
『要するに、無知で、ばかな、純粋の、ドイツのばかな愚か者。彼はそこにただ立っていてびっくりしているのだ。ずっとびっくりしているのだ。それから、白鳥、神聖な動物だ。血、驚愕、それから、うしろから合唱団が登場する・・・そして、いよいよはじまりだ』

 ヴォルフガング・ワーグナーは実務家だった。彼のやり方は、多くの前置きはなしで、練習がはじまるだけに、いっそう活気に満ちていた。彼は各場面を共に演じ、体験して、その考えを実行に移したが、私たち自身の創造性も是非とも一緒に取り込もうとした。私にとって彼との仕事はわくわくするような体験だった。殊に、ヴッパータール、ハンブルグ、シュツットガルトで、6週間の間に3種類の様式の異なる興味深い演出でパルジファルのプレミエを経験した後のバイロイトこそは、まさにクライマックスだった」


バイロイト音楽祭「パルジファル」のラジオ放送
1976年 ホフマン☆
1977年 コロ
1978年 ホフマン☆3幕フィナーレ
1979年 イェルザレム
1980年 イェルザレム
1981年 ユング
1981年 イェルザレム(ビデオ収録)

1982年 ホフマン
1983年 ホフマン
1984年 ホフマン
1988年 イェルザレム
1985年 ホフマン(正規録音PHILIPS)☆
1987年 イェルザレム
1988年 イェルザレム

ペーター・ホフマンのパルジファル、視聴できたものリスト
(2007年6月現在)
1976年 ラジオ放送バイロイト音楽祭ホルスト・シュタイン指揮、ヴォルフガング・ワーグナー演出
1978年 ラジオ放送バイロイト音楽祭ホルスト・シュタイン指揮、ヴォルフガング・ワーグナー演出
1980年 正規スタジオ録音DG  ヘルベルト・フォン・カラヤン
1981年 ラジオ放送ザルツブルグ復活祭音楽祭ヘルベルト・フォン・カラヤン
1982年 ラジオ放送バイロイト音楽祭ジェイムズ・レヴァイン指揮、ゲッツ・フリードリヒ演出
1984年    メトロポリタン歌劇場ジェイムズ・レヴァイン指揮、2幕のみ、リザネク・ガラ
1985年 ラジオ放送バイロイト音楽祭ジェイムズ・レヴァイン指揮、、ゲッツ・フリードリヒ演出(3幕のみ)
1985年 正規ライブ録音PHILIPSバイロイト音楽祭ジェイムズ・レヴァイン指揮、ゲッツ・フリードリヒ演出
1988年 バルセロナ、リセウウーヴェ・ムント指揮


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コメント 2

ななこ

前から思ってることですが、NHKにはこのような音声録音や引っ越し公演の映像などが沢山保管されていますよね。
特別企画で放送或いは放映してもらえないものでしょうか?
P・ホフマン特集~などと銘打って。
思い出のイタリアオペラ公演などの放送で私はデルモナコのオテロなど見ましたが、ああいった形で今もう一度聴けたら、見られたらと切に願っているのですが。
暮れとイースターのバイロイトのFM放送は貴重な記録だと思います。
by ななこ (2007-05-29 08:49) 

euridice

ほんとにそうですね。バイロイトの放送については、一回の放送契約みたいですけど・・ 放送じゃなくてもそろそろ70年代後半以降のものもCDで出てこないものでしょうか。この時代、オープンリールからカセットに変わったころですね。ラジオ録音、特にFMの受信と録音はそう簡単なことではなかったと思います。録音してきちんと保存してくださっている方、凄いと思います。
by euridice (2007-05-29 21:17) 

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