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村上春樹 約束された場所で [日記(2008)]


約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 文芸春秋
  • 発売日: 2001/07
  • メディア: 文庫


 地下鉄サリン事件の被害者をインタビューした『アフター・ダーク』と対をなし、オウム真理教信者をインタビューしたものです。『アフター・ダーク』は未だ読んでいませんが、作者にはめずらしい作品です。前書きで、『私がここで提出したいと思っているのは・・・明確な一つの視座ではなく、明確な多くの視座を作り出すのに必要な血肉のある材料(マテリアル)である。』と述べているように、8人のオウム信者へのインタビューです。事実を作者のいうマテリアルとして提出し、後は読者が考えろ、みたいなものです。
 一連のインタビューで、作者はオウム真理教が何であったかは一切語っていません。巻末に河合隼雄との対談が2編収められていて、作者が何を感じ如何考えたのかがわずかに顔をのぞかせます。
 面白いのは、『自分の存在の奥底のような部分に降りていくという意味で』著者が小説を書く行為と宗教的行為を重ねていることです。この同類項とでも云うべきオウム信者達が事件を起こし悪の教団となったことに切り込んだのが、河合隼雄との対談『「悪」を抱えて生きる』でしょうか。

『悪というのは人間というシステムの切り離せない一部として存在する・・・それは独立したものでもないし、交換したり、それだけつぶしたりできるものでもない。というか、それは、場合によって悪になったり善になったりするものではないかという気さえするんです。つまり、こっちから光を当てたらその影が悪になり、そっちから光を当てたらその影が善になるというような。』

この物事を相対的に捉えようとする視座は好きです。むしろ、こうしたスタンスを持たない作家は信用できない気がします。
 また、『あとがき』でオウム真理教と『満州』の相似を指摘しています。両方とも、高い理想を掲げ多くの若い優秀な人材を集めたが、どちらも潰えさったわけです。オウムの自壊と日本帝国とともに倒れた満州を比較するのは、私としてはちょっと?ですが、満州には、『正しく立体的な歴史認識』と『言葉と行為の同一性』が欠落し、オウムには『広い世界観の欠如』とそこから派生する『言葉と行為の乖離』をその崩壊の要因と指摘します。この『立体的な歴史認識』と『広い世界観』は人間の存在の表裏を善と悪で捉える複眼と同じ位相だと思います。平たく云えば、理想が勝って健全な常識が曇ったことによる蹉跌と云ってはどうでしょうか。

 対談の相手である河合隼雄という人も面白いです。
『(オウムは煩悩を否定し解脱を解くが)煩悩があって消耗しないことには宗教にならないんです。煩悩を捨てたら、そんな人はもう仏様になっとるんやから。・・・僕らは神や仏やないからね。だから煩悩というのはもうないと思うてもまだあるというような・・・親鸞がそうでしょう。(オウムの)人は、煩悩を抱きしめていく力がちょっと少ないんです。・・・違う方から光を当てれば
我々凡人よりは純粋だとか、ものをよく考えているとかいうふうには言えます。・・・それはやっぱり危険なことなんです。この人たちがみんな仏の国に行っておられれば、それはそれでいいんだけど、この世に出ておられるかぎりにおいては、それはなかなか大変ですは。だから人間としてこの世に生きている限り、煩悩から自由になることはやっぱりほとんどできないんじゃないかと、僕は思いますけれどね。』
 おそるべし、河合隼雄。この辺りの呼吸は、本書の90%の紙数を費やした8人のオウム信者へのインタビューがあって初めて生きてくる対談です。

 唐突に、若松孝二が撮った『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を思い出しました。若松孝二は自分が時代と共にかかわった連合赤軍事件に、37年経って『おとしまえ』をつけたようです。2032年頃に、オウム真理教に『おとしまえ』をつけることができるのかどうか。
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コメント 2

おざきはじめ

僕も読んでいて「悪というのは人間というシステムの切り離せない一部として存在する」には素直に頷きました。この言葉にnice!です。
善と悪が混在する中で生きているのが私たち人間の存在なんじゃないかと思います。
by おざきはじめ (2008-04-29 04:27) 

住人

 私もそう思います。善と悪はコインの両面の様なものでしょうね。善悪が相対的にしか存在しない世界で、一方が一方を悪と決めつけることが一番怖いと思います。
by 住人 (2008-04-29 11:57) 

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