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かもめ食堂 [2006年 ベスト20]

かもめ食堂」(2005年・日本) 脚本・監督:荻上直子

 劇場公開9週目。そして5月5日こどもの日。
 
恵比寿ガーデンシネマのチケット売り場に15:00の回は「満員」と表示されていた。
 僕が観た17:10の回も客席の7割は埋まっていた。
 
 「なぜだろう」 
 
 僕は不思議に思っていた。
 これだけヒットしていながら、この映画に関するウワサが今日まで聞こえて来なかったからだ。
 「荻上直子の新作は面白いのか、面白くないのか」
 僕の
興味はこの一点だった。
 劇場内の照明が落ちる。今から102分後にはその答えが出ているだろう。

 “フィンランドで食堂を開いた女の話”

 ほとんどの人がこれっぽっちの情報を持って劇場に足を運んだと思う。
 そしてほとんどの人が“フィンランドで食堂を開いた女の周辺で起きた2、3の出来事”がそのまま映画になっていて、こっそり驚いたんじゃないかと思う。
 「まさかたったそれだけの話しだなんて」
 僕はエンドロールを眺めながら、なるほどねと思った。
 この映画の悪口がどこからも聞こえてこなかった理由は、この映画の構造にあったのだ。

 サチエ(小林聡美)がフィンランドで食堂を始めることにした経緯は最後まで謎だ。
 しかしそのプロフィールが明かされないためにイライラする観客はいないだろう。なぜなら観客のほとんどが、「単身海外で食堂を開くような女の過去に何も無いわけがない」と独自の解釈をするからだ。
 この設定が日本国内だったなら事情は大きく変わっていた。
 それが北海道だろうと沖縄だろうとサチエが食堂を開いた理由は絶対に必要で、その理由がストーリーに絡まなければこの映画は酷評されたはずだ。
 それはなぜか。
 人は「来る者」に対しては警戒するが、「去る者」に対しては寛大だからである。
 日本のどこかでサチエが食堂を開いていたら、観客は「あんな人が近くにいたら私はどうするだろう?そもそもどうしてこんなところで食堂を開いたんだろう?」と否が応でも考える。しかし海外だと「外国で食堂を開くなんてよほどのことがあったのね」で済んでしまうのだ。
 この設定のおかげで、サチエがフィンランドで食堂を開くに至った理由は観客の数だけ存在することになった。しかも面白いことにその「理由」とは、“観る者が個々に抱える悩み”でもあった。
 「今の仕事に張り合いがない」
 「家族と一緒にいることに疲れた」
 「結婚はもう無理かもしれない」
 「……………………………」(ここにはあなたの悩みを入れて下さい)
 つまりサチエは“もう1人の自分”だったのだ。

 「かもめ食堂」は自分と向き合う映画である。
 僕たちはなかなか自分を否定することが出来ない。
 自分を否定できないから、この映画を悪く言えない。
 この作品の悪口がなかなか聞こえてこなかった理由はこういうことだったのだ。

 では最終結論。
 「荻上直子の新作は面白いのか、面白くないのか?」
 面白いと思います。
 海外旅行から帰ってきたときに感じる、「日本ってやっぱりいいな。日本食って本当に美味しいな」という感覚に似た、ほんわか温かい小品です。
 僕個人は「おにぎり」という素材に着目した荻上直子監督のセンスに脱帽しました。

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コメント 26

midori

まだ観ていませんが、機会があったら観ようかなと思っていた映画です。
でも、これを読んで、「今観たい。今日観に行っちゃおうかな」と
思ってしまいました(物理的にムリだけど)。
素晴しい映画評ですね。nice!です。
by midori (2006-05-08 17:12) 

Sho

今日のコメント、特によかったです。
>しかも面白いことにその「理由」とは、“観る者が個々に抱える悩み”でもあった。
そうなんだろうな、と、思いました。(未だこの作品は見ていませんが)
by Sho (2006-05-09 00:18) 

ken

>midoriさん
 「観に行こうと思っている映画ランキング」なんてあったら、きっとこの作品は
 春の1位でしょうね。それくらい潜在的なファンが多い気がします。
 近いうちにご覧になってぜひ感想を聞かせてください。
 nice!ありがとうございます。

