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お嬢様、そのお話だけは口が裂けても・・・。 [気になる下落合]

 「久しぶりのお芝居で、すっかり遅くなっちまった。やっぱり、猿之助の安兵衛はピカイチだわよねえ。・・・さ~てと、もうお嬢様は、とっくのとうに寝ちまったかしら? 起きてちゃ、またなんのご用を言いつけられるか知れたもんじゃないのさ。カラス猫の仕返しClick!には、あたしも往生しちまったわ、まったく。・・・・・・尾崎、遅くまで手間をかけたわね、いまもどりましたよ。もう鍵をかけちまっても・・・」
 「まあ、ばあや! ねえ、いままでどこへお出かけ!?」
 「あれまっ、お嬢様! まだ起きてらっして。・・・お休みをいただいて、ちょいと芝居見物なんぞ」
 「そんな悠長なこと・・・。それどころではないのです、ばあや!」
 「何事でございますか? あっ、お屋敷が、差し押さえにでも?」
 「いいえ、ぜんぜん違います。・・・ねえ、それどういう意味なのです、ばあや?」
 「いえ、世間の通り相場だと、最近はそういうお屋敷が下落合や目白にも多いそうですから」
 「違います。もっとたいへんなことなのよ、ばあや」
 「あらぁ~、じゃあまた、先日のお見合いが、ご破談でございますか?」
 「思いっきり間違っています! ・・・でもそれって、ばあや、いったいどういう意味なのです?」
 「いえ、この夏からひと月ごとに、訪ねてみえる殿方が違うものですから」
 「まだ、破談はたったの2回だけです。しかもあれは、ばあや、こちらからお断りしたのです!」
 「はいはい、そうでございましょうとも」
 「お返事はひとつです」
 「はい。・・・あれま、女中も書生たちも、みんな下に集まっちまって、いったい何事で?」
 「それが、わたくしのお部屋の上から、変な物音が聞こえるのです」
 「お嬢様のお部屋の上てえと、東の屋根裏部屋でございますか?」
 「そうなのよ。ゴソゴソって、まるで泥棒でもいるみたいなのです」
 「でも、お嬢様の上のお部屋は、開かずの間で誰も入れないはずじゃ・・・」
 「だから、とっても気味(きび)が悪くて怖いのです、ばあや」
 「外の窓も、その昔、旦那様が釘付けになさって・・・。そういえば、旦那様は?」
 「なにをお言いなの、ばあや。お父様とお母様、それにお祖母様は、きょうから大磯じゃないの」
 「あらまぁまぁ、そうでしたわねえ。・・・でも、それにしても不思議だこと」
 「そう、どこからも入れないはずですのに・・・。ねえ、ばあや、本当のことを教えておくれ。あの開かずの間って、いったいなにがあったお部屋なの?」
 「・・・あれま、じゃあお嬢様は、まだ、あのことを?」
 「まあ、いやだわ、ばあや。“あのこと”って、なあに?」
 「お嬢様、そのお話だけは、あたくし口が裂けても・・・」

