消化管出血に潜む地雷 [救急医療]
今朝のネットニュースで、石立鉄男さんがお亡くなりなったという記事を目にした。自宅での突然死のようだ。ご冥福をお祈りします。
毎日新聞 :急性動脈瘤(りゅう)のため
スポーツニッポン :死因は動脈瘤(りゅう)
サンケイスポーツ :急性動脈瘤で心臓が破裂した突然死
時事通信 :急性大動脈瘤(りゅう)破裂のため
読売新聞 :急性動脈りゅうのため
ざっと各社の報道から死因の部分を抜き出してみました。サンケイスポーツが、なんだか突出してますねえ・・・。心臓が破裂とあります。個人的には、急性大動脈解離はしっくりくるが、急性動脈瘤はいまいちしっくりこないなあ。 心タンポナーデを合併したStanford Aの急性大動脈解離なのかなあと思ったりもする。あるいは、胸部大動脈瘤の破裂か?それならば、以前にレントゲンなどに偶然発見される機会もあったのではなかろうかとも思えるし、サンケイの心臓が破裂という記載がどうにもこうにも納得がいかなくなる。
個人的には、Sudden collapseで搬送された院外CPA患者で、比較的多かったのが、心タンポナーデを合併したStanford Aの急性大動脈解離でありましたので、上記のような意見を述べてみた次第です。
さて、突然死症例で、私がかなり昔に経験した一症例です。こういのはいかがでしょうか?
75歳男性 CPAOA( 来院時心肺停止状態 )
当院心臓血管外科で、胸部大動脈瘤に対する人工血管置換術を受けた既往のある患者。庭先で、突然、噴水のような吐血をしてその場に倒れこんで、そのままあっという間に心肺停止。心肺蘇生を行うも、まったく蘇生せずに死亡。診療の継続性は、あったが、吐血という予期しない原因での院外死亡であるため、警察へ連絡。結局、病死扱いでどうぞとのことになった。併せて、家族の強い希望もあり、当院でそのまま解剖の運びとなった。解剖の結果は、人工血管吻合部には、問題なく、その直上にあった動脈瘤が破裂して左上肺野に穿破した出血死という診断となった。つまり、吐血と思っていたのは喀血だったのだ。
大動脈瘤破裂が、隣接臓器に穿破して、喀血や吐下血を呈するというパターンはレアであるが、頭の片隅においておきたいものだ。
消化管に穿破する場合の病態として、Aorto-enteric fistula(AEF)という概念が体系化されている。
消化器内科医にとっては、最強の地雷かもしれない。 なにせ、消化管出血という触れ込みで紹介されてくる患者が、実は大動脈緊急であるのだから。
私自身は、地雷にはまりそうなAEF症例を間近で遭遇したことはまだない。しかし、いつかはあたるかもしれないので、知識だけは準備しているつもりだ。
UpToDateの記事を引用する。
Aortoenteric fistulas are a rare cause of acute UGI bleeding, but are associated with high mortality if undiagnosed or untreated. The third or fourth portion of the duodenum is the most common site for aortoenteric fistulas, followed by the jejunum and ileum.
Most patients present with an initial herald bleed that is manifested by hematemesis and/or hematochezia; this may be followed by massive bleeding and exsanguination.