>Shoさん
 ちょっと新手の「主人公を自分に置き換えて観てみる」映画だと思いました。
 荻上監督の前作「バーバー吉野」が傑作だったので、今回はどうかと
 かなり期待をして観に行ったのですが、まずまずだったと思います。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2006-05-09 08:44) 

po-net

是非観ようと思います。恵比寿ですし。明日とか観に行っちゃおうかなっ。
by po-net (2006-05-09 20:46) 

bunka

こんにちは。
『かもめ食堂』、すごく興味をそそられて絶対みたい!と思っていたのですが
ウチの方ではさっさと終わってしまいました(涙)
レンタルリリースを待つ身です。
by bunka (2006-05-09 22:00) 

ken

>po-netさん
 勝手な想像ですけど、po-netさんの世代はきっと楽しめると思いますよ。
 恵比寿ガーデンシネマはいい劇場ですし、ぜひ行ってきて下さい。
 そしてまたここに立ち寄ってください。nice!ありがとうございます。

>bunkaさん
 うわー、それは残念ですねえ。
 でもこの映画が10週目に突入しているのはちょっと驚異的かも知れません。
 やっぱり女性客をつかむと大きいですね。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2006-05-10 01:47) 

gutta

映画にそんなに興味がなくてしかもこの映画が見れるはずもない私がこうして映画評をのぞくのは 「なぜだろう」 ・・・今回わかりました。kenさんの映画への解釈自体がすごく面白いからなんです。何の映画を見るか迷った時に覗くブログの域を完全に超えています!すごいヨイショのようなコメントですがホントにそう思ってるんですよ。このブログ、書籍化とかになっちゃったりして(笑)
by gutta (2006-05-10 04:36) 

ken

映画にあまり興味が無い、と公言されているぐったさんが、
僕のブログの読者でいてくださるのは、実はちょっとした謎でした(笑)。
「ナニミル?」は最近閲覧数も増えて来て、僕はプレッシャーを感じるように
なってしまったのですが、それでもこんな拙い記事を「面白い」と言ってもらえる
のは素直に嬉しいです。
ついでに帰国の折にはぜひ「かもめ食堂」ご覧になって見てください。
海外生活をしていらしたぐったさんがどう受け止めるのか興味があります(笑)
800nice!ありがとうございました。
by ken (2006-05-10 14:26) 

nanayo

こんにちは。
確かに、この映画は見る人の数だけいろんな思いが反映される映画だと
思いました。
いろんな謎が謎のまま終わってしまっていても
(マサコさんのスーツケースの中身ってどういうことになってたんだろう?とか。)
さしてそれは重要じゃない・・・って思ってしまえる。
ある意味不思議な作品でした。
でも、私もこの映画は嫌いになれない。むしろ好き☆
そして地味なのに、なかなかいろいろな蘊蓄がいっぱいで面白かったです。
by nanayo (2006-05-10 14:58) 

ken

気持ちよく生きるために必要なものなんて実はそんなにないものだ、ってことを
教えてくれた映画ですね。マサコさんのスーツケースはその象徴だったような
気がします。とにかくお腹が膨れればそれで幸せジャン!みたいな感じ(笑)
いいですよね。nice!ありがとうございます。
by ken (2006-05-10 15:53) 

po-net

再びお邪魔します。kenさん、今日さっそく観てきましたよ。
恵比寿も12日まででしたから、間に合ってよかったです。
kenさんのお陰でまたひとつよい一品と出合うことが出来ましたね。
私は、自分の中心がとてもしっかりしているサチエの生き方や、
周りの人々のどこかまっすぐな性質がとても観ていて心地よい映画だと
思いました。小林聡美はもちろんのこと、もたいまさこもいいですね。
あの方しか出来ない役では?!それにしても日本食がとても美味しそう
でしたね。鮭と梅干とおかかのおにぎりと食後においしい美味しいコーヒー
ください。。そんな感じです。
by po-net (2006-05-10 21:54) 

ken

凛としたサチエの立ち方がこの映画の軸だったかも知れませんね。
「この人のプロフィールに何があっても多分僕は嫌いにならないだろう」
そんなことも思っていました。 あーおなか空いて来た~(笑)
by ken (2006-05-11 00:32) 

