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ルチア・ポップ [オペラ歌手2]

コヴェントガーデンの思い出』というとても興味深いサイトのお陰で、いわゆる相手役とはいえないですが、ルチア・ポップ(ソプラノ、1939.11.12-1993.11.16 現スロヴァキア、旧チェコスロヴァキア→オーストリア)とペーター・ホフマンの舞台での共演がはっきりしたので、「P.ホフマンと共演した女声歌手」に追加です。

ルチア・ポップはインターネット検索情報によると、はじめは映画女優志望。1959年(20歳)から1963年までブラチスラヴァとプラハで声楽を勉強。勉強中にブラチスラヴァ歌劇場に夜の女王(魔笛)でデビュー。直後にオーストリアはウィーンのアン・ディア・ウイーンにバルバリーナ(フィガロの結婚)で出演。大いに注目され、1963年ウィーン国立歌劇場で、オペラ歌手としての成功に繋がるキャリアを開始。癌のために54歳、ミュンヘンで亡くなりました。

 ペーター・ホフマンとルチア・ポップの接点は、ベルナルド・ハイティンク指揮のスタジオ録音「魔笛」、そして、ロンドン、コヴェントガーデンでの「魔弾の射手」がわかっています。後者は、1978年2月末、1977年6月の交通事故による休業からの復帰初仕事でした。

 同じ公演に3月、4月と出演、役はマックス。アガーテはハネローレ・ボーデ(1976年バイロイト音楽祭、シェロー演出ワルキューレのジークリンデ)、アガーテの従姉妹エンヒェンがルチア・ポップ。ペーター・ホフマンはマックス、敵役のカスパーはドナルド・マッキンタイヤー(1976-80年バイロイト音楽祭、シェロー演出のヴォータン)実際に1978年4月にロンドンでこの公演をご覧になった方によれば、とても良い上演で、中でもポップのエンヒェンは声も表情も最高だったということです。関連記事:魔弾の射手P.ホフマンが揉めた演出家

 この公演はゲッツ・フリードリヒ演出で1977年にも出演するはずだったのですが、その時は事故のために出演できず、ルネ・コロが代役を務めたということです。この演出のプレミエ(1977年1月)でのマックスはルネ・コロでした。他の主な配役はプレミエの歌手が続けて出演していたようです。

 このあたりのことを伝記などから引用します。


 六月の十一日に事故に遭いました。翌年二月の終りには、再び舞台に立っていました。『魔弾の射手』でした。ロンドンです。怪我をしたほうの脚は、レバーのついた器具を付けて、きらきら光っていました。(私たちはそれをバックギアと呼んでいたものです)膝を曲げるためには、そのレバーを押さなくてはいけませんでした。・・・ ロンドンから主治医にカードを書きましたが、批評を同封しました。私がもう舞台に立ったなんて、きっと信じられなかったでしょうから」(ペーター・ホフマン)


 バイロイトの二年目のリハーサルが始まる数日前の1977年6月11日、ホフマンの怒濤の如きキャリアは、オートバイの大事故で、突然、そして、ほぼ致命的に、中断された。一台のパトカーが一方通行の道を逆送してきて、彼のオートバイに衝突した。ホフマンは左足に複雑骨折を被った。治療には8ヶ月以上かかり、損傷を治すために10回もの手術を受けた。この事故の時期、つまり<タイミング>がバイロイトデビューの前だったら、はるかに悲劇的だっただろうとホフマンは述べている。が、それでも、試練は長く苦痛なものだった。それ(このきびしい試練)を彼は信じられないほどの意志力と肉体的勇気だけで乗り越えた。後に医者の一人が、彼の奇跡に近い回復は、(人は)自分の限界を極める覚悟があれば、目標を達成できるものだという事実によるところが大きいのだろうと述べた。

 ホフマンはまだ足に器具をつけていて、彼はその器具を後退ギアとからかうように呼んでいたのだが、1978年3月13日、復帰凱旋舞台では、仕事にたいする愛が(事故の)前より強くなっていた。彼はコヴェントガーデンで魔弾の射手を歌ったが、その時は狼谷へ飛び降りるパントマイムの役者が必要だった。彼の舞台は、歌と演技の両方で熱烈な賞賛を勝ち取り、ロンドンの批評家は、彼の舞台復帰をロンドンで迎えることができたのは名誉なことだと述べた。(マリア女史)



 ルチア・ポップがパミーナだったハイティンク指揮の録音で、ホフマンは武装した男を担当しています。これについては、ディスコグラフィへの記載の他には、一言も言及されていないので、録音に参加した経緯は不明です。1981年バイエルン放送交響楽団との録音です。ちょうど同じオーケストラで、バーンスタインと共に「トリスタンとイゾルデ」のコンサート形式公演、録音、映像収録に一年かけて取り組んでいたのと同じ年です。

 ルチア・ポップのパミーナは、同じミュンヘン、バイエルン国立歌劇場の映像でも視聴できます。パパゲーノもこの録音と同じヴォルフガング・ブレンデルです。

R.シュトラウス:ばらの騎士
C.クライバー 指揮 オットー・シェンク演出 バイエルン国立歌劇場1979年
元帥夫人:ギネス・ジョーンズ、オクタヴィアン:ブリギッテ・ファースベンダー、オックス男爵:マンフレート・ユングヴィルト、ゾフィー:ルチア・ポップ、歌手:フランシスコ・アライサ
この映像で、目にも耳にも魅力的なポップのゾフィーが視聴できます。

