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トニー滝谷 [2005年 レビュー]

トニー滝谷」(2004年・日本) 脚本・監督:市川準 原作:村上春樹 主演:イッセー尾形

 わずか74分の映画が終わってプロジェクターの電源を落としたら、まだ22時を回ったばかりだった。僕は鏡を覗いて髪を直し財布を持って部屋を出た。

 原作モノの映画は、例え原作を読んでいなくても楽しめる作品であるべきだと僕は思ってる。
 だから僕は原作を読まずに映画を観て、純粋に映画の感想だけを書いてきた。
 でも今夜は違った。
 僕は原作を探しに出ずにはいられなかった。近くの書店にそれがある保証はなかったけれど、とにかく僕は映画を観ただけでこの記事を書く気にはなれなかった。なぜなら、僕はこの映画についてではなく、映画化されたこの作品を村上春樹がどういう気持ちで観ていたかに興味を持ったからだ。だから僕はこの原作を読む必要があったのだ。

 22時過ぎに書店が開いていることもありがたいが、もれなく「レキシントンの幽霊」(文春文庫¥429)の在庫があったこともありがたかった。
 書店を出て立ち読みしながら帰宅。バスタブに湯を張り、半身浴しながら読み終えた。
 村上春樹になった気分で感想をひねり出してみる。
 「よくもまあ、真正面から作ってくれたもんだな」
 これが最初に出た感想だった。

 村上春樹の作品は映画化には不向きだとよく言われる。
 ベストセラーになった「ノルウェイの森」だって、「ダンス・ダンス・ダンス」だって映画化を企画した人は沢山いただろうと思う。だけどそれが実現していないのには確固たる理由があるはずだ。
 なんと言ってもエンタテインメント小説じゃない。最大の理由はここだろうと思う。そんな“映画化に不向きな作品ばかり書く作家”の「トニー滝谷」という短編を、市川準さんが映画化したと聞いて僕は「なるほど市川さんらしいな」と思った。そして「市川さんじゃなきゃ、村上春樹の映画化は難しいかもしれない」とも思った。なぜなら映画監督市川準は、およそエンタテイメントとは縁遠い作品ばかり撮ってきた人だからだ。
 全篇ナレーションにごく一部セリフが入るという(しかもナレーションの続きをセリフとして語らせると言う構図も)大胆な脚本は、市川さんが村上春樹の世界を極力壊さないように考えた結果なんだろう。もしかして、一度はすべてセリフに置き換えたのかも知れないけれど、結局それは村上春樹じゃなかったのだ。
 そして、おそらく市川準は村上春樹そのものを映像化したかったのだと思う。

 しかし映画と原作の決定的な違いがひとつある。
 映画のテーマは「愛」だったが、小説のテーマは「孤独」だった。
 この違いは面白い。
 
 村上春樹、市川準、宮沢りえ。
 この3人のうちの2人以上を好きなら、「トニー滝谷」は見てもいい。
 また、原作を読まずして映画を観ようという人に、原作にあるけれど映画にはなかった重要な情報をひとつここでお教えします。小説から一部抜粋。

 『トニー滝谷は暇さえあえば仕事をしていたし、これといって金のかかる趣味も持たなかったの 
 
で、三十五歳になるころにはちょっとした資産家になっていた。人に勧められるままに世田谷に
 大きな家を買い、賃貸用のアパートも幾つか所有するようになった。税理士が全部その面倒を
 みてくれた。』

 村上春樹と市川準のコラボレートによって生まれた全く新しい世界。興味のある人はぜひ観てみて下さい。面白いとか面白くないの次元を超えてます。

トニー滝谷 プレミアム・エディション

トニー滝谷 プレミアム・エディション

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • 発売日: 2005/09/22
  • メディア: DVD

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コメント 18

カオリ

この作品、全然知りませんでした。
村上春樹+宮沢りえ好きなので、今度見てみます。
「レキシントンの幽霊」、実家に確か単行本があるはず。再読しよう。
by カオリ (2005-10-10 19:40) 

pocari

なんだかとっても凄いんだなってことが伝わってきました。(^.-)-☆
by pocari (2005-10-10 20:12) 

Naka

私は映画館で観たのですが、すごく感激しました。
kenさんが書かれているように
ラストを少し変えた分、原作より「愛」を感じさせる演出になっていましたが、
原作の「孤独」感や村上春樹独特の喪失感も、スクリーンから痛いほど伝わってくる素敵な作品でしたね。
もうDVDが出ているんですね。また観たくなりました。
by Naka (2005-10-10 23:41) 

ken

>カオリさん
 カオリさんは原作を読んだことがある、という人ですね。
 でもまさかこの作品が映画化されるなんて夢にも思わなかったことでしょう。
 そういう意味では興味深く、見ることが出来ると思いますよ。

