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牢屋の石の壁は・・? ドン・フロレスタン@フィデリオ [PH]

ペーター・ホフマンがベートーベン唯一のオペラ「フィデリオ」に初出演したのは、キャリアのごく初期、リューベック歌劇場専属時代(1972-74)でした。すでに魔笛のタミーノで客演したルートヴィッヒブルク音楽祭の総監督から、翌年直接依頼があったものです。役は題名役レオノーレ=フィデリオ(S)の、ひそかに投獄されて行方不明の夫、フロレスタン(T)です。演出が印象的で、フロレスタンは地下牢ではなくて、巨大な十字架が鎖でくくり付けられたベルリンの壁を表すような有刺鉄線付きの壁の前にいたそうです。短い準備期間にもかかわらず、万事きわめて順調で、すばらしいフロレスタン・デビューだったそうです。写真は1980年ハンブルクでのフロレスタンそして、このフロレスタン役は、ペーター・ホフマンの役のひとつとなり、各地の劇場にこの役でも頻繁に出演しました。1979年にシカゴでの演奏会形式と関連したスタジオ録音(ショルティ指揮)が残っています。慢性気管支炎に悩まされ、コンサートも録音も絶好調とは言えなかったというのは、ちょっと残念です。人生ままならないものです。

この時は、気管支炎だけでなく、ハンブルクからシカゴへという激しい気候の変化のせいもあって、完全に病気になって、数日はひたすら寝ていたような有様。なんとか回復したけれど、コンサートの最中、フロレスタンの地下牢のアリアの二番目の「Himmlische Reich 天上の王国」で、いけなくなり、『想像もできないほどのもの凄いショック!!』舞台なら、倒れるとかなんとかごまかせるけど、照明煌々、燕尾服を着て、前には楽譜立て、後ろにはオーケストラでは、入る穴はないわけです。後でレオーノレのベーレンスが「私たちは、あのときあなたがどんなにつらかったか、気がついていたわ。でも、コンサートは成功だった」と慰めてくれたそうです。ホフマンとしては、ただただ逃げ出したい気分。指揮者のショルティはすぐに対応して、オーケストラを大いに煽ったので、観客は、それにしても、彼はなんと弱く歌っていることか、と思ったようです。その時、彼はそもそも歌っていなかったわけで、完璧に意気消沈、消えてしまいたかったそうです。

1984年2月10日に新演出初日を迎えた、ベルリン・ドイツ・オペラでの、ジャン・ピエール・ポネルの印象的な演出、ダニエル・バレンボイム指揮による『フィデリオ』は、きわめて珍しいことに、評論家が全員一致の肯定的な批評をするほどの、最高の大成功! よく見ても最初はだれだかわからなかったほどの濃い化粧のフロレスタン、ペーター・ホフマンは、不可能なことを成し遂げたに等しいほどの上出来、透明感のある表現力に富んだ声で歌いながら、それにもかかわらず、地下牢に一人寂しく、飢えて、死を間近にした人が、横たわっていることを、納得させたと評されます。この『フィデリオ』については、オペラの初日などいつもは言及する価値はないと考えている大衆紙までが、熱狂的に書きたてたそうです。1984年ベルリン・ドイツ・オペラの写真、レオノーレはカタリーナ・リゲンツァ

ところで、ペーター・ホフマンは、オペラ「フィデリオ」とフロレスタン役を次のようにとらえているということです。
『レコードの仕事の開始にあたって、歌手はその時々の役に対する考えを言葉で表現すように求められる。この役は頻繁に様々な演出で歌ったが、私の考えは変わらなかった。
 私の考えでは、フロレスタンは受動的な英雄だ。彼は行動のあらゆる可能性と、その結果、生きるに値する生活の全てを奪われている。彼には、考える自由だけが残されている。これによって、慰めを見い出せると信じている。飢えと渇きに加えて肉体の衰弱が彼に激しい妄想をもたらす。彼はレオノーレが見えたと思い、失神することによって解放される。
 かろうじて生きているだけで、『影のように漂う』男に対して、休息をとった健康な歌手に全力を出し切ることを要求する、あのようなアリアを作曲するベートーベンは本当に耳が聞こえなかったに違いないと、歌手として、思うことがある。もしくは、あのアリアの終わりに、テノールが本当に疲れ果ててへとへとになれば、つまりそれが、たいていの場合、自分の意図を達成することになると、ベートーベンは思ったのかもしれない。
 生き延びようとする強い意志は、歌手としてにしろ、役者としてにしろ、少なくともどのフロレスタンにとっても最大の美徳であるとするべきだ。
 彼をして2年にわたる耐えがたい牢獄生活を生き延びさせたものは何だったのだろう。それは身の潔白を明らかにすることに対する希望であり、それはまた、政治的信念の故に牢獄にある者と犯罪者の違いを発見することでもあると思う。このテーマは疲れるだろうし、私たちの時代にこのオペラのような夫婦愛は感動をよばないかもしれないが、政治犯が存在し、『邪悪な臣下を急ぎ排除しようとする』国家がある限り、このオペラがある限り、フロレスタンという役は、今日的であるし、このオペラは生き残ると思う
Beethoven: Fidelio


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ふくろう

ホフマンが歌っている「フィデリオ」は、
ショルティ指揮のでありますね!
時々引っ張り出しては聴いています。
by ふくろう (2005-06-04 11:48) 

keyaki

オペラの出て来て「ビックリ、がっかり、ガックリ」は、サロメのヨカナーンの専売特許かとおもってましたが、フロレスタンもそうでした。どんなのが出て来るか期待している時間が長いぶん罪が重いですよね。
ホフマンの美しい容姿に汚れメイクのフロレスタンでしたら、感情移入も容易にできますね。

帰りに耳にした会話、「オペラは、声重視だから・・・」オペラのイメージはそんなもんなんですね。両方兼ね備えた歌手もいっぱいいいるのに、どうして、こういう発言するのでしょうか。
「今日のフロレスタン、歌はよかったけど、ちょっとプヨプヨ過ぎじゃない・・・」というのが正しいと思うのですけど。
by keyaki (2005-06-04 14:42) 

euridice

>ホフマンが歌っている「フィデリオ」は、ショルティ指揮のでありますね!
ふくろうさんも聴いていらっしゃるんですね ^o^ )/
私はもっぱらこれです。もうひとつ
ベーム指揮 バイエ ルン国立歌劇場 1978  ライブ を持ってますけど・・

>出て来て「ビックリ、がっかり、ガックリ」
映像はいくつも観ましたけど、
同情心を刺激してくれるようなフロレスタンに
お目にかかったことはまだないですーー;
by euridice (2005-06-09 09:51) 

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