SSブログ

吉村昭 大本営の震えた日 [日記(2008)]


大本営が震えた日 (新潮文庫)

大本営が震えた日 (新潮文庫)

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1981/11
  • メディア: 文庫


 本書は、真珠湾奇襲とそれに呼応したマレー半島上陸作戦をはじめとする太平洋戦争開戦前夜のエピソードを集めたものです。いずれも昭和16年11月上旬から12月8日迄の短期間を扱い、戦争というものの諸相をひとこまひとこま切り取ってみせてくれます。

●上海号に乗っていたもの 他
 太平洋戦争開戦前夜の昭和16年12月1日、台北を広東へ向かって飛び立った中華航空DC3型機が行方を断ちます。この知らせを聞いて『大本営が震えた』わけです。何故かというと、DC3型機には、作戦命令書を携えた将校が乗っていました。12月8日の真珠湾奇襲を控えた12月1日の事件です。米英蘭との開戦不可避の状況下で、日本帝国は先制攻撃あるのみと考え、真珠湾奇襲と南方侵攻の作戦を立てていました。英国と開戦することとなる香港攻略と南方作戦の概要を記したこの作戦命令書がDC3型機とともに行方不明となり、敵地に墜落した可能性が出てきたわけです。作戦命令書は何と平文で書かれたもので暗号化されていません(当時はこうだったんですね、信じられませんが)。これが敵の手に渡れば、マレー半島上陸作戦、真珠湾奇襲作戦の時期が明らかとなり、緒戦での勝利はおぼつかなくなります。『大本営が震えた』わけです。

 12月1日というと、エトロフ島単冠(ヒトカップ)湾に集結した真珠湾奇襲艦隊(出航は11月26日)は既にハワイまでの航海の途上にあったようで、最早引き返せないところまで来ていた時期でした。

 この作戦命令書をめぐって日中の軍部、工作員が暗躍し、やがて3名の生存者の存在が明らかになります。加えて、DC3型機には中野学校出身者が身分を隠して同乗しており、偽中国紙幣が搭載されているに至ってはこれはもう冒険小説の世界です。しかし、吉村昭が書くと冒険小説とならず、記録文学となるのです。作戦命令書はどうなったのか?真珠湾奇襲作戦もマレー半島上陸作戦も成功したわけですから・・・。

●イギリス司令部一電文の衝撃
 ソビエトの無線通信の途絶(作戦開始前には、敵に動きを悟られない為に一時的に無線を封鎖するが、この途絶の実状はデリンジャー現象による無線の不通)や英軍の外出禁止令の通達、ハワイ米軍と本土の交信など無線傍受による情報に、大本営は米英蘭軍の動向を息をひそめて見守っています。イギリス将校達のホテル予約の電文に一息つき、一斉取り消しの電文に緊張の走る大本営の逸話など、開戦前夜の情報戦の緊迫した模様が伝わってきます。今日、戦闘は通信衛星などの高度なITに支えられてTVゲームの様相を呈しています。太平洋戦争当時はレーダーも未発達で、偵察といえば飛行機や工作員、通信は無線であり、戦闘は将校、兵士の能力と「偶然」に負っていたようです。そこに生まれるドラマも多彩で、人間的であったと思われます。

●郵船「竜田丸」の非常航海
●南方派遣作戦の前夜
●開戦前夜の隠密船団
●宣戦布告前日の戦闘開始
●タイ進駐の賭け
●ピブン首相の失踪
●失敗した辻参謀の謀略
●北辺の隠密艦隊
●真珠湾情報蒐集
●「新高山登レ一二〇八」
●これは演習ではない

吉村昭の小説には、物語性の強いものと記録性の強いものがあります。前者の代表作が『ふぉん・しいほるとの娘』や『長英逃亡』、後者の代表作が『戦艦武蔵』『零式戦闘機』や本書でしょう。第二次世界大戦ものはだいたい後者に属します。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1