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専門引き寄せ症候群 [救急医療]

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ある分野の専門家になるとどうしても独特の思考のバイアスが入ってしまう。つまり、患者の症候をつい自分の専門領域と強く結びつけて考えてしまうバイアスだ。

右側腹部痛の患者を考えてみよう。
消化器の専門家が見れば、つい胆石発作が思い浮かび、
泌尿器が専門の医師が見れば尿路結石が思い浮かび、
皮膚科の医師がみれば帯状疱疹が思い浮かび、
肝臓の専門家が見れば肝癌破裂が思い浮かび・・・・

まあ、こんな感じである。ある意味、これは認知の理屈から考えればいたし方ないことかもしれない。
つまり、自分が日ごろの診療に接している疾患から想起することで、これは、availability heuristic(利用しやすさのヒューリスティック(≒直感)バイアス)と呼ばれるものである。

しかし、時間外診療を、このようなある領域の専門家が行う場合は、注意が必要だ。自分の専門から考えてしまうバイアスのためにとんでもない地雷を引き当ててしまうこともあるのだ。

このような専門家が抱く認知のバイアスを、私は専門引き寄せ症候群と呼んでいる

様々な主訴を抱えて、自分の専門外の患者の容赦なくやってくる時間外診療の場において、専門引き寄せ症候群が自分の中に存在することをよく自己認知した上で、慎重な診療を行うことが要求される。言うのは簡単だが、実践するのは難しい。

ある症例を紹介する。

63歳 男性 左肩痛

近医で高血圧、糖尿病で通院歴あり。最近一ヶ月は、左肩関節周囲炎(五十肩)の診断にて、通院加療も受けていた。午後3時ごろ、左肩の激痛が出現。嘔吐一回。3時10分、救急車が到着。患者は、五十肩で通院中であることを救急隊に告げた。救急隊の患者観察では、意識清明、呼吸数24回、脈拍72回であった。患者の申告を受け、救急隊は、整形外科単科の病院へこの患者を搬送した。病院到着時、意識清明、呼吸数18回、脈拍63回で、酸素投与はなされていなかった。担当した整形外科医は、患者の左肩を触診し、左肩から上肢の激痛を確認し、石灰沈着性肩関節周囲炎を最も疑った。併せて頚椎椎間板ヘルニアの可能性も考え,肩と頚椎のX線検査の指示を出した。程なくしてレントゲンがができ、最も疑った石灰の沈着は認めなかった。石灰沈着性肩関節周囲炎は否定的と考え、他の整形外科的診察も踏まえた結果、対症療法で帰宅様子観察の方針とした。行った対症療法は、左肩の関節への痛み止めの局注と三角巾固定および痛み止めの内服である。

整形外科的な完璧な診療かもしれないですね。しかし、皆さんは、どんな地雷疾患が隠れていると思いますか?
(続きは後日 11月6日 記)
(11月7日 追記)
今回は、直球ど真ん中を投じてみました。一番バッターのmoto先生に見事にバックスクリーンに特大の一発を放っていただいた。そんな感じですね。ありがとうございます。

有名な判決だったんですね。知りませんでした。 皆様のご指摘の通り、患者は急性心筋梗塞を発症していたのでした。今回は、東京地方裁判所 平成12年(ワ)第9400号 より引用させていただきました。判決は、一億円の損害賠償請求に対して、7800万の支払いを命じる一部認容の判決でした。

判断のポイントを引用してみます。

1)患者が示していた症状は、頚椎椎間板ヘルニアにも合致する症状であるから、まず第一に急性心筋梗塞を疑うような状況であったとまでいえない。
2)しかし、担当医師としては、生命にかかわるような重大な疾患でないと断定できるだけの十分な検査をした上で、確実な診断を下すべき義務を負っていたというべきである。

3)被告病院でも可能であった心電図検査を実施すべきであった。

これから、学べること。

患者の症候から、最悪のシナリオを想定し、その場でできる診察(問診、検査)を行い、しかるべき対応をとること

こう書いてしまえば、身もふたもないですが、普段の診療が、専門診療であればあるほど

(自分にとっての専門外疾患の)最悪のシナリオを想定し

の部分が、どうしても甘くなりがちなのかもしれないですね。

でも、ここを厳しくしすぎると、今度は、はずれ患者が膨大になり、現場診療にも影響を及ぼしかねません。このあたりの線の引き方、身の振り方は、現場現場の状況に応じて千差万別だと思います。すごく難しいですし、一律な答は出せないように思います。

