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こいつぁ春から縁起がいいわえ。 [気になるエトセトラ]

 節分が近づいたころ、帰宅する夜道を歩いていると、つい口ずさんでしまう七五調のせりふがある。なんとなく、子供のころから身体に染みついている極めぜりふの一部だ。「ほんに今夜は節分か 西の空から川の中 落ちた夜鷹は厄落とし 豆だくさんに一文の 銭と違って金包み こいつぁ春から 縁起がいいわえ」。意味もわからないまま、子供のころからなんとなく憶えていた。もちろん、大川(隅田川)端でお嬢吉三が見得を切る『三人吉三巴白浪』(さんにんきちさともえのしらなみ)の「大川端庚申塚の場」の一節だ。(当初のタイトルは『三人吉三廓初買』だった)
 ところが、うかつなことに、この有名な極めぜりふに数種類あることを少し前に知った。1860年(万延元)に、河竹黙阿弥によって市村座で初演されたときの台本と、現代歌舞伎で上演される台詞とが大きく違っている。河竹本は、とてもあっさりとしていて短いのだ。また、上演されるごと微妙にせりふ回しが異なってもいる。いつごろから、誰が変えたものかはわからないが、この芝居を観るたびにどのせりふが用いられるのか、興味津々で耳をすませている。現在、ふつうに上演されるお嬢吉三のせりふはこうだ。
   
 月も朧(おぼろ)に白魚の 篝(かがり)も霞む春の宵*1 冷てえ風にほろ酔いの 心持ちよくうかうかと 浮かれ烏(がらす)のただ一羽 ねぐらへ帰(けえ)る川端で 竿の雫か濡れ手で粟*2 思いがけなく手に入(い)る百両
  (遠くの呼声)おん厄払いましょう厄おとし
 
ほんに今夜は節分か 西の空から*3川の中 落ちた夜鷹は厄落とし 豆だくさんに一文の 銭と違って金包み こいつぁ春から 縁起がいいわえ
  *1:「春の宵」ではなく、「春の空」という台本もある。
  *2:「濡れ手で粟」ではなく、「濡れ手に粟」という役者もいる。
  *3:「西の空から」ではなく、「西の海から」という台本も存在している。
   
 ところが、河竹黙阿弥の初演台本はこうだ。
   
 月も朧に白魚の 篝も霞む春の夜に 冷てえ風にほろ酔いの 心持ちよくうかうかと 浮かれ烏のただ一羽 ねぐらへ帰る川端で 竿の雫か濡れ手で粟
  (遠くの呼声)おん厄払いましょう厄おとし
 
ほんに今夜は節分か こいつぁ春から 縁起がいいわえ
   
 ・・・と、やたらあっさりしている。
 「大川端庚申塚の場」は、本所の割下水から柳原土手の間を往来するおとせという辻君(夜鷹)から、お嬢吉三がカネを奪い、大川へ蹴落として殺す場面だ。現在の場所で言うと、百本杭のあった横網河岸(横網町1丁目)あたりだろうか。蹴落としたあと、枕に足をかけた極めどころで、お嬢吉三が吐くのがこのせりふ。それまで、かよわい大店のお嬢様のような声音で話していた振袖姿のお嬢吉三が、いきなり野太い声で極めぜりふを言いはじめる、『三人吉三』では観客に軽いショックを与えるもっともかっこいい場面だ。ちょうど、同じ黙阿弥作の『青砥稿花錦絵』(あおとぞうしはなのにしきえ)「浜松屋の場」における、弁天小僧菊之助に匹敵する見世場かもしれない。
 だからだろうか、できるだけお嬢吉三の極めぜりふを長引かせるために、あとからあとからせりふが追加されていった・・・のかもしれない。歌舞伎は、どこかJAZZに似ている。台本はあってないに等しいような、アドリブだらけの芝居もある。特に世話物は、意外性に富んでいて見飽きない。
 さて、明日の宵は朧月夜だろうか?

■写真:戦前のパンフレットより。「大川端庚申塚の場」、左からお嬢吉三(十五代・市村羽左衛門)、和尚吉三(三代・市川左団次)、お坊吉三(初代・中村吉右衛門)。


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