 「お嬢様、あの壁で塗り込めてございます、開かずの屋根裏部屋はでございますね・・・」
 「い、いや、怖いお話なら聞きたくないわ」
 「あら、お嬢様、お顔が真っ青でございますよ」
 「いやいや、ばあや、意地悪を言わないでおくれ」
 「・・・まだ、お嬢様がお小さかったころ、満州事変の翌年でしたか、お屋敷の女中に浅草からまいりました貞子という娘がおりました。その貞子がある日、お庭の古井戸へ落ちてしまいましてす」
 「まっ、まあ、いやだ、古井戸と貞子ですって!?」
 「いえ、そのころ活動に出始めの沢村貞子によく似た、そそっかしい子でございましたが・・・」
 「・・・まあ、貞子違いなのね。・・・ばあや、それで?」
 「急いで助(す)けたんですけど、それが元で病気になっちまいまして、あの屋根裏部屋で・・・」
 「まあ、なな、亡くなったの!?」
 「自分ばかり寝ていては申しわけないと、屋根裏部屋にお裁縫の道具を持ち込みまして、けなげにもまだお小さかったお嬢様の、縫い物なんぞをしていたんでございますよ」
 「・・・まあ、そ、それで、根を詰めて?」
 「きっと、いまでも開かずの屋根裏で、お嬢様の心配をあれこれしているのでございましょう。あら、お嬢様、震えてらっして、お寒うございますか?」
 「いやだわ、ぜんぜん知りませんでした。実は以前から、ときどき妙な物音が聞こえていたのです。お父様にうかがったら、タヌキかハクビシンだろうなんて笑っておっしゃって・・・」
 「そうでございましょうとも。旦那様は、お話になるはずがございませんもの。でも、ばあやがお話したこと、叱られますので旦那様には、くれぐれもご内聞に・・・」
 「わ、わかったわ、ばあや。でも、わたくし、もうあのお部屋では休めない。ねえ、どうしましょ?」
 「では、1階のあたくしのお部屋で、安心してお休みくださいませ」
 「で、でも、ばあやはどうするの?」
 「お嬢様のお部屋で、貞子の霊をゆっくりとひと晩、慰めてやりとうござんす。ナンマンダブ・・・」
 「え、ええ、ぜひそうしてあげておくれ、ばあや」
 「あたくしの部屋は、たった10畳ひと間きりで、お嬢様には狭うございますねえ」
 「あの、気味の悪い音を聞いているよりは、はるかにマシです」
 「お嬢様の、ベッドや鏡台を使わせていただいても、よろしゅうございますか?」
 「ええ、なんでも使ってちょうだい。わ、わたくし、こういうお話には弱くて、ダメなのです」
 「・・・・・・ああっ!! そうだわそうだわ、思い出しましてす、お嬢様!」
 「わーーっ、なななっ、なあに、ばあや? いきなり、びっくりするじゃないこと!」
 「貞子は、和菓子が大好きな娘でございました」
 「・・・わっ、和菓子?」
 「昨日、お嬢様が女中のシゲに買ってこさせた文化村の『千成』Click!の和菓子ですが、あれを持って上がってもよろしゅうございますか? 貞子にお供えしようかと、ナンマンダブナンマンダブ・・・」
 「え、ええ、いいわ。もう、なんでも持っていっておくれ」
 「きっと、貞子も安らかに眠れることでございましょうとも。ナンマンダブ・・・」

 「お嬢様、おはようございます」
 「おはよう、ばあや。わたくし、馴れない薄いお布団で寒くて、首と腰が痛く・・・ックション!」
 「わたくしは、おかげさまで温かくグッスリと、よく休ませていただきました」
 「ねえ、ばあや、夕べはあれからどうなりまして?」
 「うるさいハク・・・いえ、貞子も、もうすぐ成仏できそうでございますよ。ナンマンダブ・・・」
 「まあ、よかった! ばあやのお念仏が、きいたのかしら?」
 「和菓子が、たいそう気に入ったのか、お供えしてからとたんに物音がしなくなりましてす」
 「よ、よかったわ、ばあや。・・・で、いつ成仏しておくれですって?」
 「あと数日、旦那様がたが大磯からもどられるころまでには・・・なんとか」
 「わたくし、1日でも早く成仏してほしいのよ」
 「では、今夜はケーキでも、お供えしてみましょう」
 「・・・ケ、ケーキ? 貞子は、和菓子が好きではなかったの?」
 「なにしろ、菓子が大好物の娘でございました。ナンマンダブ・・・」
 「わ、わかったわ、あとでトシにでも買ってこさせます・・・ックション!」
 「ナンマンダブ、『エーグルドゥース』のモンブランがお気に入りの娘でした」
 「・・・まあ、貞子はお化けのくせに、なにやら注文がうるさいのですね」
 「お紅茶もお忘れなく。ナンマンダブ・・・」
 「それに、横文字に弱いはずのばあやが、フランス語はとてもお上手だこと・・・ックション!」
 「お風邪を召されたようで、おだいじに。ナンマンダブナンマンダブ・・・」


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some ori

私、ばあやのファンです!こんなばあさんになりたいものです。下町生まれじゃないと厳しいかしら?
今後の展開、楽しみです。
by some ori (2005-11-27 02:45) 

ChinchikoPapa

なんとなく落語っぽくて、洒脱な「ばあや」さんのような年寄りは、昔はそこかしこにいたはずなのですが、最近はあまり出会いませんね。きっと、いまの若い連中にはシャレやオバカがまったく通じないと思い、相手にしてくれてないのかもしれません。
普段はすましているくせに、ちょいと水を向けるとノリノリになる「ばあや」や「じいや」は、まだけっこういるのかもしれませんよ。(笑)
by ChinchikoPapa (2005-11-27 14:55) 

ChinchikoPapa

la_vie_en_Roseさん、「ねえ、ばあや、お待ちなさい!」につづき、nice!をありがとうございました。<(_ _)>
by ChinchikoPapa (2005-11-28 12:37) 

ChinchikoPapa

そのほか、たくさんのnice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2010-08-22 12:46) 

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