(拙訳)
AEFは、上部消化管出血の稀な原因である。しかし、診断や治療がなされなければかなりの割合で死亡と関連する。十二指腸の第3、4部は最もAEFがおこりやすい場所だ。続いて、空腸と回腸だ。ほとんどの患者は、吐血や下血という予告出血で来院する。そして、続いて大量の出血や放血を引き起こすであろう。
本日の教訓
消化管出血患者にも大動脈緊急が背後に隠れているかもしれない
コメント一覧
私は食道癌の大動脈穿孔と腹部の感染性動脈瘤から十二指腸への瘻孔、それから尿管ステント挿入後のfemoral arteryからの間欠性出血を経験したことがあります。尿管ステント以外は全て失っています。
written by Atsullow-s caffee / 2007.06.02 17:14
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Atsullow-s caffee 先生
コメントありがとうございます。豊富な経験からのご紹介ありがとうございます。癌が血管へinvasionして穿破するパターンってけっこうありそうなきがします。ただ、救急外来では少ないのかもしれませんが。
by なんちゃって救急医
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10年以上前に経験があります。
救急病棟に吐血で緊急入院した末期食道がんの患者さんが、夜中近く、大量吐血しました。あっというまにショック。
至急輸液全開、輸血を開始しましたが、ポンピングと同時にクチからぴゅっぴゅぴゅっぴゅ、と血液が噴いてきます。
あー、これは動脈性出血だ、、、、と一目で分かるような吹き方でした。
主治医の先生もまだ院内におられて、すぐかけつけてこられましたが、
「こりゃ食道がんの動脈浸潤や」とのこと。
この事態は予想できたのだが、末期がんの状態でなす手がない、ということで、輸血以上の処置ができず、お亡くなりになりました。
written by pyonkichi / 2007.06.02 20:43
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pyonkichi様
コメントありがとうございます。やはり、癌の浸潤のほうが頻度が多いのですかねえ・・・
いずれにしろ、救命はきびしいですね。
by なんちゃって救急医
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食道癌がらみは多いですね.私も2例経験があります.
1例目は食道癌の原発巣ではなく,転移リンパ節と腕頭動脈と気管が接しており,放射線治療を行ったところ,腕頭動脈と気管がつながり,喀血して亡くなられました.喀血の瞬間をナースが見ていたらしいのですが,赤い血柱が壁に向かって走ったそうです.
2例目は腹部食道癌の術後,後縦隔内での胃管食道吻合で再建された方が縫合不全を起こされました.膿瘍で下行大動脈壁が溶け,縦隔ドレーンから大出血し,手術室に運びましたが,お亡くなりになりました.
written by 田舎の一般外科医 / 2007.06.03 01:18
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コメントありがとうございます。
なるほど、癌を病棟で治療する先生方は多く経験されているようですね。勉強になります。
by なんちゃって救急医
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気管腕頭動脈瘻についてはずいぶん前に論文書きましたw
気管切開していればカニューレを再挿入して、カフを最大限までインフレートすれば救命できるケースがあります。気切してないと・・・厳しいですね。
救命できただけで論文報告できるような代物です。気切は高位すぎると抜管困難症になりますし、低位過ぎると気管腕頭動脈瘻になりますし、ほんとやっかいだと思います。
AEFは私はまだ経験がないです。食道癌術後で遊離空腸の血管吻合部からの大出血は経験ありますが。
written by 僻地外科医 / 2007.06.04 15:50
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これは、また難しそうな症例ですね。
経験豊富な先生でさえ、AEFにはあたっていない
ということは、きっと相当まれな症例なんでしょうね。
by なんちゃって救急医
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いつも楽しくブログを読ませていただいています。
僻地で修行中の内科系救急医です。
AEFの患者さんは、私は一例だけ見ています。
中年の方、他院での泌尿器科系の癌の治療歴のある患者さんで、詳細不明のまま吐下血で救急搬送されました。
緊急の内視鏡で十二指腸サードポーションで潰瘍が見つかって、クリッピングするも間欠的に大量の出血があり、輸血をポンピングしながらIVRに持って行きました。結局、(本当に偶然にとった)大動脈造影でAEFが見つかり、OPEに持って行きました。大学へ送りましたが、その後は不明です。
この症例では、癌の治療からかなりたっており、詳細が一切不明であったことが、診断を難しくさせたようです。
一気に心肺停止まで至るまでの出血で無かったこと(fistulaが小さかった?)も非典型的だったのかなと思います。
結局、癌治療の際に大動脈リンパ節群に放射線治療を受けていたらしいので、その際にリンパ節が壊死して出血一歩手前のfistulaを形成していたのではないか、または再発した癌の浸潤だったのではないかなどと話題にしていました。
こういう患者さんが、何も前情報もなしに飛び込んでくるのが、救急の怖いところですね A^^;)
written by ドクターサイコ / 2007.06.04 21:49
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ドクターサイコ先生
先生の貴重なご経験をありがとうございます。
やはり、癌との関連が深い病態なのかなとも思いました。
by なんちゃって救急医
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