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高村薫 神の火 新潮文庫 [日記(2006)]

神の火〈上〉

神の火〈上〉

  • 作者: 高村 薫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1995/03
  • メディア: 文庫

 プロメテウスが天上から盗みだした「神の火」とは、物語では「原子の火」を指す。主人公は、ロシア人神父との不義密通の出生を負う碧い目を持つ元原研技術者。20年に渡って「神の火」の情報を<<東>>に流し続けたこの元原子力技術者に、幼なじみのヤクザ?、ロシア人の若者がからみ、原発のテロ計画の秘密文書を巡ってロシア大使館書記官(KGB)、CIA、さらに<<北>>まで登場し、誰が敵で誰が味方か分からない争奪戦が展開される。単なるスパイ活劇小説ではなく、暴力と策謀と裏切りがストイックに語られる作者好みのエスピオナージに仕上がっている。  この辺りは「リヴィエラを撃て」と同様であるが、舞台が日本それも大阪であるためか、情景描写や登場人物の造形に作者の「優しさ」があふれている。主公の職場である「科学関係専門書輸入会社」の描写は作者の愛情が注がれている。十三(ジュソウと読む、大阪の下町)の中華料理屋「王府」の野菜炒めと餃子は、読んでいるだけで食べたくなる。書籍輸入会社の社長、女性事務員、原研の技術者「ベティーちゃん」など脇役にも同様の眼差しが注がれており、主人公達を取り巻く非情の世界を際立たせる。この非情の世界が原発テロでクライマックスを向かえるのだが、何故この元原研技術者が東に情報を流すスパイとなったかは最後まで明らかにされず、身を捨ててまで原発テロに走らねばならなかったかも説得力に欠ける。「心の空洞を埋める」ため、その空洞はおぼろげに想像できても、空洞を生んだ根源については、説明不足のような気がする。人間が天上界から盗んだ「原子の火」=原発の原子炉蓋を開ける行為、暗喩であるにしても。  「李おう」の李おう、「リヴィエラを撃て」のジャック・モーガンと同じポジションで、本書でもロシア人の若者「良」が登場する。良への主人公達の異様な執着も他の高村作品同様であり「またか」の思いがする。が、そうした不満を圧倒する謀略、暴力、哀惜の描写と堅牢な構成で最後まで飽きさせない。  「李おう」における拳銃・旋盤など「機械」への偏愛は、「神の火」にも濃厚である。船のエンジンや艤装のなめる様な描写、パソコン・電子機器を使ったハッキング、まるでマニュアルであるかの様な写真現像方法。これは細部を正確に描写する作者の意図を越えて、高村薫の生な姿を見る思いがする。これもまた本書の魅力のひとつである。 「リヴィエラを撃て」より面白い →☆☆☆☆★


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