作品116
収容所の廊下の壁にそってかけられた人々の写真は、どれも魚の顔を見るようであった。その眼は大きく見開かれ、眼球のまわりに薄い眼瞼の皮膚がまつわりついているので、それも、魚の眼とそっくりであった。..
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作品115
雑賀章は、大学の友人の豊永一郎が本を借りにきたので、下宿先の自分の部屋へ案内して行く途中、別のドアの前で、中から出て来た前原律子とぶつかった。雑賀は、「あ！」と会釈し、そのまま、豊永の先に立っ..
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作品114
木下四郎神父が岡の道をスクーターで上って行った時、ちょうど海は燃えるような西陽を受けて、波頭はゆらめきながら残照を弄んでいた。あまりの激しさに、神父は一瞬、小さな峠の畦道に立ち停り、その光に、..
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作品113
太った男が起き出した時、あたりはまだ真暗であった。「おい、起きろ」と男は女房を叩き起した。「もう時間なの？」睡たげなばかりではない、不機嫌な声であった。たまの日曜になると、ゆっくり寝られるどこ..
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作品112
城戸崎千枝子は、今年、四十三歳くらいになる筈である。数年前、私が会った時には、－といっても、今も別にその時と、彼女の境遇がひどく変ったという訳ではないのだが－彼女は一風変ったガソリン・スタンド..
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作品111
日本へ帰る時にはロスアンゼルスで一泊、二ドル（七百二十円）という宿があるらしいから、日本へ帰る途中そこに泊るつもりだ、と私が言うと、アイオワの町に住んでいた数少ない日本人たちは、皆こぞって反対..
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作品110
昔バビロンでは、結婚前夜、処女達は一夜売春をしなければならぬという規約があった。彼女達は、夜の神殿の付近に黙せる白い花のように立って、その足もとに多少に拘らず、金銭を置いた男に処女を与えるので..
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作品109
それはおそろしく暑い、埃っぽい真夏の日がようやく暮れた時刻であった。その日一日、風は三十八度の気温の中を吹き続け、家中をざらざらにした。砂は紅茶茶碗の中にも、成田みつ子の持って行く大きな旅行鞄..
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作品108
縁側から海が見えたり、山がつい庭先に見えていたりする高台に、一度住んでみたいという夢は水上俊子の胸に、極く若いうちからあった。それというのも俊子は、五十も半ばをこしたこの年になるまで、まだ一度..
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作品107
西田夫婦が、海岸の兄の家を出たのは、日曜の午後三時頃であった。冬の日とも思えないほどに陽ざしは強く、猫が珊瑚樹の繁みの陰で背中を丸くしてうずくまりながら、しらじらしい目つきで西田夫婦を見送って..
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作品106
　四月一日、土曜日。湘南地方では桜は満開である。海に面したこのホテルの芝生には、三人の外国人の兄弟が遊んでいた。長男は十歳位、金髪で、脚がおそろしく長かった。次男は三つ半位、やせていて髪の毛は..
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作品105
人間というものは、不思議なところで心がふれ合うことがある。その日私は横浜へ抜ける道を、横浜新聞の記者、石橋潔氏を私の小型自動車にのせて走っていた。横浜駅まであと約十キロ、道は舗装されているが、..
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