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108 先ヶ鼻=糸魚川市大字市振(新潟県)ひとつ家に遊女も寝たり萩と月…はここですよ [岬めぐり]

 北陸本線の市振も親不知も無人駅であるが、市振のほうがまだ少し駅前らしきものがあるだけ、町である。松尾芭蕉が歩いたときも、前日の泊まりが能生で、それからこの市振で宿をとっている。この間おおまかにみて40キロ以上はありそうなので、かなりの健脚といってよい。しかも、この日のコースでは親不知の難所を越えているのだから、そう思うと信じ難いようなご仁である。この能生〜市振間を、各駅停車の電車は30分で走る。

 先ヶ鼻は、ちゃ〜んとここにもある海水浴場から東を望んだところにある。といっても、海岸線もほぼまっすぐで、多少それらしく見えるのは、いくつかの岩場が海面に頭を出しているところくらいなのだ。下には道がないので、上からそれらしいところを見下ろすが、崖を覆う大きな木の陰になって、よく見えない。
 市振の集落は、駅の東よりに一本の北国街道に沿って、黒い屋根瓦を載せた家並みが続く。いかにも街道の宿場町らしい佇まいは、いまなおわずかに感じられるが、それこれも芭蕉のお陰というべきかもしれない。街道が海に向かって切れかかるところに大きな松の木がある。それが市振の宿の目印で難所を越えてこの松が見えてくると、ほっとしたものだろう。

 『奥の細道』では、いろいろと議論がにぎやかな「一家に遊女も寝たり萩と月」の名句はここで詠まれたもので、その宿は“桔梗屋”ということになっている。ただ、曽良日記にもその記述がないことから、西行の故事を意識した芭蕉の創作であろうという意見も根強い。
 “桔梗屋”はもうないが、その跡だったというところにある家には、その子孫が住んでいるらしい。民家の前に「桔梗屋跡」を主張する標識が立っている。
 別にそういう趣味があるわけではないが、せっかくここまできたのだから、芭蕉の句碑というものも確認しておこうと、それがある長円寺を探してやってきたが、境内を見渡してもそれらしいものがない。
 おかしいなあ、と思っているとおじいさんが通りかかったので、聞いてみた。なんと、意外にも句碑は入口のそばの薄暗い杉林の左隅っこに、目立たぬように、どちらかというと邪魔者のように置かれていた。しかも海側に背を向けているので午後は逆光になって、石碑の文字などはさっぱり判読できない。

 さらに、驚いたことには、でんでんむしが声をかけたそのおじいさんの家こそが“桔梗屋”だったのだという。その話の発端と展開から、どうやら、芭蕉が泊まった家だということを、誇りに思っているようだ。「いまその前を拝見してきました。みんな立派な黒い瓦が並んでますねえ」というと、そのおじいさんはこういう。
 「いまはもうこどもやまごに代替わりしたので、どの家も立て替えられているが、むかしはここの街道沿いの家は、杉や桧の皮で屋根を葺いていたもんだ。風が強いんで石で押さえて…」
 一瞬、いったい何十年前いつ頃の話だろうかと、計算しかけたが、そんな絵草紙や旅絵日記にでも出てきそうな丸石を載せた屋根の家が、このおじいさんの記憶のなかにあざやかに存在しているのだ。それだけで充分であろう。
 「せっかくの句碑なのに、この場所は目立ちませんよねえ」というと、この句碑も、もとは敷地内にあったのを寺に移したのだそうで、確かに置き場所はわかりにくいのでもっと考え直したほうがいいなと同意してくれた。

 市振小学校の校庭の一角には、大きなエノキが保存されている。これは、ここにあった市振の関の名残りだという。街道のなかに取り残されたようにある弘法の井戸といい、明治天皇行幸のさいの休息地であったことを示す記念碑といい、こうして昔のものやことが連綿と伝え残されていくには、やはりなにか一定の条件というものが必要なのだろう。
 市振の駅の無人の待合室には、昔の観光絵地図看板の方法をまねた親不知の鳥瞰案内図が掲げられていた。ちょうど上りの電車がやってきたが、乗り降りする人は誰もいなかった。

▼国土地理院 「地理院地図」
36度59分25.20秒 137度40分47.07秒
108さきがはないちぶり-8.jpg
dendenmushi.gif北越地方(2007/04/19 訪問)

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タグ:新潟県
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コメント 2

knaito57

ほおっ。あの「一字違い」の句の製造場所がここなんですか。
たしかに1日40キロは健脚です。でも当時は朝の出立で日暮れまで歩くから、ざっと10時間。道路の状況を考慮して平均時速5キロとみても、つまり時間をかければけっこう歩けるものなんです。
伊能忠敬の場合、私の計算では1日の平均移動距離は11キロです。もっともこれは彼の測量行脚4万キロを(休足日を含む)17年間で割るという単純計算ですが。
北国街道は魅力的ですね。この140キロは、時速6キロの私なら3日で走破できる……という計算だけのウォーキングをよくやります。
関口君なんかの歩き旅番組できまって出てくる“出会い”というのは胡散臭くていやですが、こういう出会いはなんともいえずいいですねえ。
by knaito57 (2007-04-26 09:50) 

dendenmushi

@「計算だけのウォーキング」ですかあ。それは、カロリーを消費しませんねえ。でんでんむしの「計画だけの旅プラン」も、お金がかからないのだけれど…。
 わたしも「旅で出会いを求める」とか。それをことさらのように云々するNHK的発想は好きじゃないけど、偶然の人とのふれあいは大事にしたいと思います。別に、なんにもない、単なる行きずりですが…。
by dendenmushi (2007-04-27 07:02) 

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