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太陽 [2006年 レビュー]

太陽」(2005年・ロシア/イタリア/フランス/スイス) 監督:アレクサンドル・ソクーロフ

 ロシア人が撮った昭和天皇の映画。
 「外国人に日本語を習うような感じだろうか?」 などと考えながら銀座シネパトスへ足を運ぶ。
 行ってみて驚いたが、晴海通りに背を向けて建つこのビルの、劇場へと続く階段下の通路には強烈な“昭和の臭気”が漂っていた。スナック、喫茶店、アダルトショップが居並ぶこの雰囲気を語るには「取り残された」という言葉がまさに正しく、「太陽」を観るに相応しい環境だなと思った。

 ところがいざ始まってみると、“この作品の何を観るべきなのか”視点を定めるのに苦労する。
 ただ漠然と観てしまうとこれは「イッセー尾形の舞台」である。
 イッセー尾形が役者生命を賭けて挑んだ「ヒロヒト」という名の芝居。
 もちろんそれではダメだと自分自身に言い聞かせてスクリーンに集中するものの、それでも僕はあるワンシーンを除いて、“昭和天皇を演じるイッセー尾形”にしか目が行かなかった。
 それはなぜか。
 僕たちは「誰かが演じる“昭和天皇のプライヴェート”を観たことがないから」だと思う。
 だから好むと好まざるにかかわらず、イッセー尾形の一挙手一投足に注目してしまう。
 映画に入り込めなかった僕はソクーロフ監督のメッセージが飲み込めなかった。
 きっと僕と同じ思いの人がいると思う。だからもう一度観ようとする人もいるだろう。でも僕はもう一度観るより前に、この映画のパンフレットを購入することを勧める。と言うのも、このパンフレットには珍しいことに本編のシナリオが採録されているからだ。
 シナリオを読む面白さは、自分なりのベストな映像とキャスティングでドラマをイメージ出来るところにあるが、「太陽」の場合も“イッセー尾形”を“ホンモノの昭和天皇”にすり替えることで、自分だけの完璧な「太陽」を完成させることが出来る。
 セリフのウエイトが重く演劇的要素の強い作品だけに、このシナリオだけは読んだほうがいい。ただしいくつか抜け落ちた重要なセリフなどあって、それでいて1,000円もするのはちょっと高いけれど(笑)。

 パンフレットの冒頭には監督のこんな言葉が記されている。
 『彼は、あらゆる屈辱を受け入れ、苦々しい治療薬をすべて飲み込むことを選んだのだ』
 頂点に立つ者にしか分からぬ悩み。それは国の行く先を決める究極の判断。
 上映前。僕は映画に対する期待感を膨らませた。
 
 この映画にはまず「神であることの苦痛」が描かれていた。
 もっとも象徴的なシーンは皇后(桃井かおり)とのシーンだが、この描写には正直とても感動をした。もちろん昭和天皇のプライヴェートについては大いなるフィクションだが、唯一このシーンでだけ僕はイッセー尾形を媒体にして昭和天皇の姿を見た。
 しかし僕が最も期待を寄せた「人間としての苦渋」の描写には不満が残る。
 例えば軍首脳との御前会議のシーン。
 すでに本土決戦を視野に入れた軍首脳たちと、「降伏」の二文字を選択肢に入れた昭和天皇との温度差は、昭和天皇が侍従長に愚痴を言うなどのシーンを入れても、もっと分かりやすく描いて欲しかった。
 もうひとつ、どうしても入れて欲しかったのは「人間宣言」録音にまつわるシークエンス。
 本編ではあまりに唐突に扱われていて(それが効果的だと言われればそれまでだが)残念。こここそ「人間としての苦渋」を表現する最大の見せ場ではなかったか。

 とまれ、いくつか些細な不満はあるものの、このような映画が作られ無事日本でも公開されたことに対しては関係各所に敬意を払うべきだろう。タブーに挑戦することがいかにリスキーなことかを知れば、「太陽」が日本で公開されるということはひとつの「事件」と呼んでもいい出来事だからだ。もちろんそんなこと海外のメディア以外、どこでも取り上げないのだけど。