>pocariさん
 ちょっと大袈裟でしたでしょうか(笑)。nice!ありがとうございます。

>NaKaさん
 この作品は村上春樹を知らない人にはやはり辛い映画かも知れませんね。
 知っている人なら「わかるなあ」ってポイントが多数あると思いました。
 nice!ありがとうございます。
by ken (2005-10-11 02:15) 

きりきりととと

素晴らしい感想、拍手。
by きりきりととと (2005-10-11 04:22) 

ken

うひ。ありがとうございます。
by ken (2005-10-12 00:04) 

メイ

私も見ました。
市川準さんらしい映画だと思いました。
でも、さすがkenさん!
私はこの映画の感想をうまく言い表せなかったですが、
もの凄く伝わってくる記事ですね。
by メイ (2005-10-12 00:29) 

ken

いやいやそんな、nice!までありがとうございます。
僕は市川準さんの作品では「つぐみ」が圧倒的に好きでした。
久しぶりに観てみたくなりましたね。
by ken (2005-10-12 00:42) 

lucksun

すばらしい。エッセイとしても読めるレビューです。
村上春樹はかなりスキなのでこの映画気になっていたのですが、
機会を逃して見ていなかったんです。
kenさんのレビューを読んで、これは見なきゃいかんと思いました。
by lucksun (2005-10-14 01:59) 

ken

村上春樹さんを好きなら、この作品は観て損することありません。
「エッセイ」としても読んでいただいて嬉しい限りです。
nice!ありがとうございました。
by ken (2005-10-14 02:07) 

kenさん、新年おめでとうございます(松が取れてしまったのに失礼いたします)
私のしょぼいblogにトラバいただき嬉しいです。
私のblogの方に長々とコメント書かせていただきましたのでお時間のある時にでもお寄りいただけたらと思います。
「レキシントンの幽霊」は、凡人が体験する怪奇現象も、村上春樹にかかると
ここまで洗練された作品になるのかと感動させられました。
本年もよろしくお願いいたします。
by (2006-01-15 22:49) 

ken

村上春樹さんは、どうしてあんな脚色が出来るんだろうと驚きますね。
こちらこそ、今年もよろしくお願いします。nice!ありがとうございます。
by ken (2006-01-16 01:33) 

kobu

はじめまして。この映画は、初めJKに魅かれて手に取りました。宮沢りえちゃんが素敵。村上春樹さんが原作という事にもちょっと興味を持って。。。私も、村上春樹さんの世界はどういう風に表現されるんだろう・・・と。生意気ながらも、そんな事を思いながら、観てました。観終わった後は、変わった構成に少し気後れしつつ、寂しーい余韻に浸りつつ、なるほどなぁと思いつつ、宮沢りえさんはやっぱり素敵、面白いとは・・・言い難いかもしれないけど、損をした気もしないし・・・でもKenさんのブログを読んで、凄くスッキリしました。原作も、読んでみようと思います。
by kobu (2006-02-20 14:57) 

ken

kobuさん、ようこそ。
この映画は思い出しても不思議な作品です。
今まで観てきたどの作品とも似ていない質感がありました。
映画が生まれるきっかけになった原作もぜひ楽しんでみてください。
by ken (2006-02-20 15:55) 

Sho

とても素敵な映画でした。
>村上春樹と市川準のコラボレートによって生まれた全く新しい世界
そのとおりだと思います。
最近では、ずっと気になっていた映画がある→kenさんの目次をなぞる→
その作品があったら記事を読む→ますます気になったらレンタル店へGO !
という図式が出来上がりつつあります(笑)
by Sho (2006-07-07 20:42) 

ken

記事を読んでくれた人がレンタル店へ行ってその映画を借りる。
「ナニミル?」を立ち上げて良かったと思う瞬間です。
nice!までいただきありがとうございます。
by ken (2006-07-08 00:55) 

くり太郎

はじめまして、くり太郎と申します。
「トニー滝谷」は自分の一番のお気に入り映画なんですが
kenさんの "面白いとか面白くないの次元を超えてます。"
という意見はまさにその通り!と思います。
ちなみに自分も映画を見た後に小説を買いに走りました(笑)。
今後ともレビュー、楽しみに拝見させていただきます。
では。
by くり太郎 (2007-09-26 21:52) 

ken

くり太郎さん、ようこそ。
僕自身も、この項の最後の一文は秀逸な一文だと思っています。
そんな文章をひねり出させたこの映画も凄いなと。
by ken (2007-09-27 02:04) 

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