さらば、長井ちゃん。 [日記]
2007年10月8日(月)午前10時半。
雨の青山葬儀場へ行く。
ミャンマーから無言の帰国をした長井健司さんに逢うために。
僕と長井さんは24年前に出逢い、しばらく同じ会社で仕事をしていた。
彼は僕より6歳も年上だったけれど、同じ会社に同じタイミングで採用され、名前が一緒で、
出身も一緒だったので、僕は親しみを込めて「長井ちゃん」と呼ばせてもらっていた。
別々に仕事をするようになって、何度かテレビ局ですれ違った。
「長井ちゃん!」
声をかけると彼は柔らかいトーンで「おーーっ、元気ぃ?」と聞いた。
でも僕たちは短い立ち話をして別れるばかり。
同じ業界にいるからいつでも逢える、という気持ちがどこかにあった。
最期に逢ったのは確か麹町の日本テレビの玄関口。
久しぶりに逢ったその髪には白いモノが増え、思わず僕は「長井さん」と呼んだ。
「おーーっ、久しぶりぃ」
声のトーンだけが変わることなく。
今年始め。
僕も関わっているニュース番組の中で僕は長井さんの声を聞いた。
じっと見ていたら、そこに長井さんの姿が映った。
「長井ちゃんだ」
すっかりオヤジになった。
でも彼の取材した特集企画はパワフルで面白かった。
「そうか、同じ番組に関わってたんだ」
僕は近々長井さんに逢える気がした。
そして昨日。
僕は久々に長井さんと逢った。
彼は棺の中にいたけれど。
穏やかな笑顔の記憶しかなかった僕に、彼の表情はあまりに意外だった。
口を真一文字に結んだ顔。
長井さんは憮然としていた。
笑ってなどいられない。本当は眠ってなどいられないのだ。
「さぞかし無念だったろうな、長井ちゃん」
そう思いながら僕は手を合わせた。
長井さんは生前、よくこう言っていたという。
「誰も行かないなら、誰かが行って伝えなければならない」
ジャーナリストとしての使命。そして人としての正義感。
この二つが長井さんを突き動かしていたのだろう。
でも、僕は心の底からこう思った。
「そんなことより、世界中から紛争がなくなればいい」
昨日は雨だったね。
よく言われることだけど、それは世界平和を願うすべての人たちの涙だったと思うよ。
「さらば、長井ちゃん。今はここで別れて、再びまた逢おう」
ほんとうに、なんと言葉をかけていいのかわかりません。
わたしも世界中からあらゆる紛争が無くなってくれることを
心から願います。
長井健司さんのご冥福を心からお祈りいたします。
by coco030705 (2007-10-09 18:05)
お知り合いだったのですね。
ついさっきまで、遠くの出来事のように思えたのですが、
こうして人と人の縁がつながっていくと、とても身近な、
とても大きな出来事に思えてきます。
ご冥福をお祈りします。
by (2007-10-09 21:09)
私の夫もジャーナリストのはしくれ。
こんなことがあるかもしれないとは
日ごろから覚悟しております。
by ecco (2007-10-09 21:16)
永井さんの魂に、nice ! を贈ります。
テレビでこの時の映像を見るたびに、非常な怒りを感じていました。
ご高齢のお母様が、心情を問われ「早く会いたい・・」と一言っておられたのが、胸に刺さりました。
by Sho (2007-10-09 22:31)
なんともいえない。
ミャンマーといっているのは日本だけだとか。
ビルマは永遠にビルマのままだ。
ミャンマーという国自体がその国を象徴している。
軍事政権が何かを生み出したためしはないと思う。
圧力で国は救えない。
最後の取材が戻ってくることを待っています。
いつになろうとも。
真実を見たい。
by **feeling** (2007-10-09 22:39)
最後のお顔は、憮然としていらしたのですね...。
誰かがしないといけないことを、してくださっていたことに感謝したいです。
一連の報道を見ていて、世界のいろいろな現実を私たちに伝えてくれる人がいるように、そういうことに身をささげてくれている人のことももっと私たちは知るべきだと思いました。
by satoco (2007-10-09 23:36)
長井さんのような方達がいないと知ることが出来ないことって
たくさんありますよね。 うちは仕事ではないですが、家族が
海外で亡くなり私が連れて帰ってきたことがあるので、帰ってくるまでの
ご家族の気持ち、今の気持ちが同じでないにしても自分なりに
わかりせつないです。 長井さんに敬意とご冥福をお祈りいたします。
by PEEWEE (2007-10-10 00:10)
今日、麹町の日本テレビの玄関前にいました。
そして、この記事を読んで、あそこでkenさんと長井さんが会って、
久しぶりの出会いをしたのかと思うと、胸が痛くなりました。
長井さんのご冥福をお祈りいたします。
そして、世界中の平和を祈ります。
