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村山籌子は夫になんと罵られたのか? [気になる下落合]

 わたしは以前、長谷川時雨Click!と村山籌子とが出会っていたら、おそらく気が合いそうな気がする・・・と書いたClick!ことがある。ところがこのふたり、実際に出会っていたのだ。1929年(昭和4)に発行された『女人藝術』に、村山籌子は3回にわたって原稿を寄せている。3月号(自伝的恋愛小説号)と7月号、そして10月号だ。
 同年の3月号に寄稿している、村山籌子の「私を罵つた夫に與ふる詩」というのが、ことのほか気になっていた。はたして当時、共産主義運動に傾注していた村山知義Click!は、連れ合いのことをなんと「罵つた」のだろうか?
  
 私の夫よ、
 あなたは私を豚と罵つた、
 私は豚です、全く豚です、
 アルカリ性の声を持つた
 あの人の頬に接吻出来るまでは
  
 ふつう、夫が妻へ向けて「ブタ」などと言ったら、こんなことでは済まないだろう。特に、長谷川時雨の地元あたりだと、おそらくビンタが飛んできても文句は言えまい。でも、村山籌子はグッと自制したのか、それともその瞬間はコトパが何気なく顔の上を通りすぎていったものか、のちにその怒りを想像の世界へと転化し、詩へと昇華(消化)させている・・・なんてこと書くと、いかにもありがちな文芸評論っぽいのだけれど、怒りがストレートに相手へと向けられず、どこかストイックで自虐的、神経症的でひどく屈折していそうなところが、彼女ならではの表現なのだろう。特に、「人民の解放」へ向けてがんばっている、当時の夫の立場を考慮すればなおさら・・・なのだ。
 
 『女人藝術』の他の作品でも、村山籌子は内向に内向を重ねて、ついには自身の妄想の世界へと沈みこんでいき、収拾がつかなくなるような文章を書いている。「ブタ」の詩は、まだまだつづく。
  
 豚よ、豚よ、
 みんなはお前を憐むだろう、
 たとへお前が
 清浄に現はれた
 コンクリートの上に住んでゐても
 豚は豚らしきが故に軽蔑されるであらう。
  
 夫の身のまわりのつまらない世話や、くだらない用事を一方的に押し付けられた苛立ちを、「あんた、言ってることとやってることがぜんぜん違うじゃん!」とは言えなかった“弱い”籌子は、入れ替えたばかりの真新しい青畳の上を、わざと「赤いスリッパ」(同年『女人藝術』7月号)のまま、ただただ歩きまわるしか怒りや苛立ち、ストレスを静める方法が見つからなかったのかもしれない。「すべての人民は隷属的なクビキから解放されなければならない」その「人民」の中に、村山知義の妻である「私」は含まれていないのかよ?・・・という疑念は、またしても心の奥底へと仕舞いこまれた。
 そして最後のセンテンスは、当時の参加メンバーの神近市子や平塚らいてうだったら、おそらく『女人藝術』3月号を放り出したくなったのではないか。エンディングの強烈な皮肉を、当時の人々はどこまで理解できたのだろう? いや、「進歩的」な左翼運動へと身を投じていた人たちでさえ、彼女がなにを言いたいのかわからなかった可能性が高いように思うのだ。
  
 永遠の愛人よ、
 子供らしき私よ
 私の夫よ
 萬歳!!
  

 1960年代、全学バリスト決行中の大学構内で、炊き出しの握り飯をこしらえていたのは、相も変わらず“女子”学生たちだった。「はんかちーふとちり紙を出してくれ」(同7月号)という村山知義と、「お~い、メシ」と言ったか言わないか知らないが、1960年代の“男子”学生との間には、戦争による大日本帝国の破産をも挟み、実に40年もの歳月が流れているはずだった。村山籌子が、1929年(昭和4)に『女人藝術』へとぶつけた、行き場を失ったぎこちない怒りの詩や文章は、40年後の女子学生たちへはとどいていなかったのだろうか。
  愛すとはついに言わねば炊き出しの 飯ぎこちなく吾は受けるを  福島泰樹
 それとも、村山籌子と同じように、がんばっている“男子”学生諸君たちとはあえて対峙せず、彼女たちはどこかで「赤いスリッパ」を履いて、「理由もなくぶらぶら」といい匂いのする「青畳」の上を歩きまわっていたのだろうか?

■写真上:村山籌子のポートレート。おそらく、上落合の三角アトリエで撮られたものだろう。
■写真中は、「私を罵つた夫に與ふる詩」に添えられたイラスト。水底でラッパを吹いている人魚と言うのは、いまから見れば意味深なのだが・・・。は、1929年(昭和4)の『女人藝術』3月号。
■写真下:創刊から間もない、『女人藝術』の参加メンバーたち。写真右から生田花世、長谷川時雨(代表)、富本一枝、岡田八千代、平塚らいてう、神近市子。昭和初期の記念写真へ頻繁に顔を見せる、岡本かの子、中条(宮本)百合子、吉屋信子、野上弥生子、平林たい子、奧むめお、柳原白蓮、林芙美子などの姿はまだない。


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コメント 1

ChinchikoPapa

takagakiさん、nice!をありがとうございました。
このカーディガンをはおる村山籌子のポートレートは、とてもきれいです。
by ChinchikoPapa (2007-04-27 14:11) 

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