記事 での「親鸞を読む」の検索結果 2,830件
乃至一念
(8)乃至一念
もう一度第十八願にもどりますと、「心を至して信楽してわが国に生れんと欲ひて、乃至十念せん」とあり、この「乃至十念」は名号を称えることを意味しますから、その成就文の「乃至一念」も(十念..
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本願と成就文
(7)本願と成就文
第十八願につづき、その成就文が『大経』と『如来会』から引かれます。
本願成就の文、『経』(大経)にのたまはく、「あらゆる衆生、その名号を聞きて信心歓喜せんこと、乃至一念せん..
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お恥ずかしい
(6)お恥ずかしい
ここでまたぼく流の言い方をさせていただくとしますと、「わたしのいのち」は一生造悪の「わたしのいのち」のままで、すでに「ほとけのいのち」のなかに摂取不捨され生かされていることに思..
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ただ五逆と誹謗正法を除く
(5)ただ五逆と誹謗正法を除く
さあ残ったのが「ただ五逆と誹謗正法を除く」という文言で、『如来会』にも同じ趣旨の但し書きがついていますが、これは一体何かという疑問が起こらざるを得ません。ここまで見..
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心々に回向せしむ
〈4〉心々に回向せしむ
最後の「ただ五逆と誹謗正法を除く」という一文が気になりますが、その前に『如来会』の文を見ておきましょう。
まず『大経』では「心を至し信楽して」とある箇所が『如来会』では「わ..
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もとより真実の心なし、清浄の心なし
(3)もとより真実の心なし、清浄の心なし
ここでは第十八願の願文が出されるだけで、その解説は一切ありませんが、幸いなことに『尊号真像銘文』において親鸞自身がこの文を詳しく注釈してくれていますので、..
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至心信楽は課されているのではなく
(2)至心信楽は課されているのではなく
あらためて本願の形式を確認しておきますと、かならず「たとひ(もし、の意)われ仏を得たらんに」からはじまり、「正覚を取らじ」で締めくくられます。つまり「わたし..
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至心信楽の願
第3回 すなはち往生を得
(1) 至心信楽の願
真実の信心についての総説のあと、経典の引用がはじまります。まずは『大経』と『如来会』から第十八願が引かれます。
至心信楽の本願(第..
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たまたま
(10)たまたま
本願は「よきひと」を通してわれらに届けられることを見てきましたが、さて、そのことがどうして「真実の信楽まことに獲ることかたし」ということにつながるのでしょう。問題は「よきひと」に「..
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よきひと
(9)よきひと
われらは本願そのものと直接遇うことはできず、そこに「よきひと」がいなければならないということ、これについてもう少し考えたいと思います。
キリスト教においてもイスラム教においても、人..
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真実の信行まことに獲ることかたし
(8)真実の信楽まことに獲ることかたし
先の文につづくところで、難信ということが言われます。
しかるに常没の凡愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、真実の信楽まことに獲ることかたし。な..
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念仏往生の願と至心信楽の願
(7)念仏往生の願と至心信楽の願
さて信心の相が十二も上げられ讃えられた後、「この心すなはちこれ念仏往生の願よりいでたり」と、信心の源となる願が念仏往生の願であることが明らかにされます。これまで繰り..
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