 以前に話題になりましたが、「数年前に亡くなったルチア・ポップ(S)は彼の夫人でもあった。」と書いた本があります。「彼」とは、ジークフリート・イェルザレム(テノール、1940.04.17-  ドイツ) これはもちろん間違い。なぜそんな間違いをしたのか不思議です。録音など、共演がけっこうあるからでしょうか。再版ではその記述は削除されています。しかし、初版は回収されたわけではありませんから、図書館を含め、世の中に出回っているわけです。

 これに関して、フランス在住のファンの方からコメントがありました。その方によれば、ルチア・ポップは、三回結婚しており、最初が、指揮者ゲオルク・フィッシャー、二度目が、Peter Jonas、最後になった三度目が、テノール歌手、ペーター・ザイフェルト(1954- ドイツ)。二度目の夫は、演奏家ではなく、現在(2005年4月)はバイエルン国立歌劇場の総支配人。ルチア・ポップと結婚のころは、シカゴ響の芸術監督だったと記憶。三人の夫については、ポップの追想記(Ursula Tamussino, "Lucia: Erinnerungen an Lucia Popp")によるので、間違いありません、ということです。

オペラ名歌手201  これがその本ですが、今売られているものは再版でしょう。ジークフリート・イェルザレムの項(執筆者:井辻朱美)ですが、再版はほぼ全面的に書き換えられています。ユーズドは初版の可能性がありますね。
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コメント 12

keyaki

>『コヴェントガーデンの思い出』
素晴しいサイトですね。
ルチア・ポップって、人気がありますよね。ライモンディとも接点があるんですよ。
by keyaki (2006-10-03 07:57) 

ヴァラリン

>>『コヴェントガーデンの思い出』
>素晴しいサイトですね。

ご覧になられた日にちや他の客観的データもきちんと添えて感想をUPしてあるのが嬉しいですよね。裏づけも取れますし…
(参考にしなくちゃだわf(^^;)

それにしても、音だけでも是非聴いてみたいっていうメンバー。また「ホフマンのマックスが聴きたい病^^;」再発かも…

ポップは表情が可愛らしいですよね。パミーナの映像、好きです(^^)
by ヴァラリン (2006-10-03 09:37) 

Orfeo

edcさん、こんにちは。
ポップは、少女時代に実際に映画出演していたようですね。
是非見てみたいものだと思います。
パリ・オペラ座での《フィガロの結婚》でTBを送らせていただきました。
by Orfeo (2006-10-03 16:34) 

euridice

Orfeoさん、TBありがとうございます。こちらからもしました。
>是非見てみたい
ですね^^! オペラの映像でも、やはり女優の雰囲気がありますね。

ヴァラリンさん
>音だけでも是非聴いてみたいっていうメンバー
ほんとに。私も>「ホフマンのマックスが聴きたい病^^;」再発だわ。

keyakiさん
>ライモンディとも接点
やっぱりモーツァルトかしら?
by euridice (2006-10-04 08:19) 

あるべりっひ

euridice さん こんばんは。

昔、ポップは東京で『エヴァ』の実演に接しました。大変チャーミングな『エヴァ』であったと記憶しています。
また、テンシュテットとのR・シュトラウス『最後の4つの歌』のLPジャケットの写真が大好きです。
by あるべりっひ (2006-10-04 22:42) 

euridice

>『エヴァ』
あら、いいですね。とっても可愛いかったことでしょう。あの役はやっぱりほんとに若い娘らしくないといけませんね。さすがにずれずれのは、少なくとも映像ではあまりないように思います。

>LPジャケット
見てみたいです。
by euridice (2006-10-05 10:30) 

あるべりっひ

>LPジャケット
>見てみたいです。
近いうちに何とかします。(今日改めてみてみましたら・・・)テンシュテットの写真にも注目です!!
by あるべりっひ (2006-10-05 23:41) 

euridice

>近いうちに何とかします。
あるべりっひさん、楽しみにしてます^^!
by euridice (2006-10-06 10:14) 

あるべりっひ

>楽しみにしてます^^!
下記アドレスに載せました。
USA盤とEU盤で、テンシュテットのポートレートが違います。彼のこんな笑顔見たことありません。
http://photos.yahoo.co.jp/ph/munrow27/lst?.dir=/36fb&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/
by あるべりっひ (2006-10-07 23:07) 

euridice

あるべりっひさん
さっそくありがとうございます。テンシュテットは名前しか知らないので、あるべりっひさんのような感慨はありませんが、USA盤、ほんとうにいい笑顔ですね。ポップはほっそりときゃしゃな感じで、こんなのは初めてのような気がします。今までに見た映像や写真とはかなり雰囲気が違います。こちらのポップが本当でしょうね。
by euridice (2006-10-07 23:16) 

sinnichi

少女時代の映画は、ドイツのドキュメントのなかでさわりを放送されたことがあります。ビデオに録画して持っていたのですが、今行方不明。実にかわいかった。幸運にもいろいろな役をWIENとミュンヘンで見ることが出来ました。一生の思い出です。
by sinnichi (2008-10-23 20:23) 

euridice

sinnichiさん
コメント、ありがとうございます。

>一生の思い出
すばらしい思い出ですね!
by euridice (2008-10-24 07:43) 

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