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代役 ローエングリン [PH]

歌手の伝記から、ちょっとおもしろいかな? のエピソード 9

1982年、ローエングリン、モスクワ初演に、ハンブルク国立歌劇場のメンバーと一緒に出演しました。

この公演終了直後、急な依頼で、スイスのチューリッヒ歌劇場に出演。「観客の熱狂ときわめて肯定的批評」を得たということです。

「この客演が成功のうちに終わったばかりで、まだモスクワに滞在中のとき、チューリッヒから、明日、ローエングリンが歌えないかという緊急出演依頼の電話が入った。

チューリッヒならいつでも喜んで歌いたかったが、困ったことにひとつだけ問題があった。

モスクワからの飛行機の変更だ。当時のソビエト連邦の方針では、そういうことはきちんと決められていた。実際、ボリション劇場で重要な地位を占めていた人が、チューリッヒに向けて飛ぶことができるように尽力してくれたおかげで、すべてうまくいった。

翌日の午後、かろうじてなんとか間に合う時間にチューリッヒに到着した。みんなすでにひどく興奮していた。『やれやれ、助かりました。ほんとに、お待ちしていました。急いで、急いでください。全て準備してあります』などと私に向って叫んだ。私は、『あわてないでください』と熱心な舞台助手を押しとどめた。『ゆっくりしても同じですよ。舞台に行く前に、まずシャワーを浴びなくては』と言うと、『とんでもないです。観客はもう入っているんですよ』と、ぎょっとした答えが返ってきた。私は、『それでは、ちょっとだけ待たせておいていくださいませんか。なんとかしてください。私はまずシャワーを浴びますから』と言って、譲らなかった。その夜はほとんど眠っていなかったので、舞台に出る前に、少しの時間、せめてシャワーでも浴びて、気分をさわやかにしなくてはならなかった。その後、私は舞台へ急ぎ、ベストを尽くした。」

歌手によれば、「客演の歌手はじめから観客に信用がある。全末梢神経が外へ向うのが気に入っている。加えて、時間の経過の中で自分の役を頻繁に十分に歌うということが安全網を備えて公演に臨むために、私にとって有効である。」のだそうです。そして、代役の歌手というのは、「さびたほうきみたいに歌っても」観客は大喜びで、拍手喝采する、ある意味、気楽にやれるもののようです。歌手も観客として体験があるそうです。

「ワルキューレ」の上演中に、ジークムント役が交替になって、すでに家でテレビのスポーツ番組を見ながら、ちょっとビールを一杯やっていた代役は、カラスのように歌って、まるでカルーゾーがよみがえったかのように、賞賛されたということです。このカラスは、当然、あの黒い鳥のことです。

対して,歌手が不測の事態でキャンセルする側になると、ひどく非難されてしまうというわけです。

「彼はやり遂げることができないのだとか、舞台裏で何かおこったのだ、もう修復不能なことらしいということになる。それからごそごそとひっかきまわされて、どさくさにまぎれて何かが釣り上げられる(正しいことはめったにない)が、この時、運がよければ、やっと『ああ、お気の毒に、本当に病気だったわけですね』という言葉を聞くことができるかもしれない。

かといって、なんとか頑張って、出演したら、したで、自分自身うまくできなくて、意気消沈するだけでなく、批評家に情け容赦ない非難を浴びせられることになるというわけです。

1979年-82年のバイロイト音楽祭、ゲッツ・フリードリヒ演出の「ローエングリン」は、いわば「彼のためにあつらえられた」舞台だったことが、キャンセルがひどく非難された理由なのかもしれません。

「例えば、1979年の最近のバイロイトの『ローエングリン』の公演で、朝目が覚めたら、全然声が出なかった。一晩中窓が開いていて、八月の終りなのに、予期せぬひどい寒さになった。熱い風呂に、首が蟹のように赤くなるまでつかった後は、まだ期待していたが、・・・しかし、声は全く回復しなかった。病気だというのは、非常に心苦しかった。
 このキャンセルが、世間で、あんなに否定的に言われた理由が、私には全然わからない。まず第一に、おそらくは、観客は予定通りの歌手を期待しているという理由だろう。期待が裏切られたのだ。」(ペーター・ホフマン)

この時の代役は、ジークフリート・イェルザレムでした。「歌手としては、キャンセルは相当に心苦しいから、そういう日は、全く単純に祝祭劇場には現れたくないもの」なのに、P.ホフマンは劇場に行って、代役の歌手に「休憩時間の都度、舞台上の立ち位置や演技的動きなどを、自分自身で、積極的に、納得のいくように、はっきりと説明した」のだとか。そういえば、1977年6月の交通事故後、その年のバイロイト音楽祭でも、病院からでかけては、リハーサルには、参加していたようです。

関連記事:知らない舞台で - 客演も仕事のうち
    舞台のハプニング いきなりの客演とは・・・ 
    p.ホフマンのローエングリン:写真


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SomethingPrecious

 10年以上前から毎年のようにサイトウ・キネンに出掛けていたのですが、今年はどうしても都合が悪くてチケットを誰かに譲らねばならなくなりました。そこで代わりに行って頂く人を誘うにあたってよくよくプログラム等確認したら、何と指揮が小澤征爾じゃ無かったんです。これは困りました。やはり音楽は演目と演奏者とのセットで買いますし、この二つのどちらを優先するかと言えば演奏者で買うでしょう。タイトルロールが代役になったらやっぱりブーイングでしょうね。
サイトウキネンと言えば目を輝かせる人も、小澤でないと聞いた途端に興味を失うのには参りました。
by SomethingPrecious (2005-09-13 04:11) 

euridice

きまぐれな人魚さん
「麻呂」と呼ばれるのがぴったりって感じのネコさんですね^^!
うちのも上向いて寝るのが大好きですけど、こういう格好、可愛いですね。お手ての感じが、気持ち良さそう・・・
by euridice (2005-09-13 07:42) 

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