by ミック (2007-10-10 01:03)
ジャーナリズムとは何だろう。人類の愚かさの最前線にいた長井さん。その最期の場面を繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し放送し、「我が局が入手した映像が世界を揺るがした」的な報道を平然と行うテレビ局。どんな死も見せ物としてしか扱えなくなっている『報道』の実態と、その中で自分の考える真実を追究しようとするジャーナリスト。今回の事件でまたもや『本質を見極める目』をワタシたちは持っているか、が試されているように感じました。そこで起こっている事は一つでも、真実は一つではない。受け取った一人一人が重要な根幹を握りしめられるか。より多くの人間が、物事の根幹に近付く事でしか、もはや長井さんの命に報いる方法はないのかもしれません。
kenさん、ご愁傷様でした。長井さんのご冥福をお祈り申し上げます。
by tomoart (2007-10-10 01:47)
>coco030705さん
なくならないことは分かっていてもそう願わずにはいられません。
nice!ありがとうございます。
>ERUNさん
一報を聞いたときは僕も他人事であって欲しいと思いましたが
報道に関わるすべての人間にとって他人事ではありませんでした。
>eccoさん
覚悟、しておくべきですね。僕も含めて。
nice!ありがとうございます。
>Shoさん
遺骨を手に今治へ帰っていくお母さんの穏やかな表情が印象的でした。
nice!ありがとうございます。
>keiko_keikoさん
彼を撃った人間が一日も早く拘束できることを祈っています。
>satocoさん
ショックでした。彼の表情。
永遠に僕の記憶から消えることは無いと思います。
nice!ありがとうございます。
>tomoartさん
報道の実態はそういうものではありません。
どちらかというと「弔い」の意識の方が強いです。
仲間を見世物にする報道マンは一人としていないと思います。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-10 21:07)
おお、何たる!
長井さんが知り合いの知り合いになりました!
心からご冥福をお祈りもうしあげます。
by (2007-10-11 20:56)
ありがとうございます。
by ken (2007-10-11 23:52)
コメントが実に難しいです。
近年もっとも衝撃な映像でした。
もっと日本人が意識しなくてはいけない事を
教えてくれる
報道関係の方々は
本当に凄いと思っています。
by SIDE:Car (2007-10-12 00:34)
人が一人殺される瞬間の映像でしたし、それがましてや僕の知人でしたから、
僕にとっては「衝撃」のレベルを超えていました。
また、長井ちゃんは「ジャーナリストの鑑」ではありましたが、
“通信社の契約社員”という彼のポジションが、
今の日本の報道のスタンスを明らかにしたと思います。
日本のメディアの「保身」を思うと複雑な事件でした。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-10-12 14:35)
大変ご無沙汰してしまってるうえに、古い記事に「nice!」とコメントをつけてしまって、すみません。
まだ私の事、覚えていらっしゃるかどうかも不安なのですが(苦笑)。
この記事を本日拝読し、いても経ってもいられなくて、コメントを残す決意をしました。
語学学校在学中、何度か時事問題を取り上げるために、あちこちの海外Newsを探す課題があり。
BBCやCNNなどで、長井さんの事をネットなどで報道していました。
長井さんが沿道にカメラをは離さず横たわる姿が、強烈に印象に残り、命尽きてもなお、目の前に起きている「事実」を強く訴えているかのように見え、授業内でも、先生にたびたびこのニュースに対して議題を提案してみたりして見ました。
そして、海の向こうから、長井さんのご冥福をお祈りさせていただきました。
お知り合いの方だったんですね。
海外のNEWSと日本のNEWSを見比べると、ある部分ではとても似ていて、ある部分ではまったく違う厳しい側面を持ってる部分が、面白く思えました。
あと、遅ればせながら、ご結婚、おめでとうございます!
末長くお幸せに!
長文、失礼しました。
by まるこ (2007-12-24 12:19)
いだえりさん、おかえりなさい。
もちろん覚えてましたw
海外と日本の報道の在り方は、確かにいろんな面で違うと思います。
そんなところもいだえりさんのブログに書いてもらえると嬉しいです。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-12-24 13:54)