もうひとつ、この事例を違った視点で眺めて見ましょう。 救急隊の病院選定は適切だったのでしょうか?嘔吐・発汗ありで心筋梗塞のリスクを持っている患者を整形外科単科の病院に送ることは適切でしょうか?後だしの意見なので、これ以上追求してはならないと自戒をこめておきますが、気にはなるところです。

参考までにこんな法律があります。 救急救命士法

第45条 救急救命士は、その業務を行うに当たっては、医師その他の医療関係者との緊密な連携を図り、適正な医療の確保に努めなければならない

救命士が、現場の状況から、その地域での適切な病院選定を行うことは、私は適正な医療の確保の一つだと考えています。今回の事例が、これに抵触するかどうかは、私には判断できませんので、ここでは、この条文を紹介するまでにとどめておきたいと思います。いずれにしても救命士と医師の良好なコミュニケーションが大事だと思います。

さて、心筋梗塞をチェックしたぞ!と自分の診療の軌跡に残しておくことは、地雷回避の視点に立てば、きわめて重要なことだと思われます。 とれる施設であれば、12誘導心電図はとりあえずとっておくというのは大事かもしれません。

関連エントリーです。

肩の激痛と石灰沈着腱板炎に関して  左肩痛の女と老女
12誘導心電図と心筋梗塞に関して たった一枚の心電図   消化器疾患?実はAMI
左肩痛と他の地雷疾患に関して  「左肩痛」という地雷

まとめます。

本日の教訓
自分にとっての専門外のワーストシナリオは
今一度心にとどめておこう


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コメント 6

コメントの受付は締め切りました
moto

おっ、今回のは、直球っぽいですね~。当てちゃうよ(^^;。
心筋梗塞です。有名なJBMっていうか、判例ですね。東京地裁平成12(ワ)9400。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/0E91AEDD97C381FA49256B5A00238781.pdf
医療過誤集中部である民事30部。しかし、何度読みなおしても厳しい判決だ。。
by moto (2007-11-06 22:58) 

ER

moto先生の回答が正解らしいですね。
厳しい判決ですね・・・・。

といっても私は基礎に転向した者ですので、もう患者さんを診る機会はなさそうですが。
by ER (2007-11-06 23:43) 

ぱんだ☆

今回は分かっちゃいました!
『MI』です(o・v・o)
by ぱんだ☆ (2007-11-07 02:22) 

僻地外科医

 まあ、多分あみちゃんで良いんだと思いますが。というか、moto先生の出した判決文とまるまるいっしょですな・・・汗。

 他になんか無いかなぁ~~。整形の先生は意外と帯状疱疹は見逃さないですね(少なくとも私の知ってる範囲では)。私の分野では気胸、肺梗塞なんかでも上肢~肩への放散痛を認めることがあると思いますね。
by 僻地外科医 (2007-11-07 07:21) 

koba

有名な判決文ですね。切り抜きの新聞記事を誰かに見せてもらった記憶があります。AMIが濃厚です。

他ですと、今回は嘔吐(+)ですし、やはり関連痛系(特にⅩ神経系の頚神経ワナ反射⇒肩痛)を考えたいです。また、腕神経叢に影響する病変なんかだと激痛も十分考えられますね。
気胸なんかイイ線だと思います(vatalOKですが)。あとは、肺梗塞、解離(弓含む)、鎖骨下動脈塞栓、pancoast腫瘍、膵のう胞破裂(特に尾部)、椎間板破裂、偽痛風などもありかな~と思います。
by koba (2007-11-07 08:04) 

僻地外科医

 実際、自分の専門からはずれるとつい抜け落ちるってありますね。
 うちの近くの整形の開業医の先生、母校の講師までやって、某病院の院長を引退してこっちへ来られた優秀な先生なんですが、、、、

 ある時とある患者さんが肩が痛いと言って私の外来に来て・・・。話を聞いてみるとその開業の先生のところにかかって治療を受けて他のに良くならない。血管は私が専門だと聞いてきた・・・と言うのですが・・・。

 どれどれと診察するのに服を脱がせてみると、右の鎖骨の上がぼっこり盛り上がっていて・・・。はい。LUNGEのmetaでした。直径10センチぐらいある巨大なリンパ節転移でした。分かってて診察すれば絶対見落としようがないものだと思いますが、一回思いこんでしまうと駄目なんですよね。
by 僻地外科医 (2007-11-07 13:19) 

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