      
                    【SMENA8M F5.6 SS15】

太陽

太陽

  • 出版社/メーカー: クロックワークス
  • 発売日: 2007/03/23
  • メディア: DVD

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コメント 14

きりきりととと

おお、見ましたか。
そうですか、そうですか、うーん。
痛いところをついてきます、流石です。
by きりきりととと (2006-09-02 18:15) 

ken

書き損ねましたが、銀座シネパトスはひどい映画館ですね。
地下を電車が走るたびに、ゴー!と音がするんですから。
あんまりと言えばあんまりです(笑)。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-09-02 18:31) 

ecco

私もこの映画は気にしていました。
内容としてはどうか今の段階でなにも言えませんが
菊のタブーがここまで軟化していることは
みのがせないことではないかと
それだけでも評価していいのかななんて思ってます。
by ecco (2006-09-02 22:40) 

ken

日本の資本が全く入らなかったのは、タブーを犯すハイリスクを嫌ったことと
宮内庁からのクレームを受けたくないという側面もあったことでしょう。
だからこの映画が日本で公開されたからといって、「菊のタブー」が軟化した
とは言えないような気がしますね。ぜひご覧になって下さい。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-09-03 01:32) 

Sho

kenさんの記事を読み、この映画に非常に興味を持ちました。
そして「銀座シネパトス」なる映画館にも、勝るとも劣らない興味をもちました・・行ってみたい・・
by Sho (2006-09-03 08:34) 

瑠璃子

私もいってきました。
ちなみにこのシネパトスで「アイランド」を見た私です。
うまいんだけどなんで印象に残りづらいのかなと思っていたりします。
昭和天皇のプライヴェートなんて誰も見たことないしなあ。なんて。
by 瑠璃子 (2006-09-03 11:23) 

魚河岸おじさん

見に行くかとても迷っている作品です
その一つの要因が「シネパトス」に行くことでもあるんですが・・・
by 魚河岸おじさん (2006-09-03 13:57) 

ken

>Shoさん
 いま思うと地下鉄の騒音は、防空壕に響く空襲の音、と思えなくもないです。
 いいSEだったと思うようにしよう(笑)。

>瑠璃子さん
 シネパトスで「アイランド」とはすごいですねえ。
 しかし「太陽」が印象に残らない理由はなんでしょうか?
 瑠璃子さんの分析、興味があります。あとで行きますワ。
 nice!ありがとうございます。

>魚河岸おじさん
 ま、DVDで観ても何の問題もありません。
 ただ劇場に並ぶ客がちょっとフツーじゃないのは見ておいてもいいかも
 知れませんよ。
by ken (2006-09-03 19:38) 

コザック

こんばんは。ご無沙汰しております。
私も同じようなことを思いました。「人間宣言」の場面をもう少し具体的に描いて欲しかったですね。日本人だからか昭和天皇を描かれるのを観るの慣れてないですからね。人間性もそうですが、史実の裏側をもう少し見せて欲しかった。
でも、この配役はイッセー尾形で大正解のような気がします。彼でなかったらもっと重苦しい作品になっていたでしょうね。
by コザック (2006-09-24 16:14) 

ken

イッセー尾形さん以外で、この役を出来る人がいるんだろうか?と思います。
仮にいたとしても、彼以外引き受けない仕事だろうなとも思いました。
また、この映画に関して一切ノーコメントを貫いている尾形さんの心中も
かなりドラマティックな気がします。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-09-24 23:05) 

ange

すごい臨場感のありそうな映画館でご覧になったのですね(笑)
上映館少なそうですね。
普段、韓国映画がメインな近場のミニシアターで観たのですが、
こういうのもちゃんと上映してくれるので感謝です。
ソクーロフ監督のメッセージ等、パンフレットも読んでみたいと思います。
全く内容のない拙文ですがTBさせてくださいね。
by ange (2006-10-14 23:52) 

ken

自宅の近くにミニシアターがあるのってうらやましいです。
「太陽」は上映館が少なかったおかげで、ロングラン上映になってますね。
パンフは必読です(笑)。
by ken (2006-10-15 00:07) 

コメント&トラックバックありがとうございます。
すみません!
トラックバックの一つ間違えてしまいました!

一年間に100本を越える鑑賞はすごいですね~。
by (2007-12-05 22:36) 

ken

100本なんてまだまだ足りません!w
by ken (2007-12-06 01:49) 

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