かなで

おじゃまします!
kenさん、すっごい!! 解説者ですね~!!
私ったら・・・単純すぎ・・・σ(⌒▽⌒;)
私はサチエのフィンランドで食堂を開くに至った理由は
「父親が再婚し、自分の夢を考えたとき・・・(続く)」と勝手に想像しました。
ミドリは「恋人(?)の浮気発覚・・・やけくそ~」なんて想像しました。
想像力をかきたてられる!そして、自分にもおきかえられる・・・
鑑賞してから時間が経てば経つほど、いろんな思いがよぎる作品となりました。 これからも、いろいろな映画の解説楽しみにしています♪
by かなで (2006-05-11 20:48) 

ken

映画は単純に楽しむのが一番です!(笑)。
いろんな想像力を掻き立てられる映画って実は良し悪しなんですが、
「かもめ食堂」は余計な事件が起きない分、いろいろ考える余裕があって
面白かったですね。nice!ありがとうございます。
by ken (2006-05-12 01:39) 

midori

再びお邪魔です。
私のちょっと前の記事なのですが、「かもめ食堂」の話題になったので、
コメント欄(http://blog.so-net.ne.jp/midorinonikki/eiga)に、
ココの記事リンクさせて頂きました。
(事後承諾ですみません。マズかったら消しますので、ご一報を)
by midori (2006-05-14 11:59) 

ken

ご紹介いただきありがとうございます。
by ken (2006-05-14 19:52) 

kotori

この映画って、共感できる事がたくさんありますね。
特に、まさこさん(もたいまさこ)の行動が、結構あとから思い出しても、
じわじわきます。
決断とか行動した事って、結局、理由は後からついてくるものかも、、。
私も、TBさせていただきました。
by kotori (2006-07-19 23:42) 

ken

後から理由が付いてくる…。
そうかも知れませんね。そうやって自分の決断を肯定しているんでしょうねえ。
nice!ありがとうございます。
by ken (2006-07-20 15:27) 

eklady

偶然借りたDVDでしたが、見終わった後もほんわかした、い~い感じの作品でした。昔、母が作ってくれた炊き立ておにぎりを思い出しました。グゥー
実際自分で作ってみたりしました。でもどこか違う・・・匂いがありました。
映画なのに変ですが、優しい気持ちが戻ってきたようでした。
ケンさんのコメントピッタリです。日本人でよかったわーと思える作品でした
これから、批評参考にどんどん映画鑑賞します。
by eklady (2007-02-25 11:56) 

ken

久しぶりにここにコメントを頂いて、そういえば「おにぎり」ってタイトルの映画があってもいいな、と思って調べてみたら、なんとちゃんとありましたよ。2004年の日本映画で(笑)。
かもめ食堂は今、テレビCMでその設定が再利用されていますが、なんとなく続編を観たくなりました。
by ken (2007-02-25 12:30) 

デクノボー

kenさんのコメントの中の「凛としたサチエの立ち方がこの映画の軸」ということばに納得しました。過去にはいろいろあったけれど、今は静かな決心を胸に秘めて毎日を暮らしているサチエを小林聡美さんが見事に表現していました。
「かもめ食堂」が日本ではダメだった理由にはなるほどです。でもなぜフィンランドというチョイスだったんですかね。
by デクノボー (2007-03-18 00:49) 

ken

フィンランドを選んだ理由は、プロデュースサイドの理由があるのかも
知れませんね。でもグッドチョイスだったと思います。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-03-18 01:59) 

satoco

さきほど観ました。

私はサチエについて、父親が亡くなったとか、父親と別に暮らすことになったとか、とにかく父との関係の終結みたいなことを想像していました。
そうかー私の問題は父との関係にあったのかぁ。

私はこの映画気に入りました。後日TBさせてください。
by satoco (2007-04-05 12:01) 

ken

satocoさんの解釈は僕の想像に無いものでした。
TBお待ちしています。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-04-05 16:25) 

水無月

TBありがとうございました。
そうか~サチエは、もう一人の自分だったのか。。
そう思うと、また見方が変わってきますね。
是非、もう一度、観たい映画です。
by 水無月 (2007-08-14 21:06) 

ken

いい映画は何度観ても新しい発見がありますよね。
そんな映画に出会えたことにまずは感謝です。
nice!ありがとうございます。
by ken (2007-08-14 22:24) 

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