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「左肩痛」という地雷 [救急医療]

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大動脈瘤という病気がある。大動脈の一部が、こぶのように膨れて、ある時、突然それが破れて、一瞬のうちに死んでしまうという病気だ。いわば、体の中にある爆弾のようなものだ。大動脈瘤は、何かの折にCTをとったときなどに偶然発見されることもある。破裂しない限りは、原則、悪さはしないのだが、そのこぶの大きさをしっかりとフォローし、しかるべき大きさまでなったら、しかるべき施設できちんと手術をうけて破裂する前に治療をしておくことが望ましい

さて、この大動脈瘤であるが、完全に破裂してしまえば、ほぼ即死である。切迫破裂という状況であれば、ショック状態というまさに生死を分けるぎりぎりのラインになる。救命のためには、緊急手術しかない。しかもその手術のリスクも相当に高い。このとき患者の命を救えるエキスパートが、心臓血管外科医なのだ。救急外来を担当する医師の目標は、この疾患を的確に見つけて、できるだけはやく心臓血管外科の先生にバトンタッチするかである。患者は、「私、大動脈瘤です」 とか「私、切迫破裂です」とか普通言ってくれない。さまざまな身体症状や患者の訴えから、この疾患があるかもしれないという臭いを自らかぎ分け、自らの手で診断することが求められる


かつて勤務していた病院での大動脈瘤にまつわる思い出深い一例を紹介する。

62歳 男性  主訴 胸痛
高血圧で、循環器内科かかりつけ。昨晩、呼吸苦、胸の痛みが出現したため、朝になるのを待って、循環器内科外来を受診にきたとのこと。担当した外来医師は、心電図、血液、レントゲン、エコーなど一通りのオーダを出し、患者に各部署を回ってもらうようにした。患者が胸のレントゲンを取り終えて、レントゲン室から循環器外来までの同一フロアー平坦の約70mぐらいの道のりを戻る途中、あと外来まで20mくらいを残すところで突然倒れた

第1発見者は、通りがかりの男性医師
「どうしましたか!とうしましたか!」
反応がない・・・

続いて、通りがかりの女医さん
「ERへつれていきましょーーー!!!」
「ストレッチャー、だれかもってきてえええ!!!」

救急部は、比較的おだかやかあったところ、その二人が、ガラガラとストレッチャーの大きな音をたてながら、「急変!急変!」と救急外来に突然なだれ込んできたのだ。

すぐに救急部の医師たちも患者を観察

「あえぎ呼吸、脈触れない」「心臓マッサージ!(注)」「モニタ!」「除細動器!」

あっという間に、蘇生チーム部隊ができあがり、処置開始。「PEA(注)」「挿管」「確認」「ポータブル胸写」淡々と型どおり蘇生は続く。

写真ができた。最近の一枚、先ほど急変直前にとった一枚、そして急変後に今とった一枚3枚を並べてみた。(下の写真の通り)

皆が息を呑んだ。
TAA(注)のラプチャー(破裂)だ・・・・・・。
だめだ、無理だ・・・

私が、奥さんに別室で病状説明をした。救命は無理だと。

奥さん
「わたしはね、救急車を呼ぼうかといったんですよ。夜中に。でも、朝まで待つって本人がどうしてもいうものだから・・・、それと昨日も肩が痛いって言って、整形外科で痛み止めの注射してもらってたんですよね。」


「え、き・昨日・・・、左肩・・・ですか」
おそらく、前日の左肩痛は、大動脈瘤の拡大との関連から来ていたものであろうと思いはしたが、その場では何もそれ以上言えなかった。

救急外来に運ばれてきて、30分後、死亡確認を行った。


破裂するほんの直前の胸部大動脈瘤の胸部レントゲン写真はなかなかお目にかかれないかもしれない。破裂後は、跡形もなくそれが消えてしまっているのがわかると思う。

おそるおそる整形外科のページを後でめくってみた。
「左肩痛」 筋肉注射
としか書いてなかった。整形外科外来のすさまじい込み具合は私も良く知ってるだけに、無理もない。そんな外来にまぎれて、患者さんがそこに来院してしまったこと事態は、不幸だったとしかいえないと思う。

じゃあ、もし夜間の時間に、「左肩痛」で救急外来を受診していてたらどうであろうか?

われわれは、この「左肩痛」という警告サインを見抜くことができたであろうか?それは、未来の透視能力のある神にしかわからないが、かなり難しかったのではないかと思う。

ただ、
地雷を踏まないためには、「左肩痛」=「整形外科」と短絡的には考えてはいけない。
ということはいえると思う。

この男性は自分の命と引き換えに、そんな教訓を我々に残してくれたのだろうと考えたい。ご冥福をお祈りします。

 

ご参考までに、こんな判例が出ています。

左肩痛で死亡の訴訟事例(医師敗訴)

 


  注)心臓マッサージ:最近「胸骨圧迫」と言うようになった

   PEA:心停止の一つ。除細動は不要の波形

   TAA:胸部大動脈瘤の略称


教訓
左肩痛・・血管緊急(心筋梗塞、大動脈緊急)の警告サインを忘れてはならない

 コメント一覧
うわ、厳しいですねー、それ。
左肩が痛い、心筋梗塞は何回か見ていますが、
破裂はまだないです。
それにしても、そのC-XPは、もう二度と見たくないですねー。

written by Dr. I / 2007.04.03 21:54
Dr I様

確かに厳しいですね。ECGとcXpをセットにして防衛線をはるしかないですかね。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.03 22:35
とっても貴重な写真をご提示いただき、ありがとうございました。私の病院でも、外来を待っていた患者さんが急変して心肺停止したことがあります。うちのような病院では人手がないので、医者二人が外来を中断して蘇生するのが精一杯。その患者さんは50代くらいで若かったのですが、不幸にも亡くなりました。大きな病院で急変しても結果は同じだったかなーと、これを読んで思いました。
他に、診察を終えた患者さんが、病院の前のうどん屋さんでうどんを注文した後に急変し、うどん屋さんまで走って蘇生に行ったこともありました。色々ありました。結局亡くなりましたが、死因は判らずじまいです。
今後も貴重な症例提示、よろしくお願い致します。
取り留めのない長文失礼いたしました。
written by 春野ことり / 2007.04.04 06:28
ことり先生
いつもありがとうございます。外来やりながら急変の対応ご苦労様です。急変の予兆をキャッチするアンテナを磨いておきたいものです。
written by なんちゃって救急医 / 2007.04.04 12:03


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